第31話 ウォータースライダーのポロリ率は高すぎる

 プールに出てから、俺たちは手ごろなところからアトラクションを攻めていくことにした。


 各陣営に用意された水風船を相手のエリアへと投げ込み、点数を稼いだ方が勝ちな水風船ゲーム。


 浮き輪に乗って、流れるプールに身を任せてのんびりとしたり。


 初めは人が少ないところに集まっていたのだが、いろいろと堪能してもサキュバスのフェロモンも問題なさそうだったので『ワンダフル・ドリームランド』の名物に挑むことにした。


「……めちゃくちゃ速いな」


「……ぜ、全然よゆーだし? あーしは全然怖くありませんけど」


『ワンダフル・ドリームランド』で一位の人気を誇るウォータースライダー『冒険家たちの水流大冒険』の待機列。


 かれこれ30分ほど並んでいた俺たちはずっとお客さんたちの悲鳴を聞いていた。


 楽しさが混じったものが半分。恐怖しかないものが半分だ。


 二人用の浮き輪のボードに乗せられた後、45度の傾斜を下っていく。


 スピードが乗ってきたところでらせん状にコースは変わっていき、コントロールはもう利かない。


 らせんのコースが終わるとドーナツ型のコースへと放り出される。


 回転の力が加わったボードは勢いそのままに中心の穴へと向かっていき、搭乗者の懇願を無視して、正面ではなく後ろ側から地獄へと落とす。


 スタートのコース以上の傾きと長さのロングストレートでフィニッシュ。


 派手な水しぶきをあげて、ゴールインだ。


 年齢制限があるだけあって、ぎりぎりを責めた作りになっている。


 大人でさえ泣いている人がいるんだから、子供が乗ればトラウマになりかねない。


 噂には聞いていたが、これほどとはなぁ。


 現に俺とパコリーヌも怖気づいていた。


「ビビリのみやっちは流れるプールでぷかぷかしてた方がいいんじゃない?」


「後ろ座席はパコリーヌに譲ってあげてもいいぞ」


「あれ見た後に、それで喜ぶ女の子はいないよ、みやっち」


 ドーナツ状のコースでは後ろ向きで穴に落ちる設計になっている。


 パコリーヌが指さした先では後ろに乗っていた女子が悲鳴を上げながら吸い込まれていった。


 要はどっちに乗っても怖いというわけだ。


「……どうするの? 今ならまだ遅くないよ。み、みやっちがそんなに怖いって言うのなら、やめてあげても――」


「……いや、そういうわけにもいかないみたいだぞ」


 リタイアを提案するパコリーヌに俺はあきらめろと前を指さす。


 俺たちの前に並んでいた二組の待機者はいつのまにか離脱していた。


 つまり、視線の先にいるのはニコニコと手招きする従業員のお姉さん。


「どうぞ、お客様! こちらにいらっしゃってくださーい!」


 逃れられぬ地獄からの誘いである。


「ほうら、パコリーヌー。あっちまで行こうなー」


「タ、タイムを要求しゅる!」


「受け付けません」


「鬼! 悪魔! みやっち!」


「俺を恨んでもいいから静かにしような」


 抵抗するパコリーヌを無視して、乗り口まで背中を押していく。


 俺も怖さはあるけど、パコリーヌの泣き顔を見たい気持ちが勝ったのだ。


「彼氏さん、ありがとうございます。どちらが前に座りますか~?」


 どうやら俺たちはカップルに映っているみたいだ。


 訂正するのも面倒くさいし、そのまま話を進める。


「この子で。俺が後ろでお願いします」


「勇気のある彼氏さんでよかったですね、彼女さん! けっこう本番になって前を譲らない男の人もいるんですよ~」


「あーしはどっちも嫌なんですけど!?」


「安心してください。彼氏さんにぎゅっと抱きしめてもらえば落ちたりしませんからね~」


「だ、抱きしめっ!?」


 ぷしゅーっと蒸気を噴かせて、固まるパコリーヌ。


 いやいや、俺とはもう抱きしめる以上のことやったじゃん、あなた。


 そうだ。あれ以上に恥ずかしい行為なんてありはしないのだ。


 あまり駄々をこねても後ろの客に迷惑をかける。


「パコリーヌ。ほら、早く座って」


「で、でもっ!? み、み、みみみやっち!?」


「もしかして、お二人お付き合いしたばかりでしたか?」


「そんなところです」


「それはめでたい! 今回を機にグッと距離を近づけてくださいね!」


 やけにノリのいい従業員さんだ。


 でも、不快感はない。


 彼女の説明に従って、ボードの穴に体重をかけた俺はされるがままになっていたパコリーヌを座らせる。


「では彼氏さん! 支えるようにもっとぎゅっとお願いします!」


「わかりました」


 自分の腕を抱きしめるお姉さんの真似をして、パコリーヌの細い腰に手を回す。


「あんっ!?」


 その瞬間、ビクンとパコリーヌの体が跳ねて、さび付いたロボみたいな動きで首を回した。


「み、みやっち? ダメだよ、そんなに強くしちゃ……こんなところで……!」


 パコリーヌはいったいどんな妄想を膨らませていたのだろうか。


 ぜひともご教授願いたいが、このまま放置すれば思い出どころか黒歴史を作ってしまいかねない。いや、作る。


 確信した俺は落ち着かせるためにも、さっきパコリーヌにお願いされた言葉を返した。


「心配しなくていい。俺が絶対に守ってやるからな」


「みやっち……」


 そう言うとパコリーヌの体から力が抜けて、バランスがいい感じになった。


 なぜか目をとろんとさせているが、飛び込むなら今しかない。


 さらに強くパコリーヌを俺側に抱き寄せて、お姉さんに視線を送った。


「それではいってらっしゃいませー! よい旅をー!」


「えっ、へ……きゃぁぁぁ!?」


「うぉぉぉおおお!!」


 軽く押されると水の流れに乗って、俺たちが乗っているボードはどんどん加速していく。


 っていうか、やばいやばいやばい!!


