第30話 水着はエッチじゃありません!
「う~、やってきたぜぇ~! 巨大プール!!」
思い切りジャンプして、はしゃぐパコリーヌ。
都内にあるアミューズメント施設の中で、とびきり有名なのが巨大