 死ぬ! 


 これマジで死ぬ!


「パコリーヌ―! 絶対に離すなよー!!」


「ひゃぁぁあああ!!」


 ダメだ、声が届いていない。


 これは俺が死守しなければならない。


 約束したんだ。パコリーヌを守るって!


「俺は絶対にあきらめない! 一週間生き残った男を舐めるなよ!」


 全身についた筋肉を総動員させてバランスを取る。


 パコリーヌが不安にならない程度に体を傾かせて、ボードの動きを抑制していく。


 右、左とカーブで減速をさせて受け皿に出た時には、ずいぶんと俺にも余裕ができていた。


「み、みやっち? お、終わったの?」


 視界が開けたのとスピードがグンと落ちたおかげで、パコリーヌもなんとか気を持ち直したみたいだ。


 しかし、地獄は終わったわけじゃない。


 これから最終地点へと最後の出発を行う前だ。


「まだだ。最後の落下が待ってる」


「ふぇっ……ま、また落ちるの……」


「心配だったら目を閉じていてもいいぞ」


「そっちの方が怖いに決まってるじゃん!?」


「だったら、俺にもたれかかっていればいい。そしたら、あっという間に終わるから」


「……みやっちは怖くないの?」


「怖いけど……よくよく思い出したら天獄学園でのほうがある意味で恐ろしい体験してるから……」


 捕まれば腹上死さえあり得る場所で一週間過ごした俺は思ったよりも度胸がついていたみたいだ。


 誰からも全身を舐め回されるような視線の中で生活し、リアルな死が近づいてくるのを体験したといっても過言ではない。


 それだけじゃない。寸止めによる影響で気絶した男なんて、世界を探しても俺くらいではないだろうか。


 経験してきたことを思い返すと、自己評価以上に自分は大きい男になったかもしれない。


「それにさ」


「……っ!?」


 さらに強くパコリーヌをぎゅっと抱き寄せる。


 いつもやられる意趣返しで今度は俺が彼女の耳元でささやきかけた。


「ちょっとだけ格好つけたい気持ちだってあるんだ」


 グルグルとボードは回転していき、徐々に穴へと接近する。


 ついに入り口にはまり、ガクンと傾いた。


「しっかり掴まってろよ、パコリーヌ!」


「ひゃ、ひゃい!」


 彼女の腰が折れてしまうのではないかと錯覚するほどに腕に力を込めた。


 俺たちの悲鳴をBGMにボードは急行落下。


 幾ばくのあと、強い衝撃を背中いっぱいに感じた。


 跳ね上がった水が俺たちを濡らす。


 パコリーヌの体は離れていない。


 俺の腕の中でブルブルと水を払っている。


 よかった……なんとか無事に着水できたみたいだ。


「パコリーヌ、大丈夫か?」


 俺の問いにパコリーヌは少しばかりせき込んでから、指でオッケーサインを作った。


「うん、なんとか。…………ありがとう、みやっち」


「いやいや、これくらい当然だよ。さぁ、ここから移動するぞ」


 次の被害者も来るだろうしな。


 そう思って、俺は抱きしめたパコリーヌを下ろそうとして気づく。


 彼女の水着がずれて、今にも外れ落ちそうなこと。


 そして、ほのかな桃色が見えかけていることに。


「……みやっち? どうかしたのかしら?」


「えっ!? あ、いや、なんでもないぞ! ……なぁ、パコリーヌ。ちょっと向こうまで抱き上げてもいいか?」


「えっ、えっ!? きょ、今日のみやっち、どうしたの……? めっちゃ積極的だよ……?」


「もっとお前とこうやって触れ合っていたいんだ!」


 嫌がるパコリーヌを勢いで押し切る。


 少しでも動けば、はらりと頼りない布切れは落ちていくだろう。


 指摘をすれば、パコリーヌは羞恥に悶えるに違いない。


 パコリーヌに恥をかかせず、なおかつこの場を乗り切る方法は一つ。


 俺が演じ切ってみせることだ。


 自分の恋人が好きすぎて、どこでもイチャイチャしたがっている彼氏という役をな!


「パコリーヌ! 俺にお姫様抱っこされるのは嫌か!?」


「ちょ、ちょっとそんな大きな声で言わなくても……」


「だったら、いいよな!」


「わかった! わかったから静かにして!?」


「よし、きた!」


 許可を勝ち取った俺は軽いパコリーヌを抱きかかえたまま、なるべく人の目のつかない隅へとつれていく。


 その間もパコリーヌは体をプルプルと震わせるだけで、何もしゃべらない。


 ……あ、そうか。


 きっとあのことを気にしているのだろう。


 女の子にとってデリケートな問題だって、よく聞くもんな。


 俺はパコリーヌが心配しているであろう事柄について、フォローを入れる。


「心配しないでくれ、マイ・エンジェル。天使の羽のように軽いよ」


「み、みやっちのバカ!!」


 パシンと乾いた音が響き渡った。



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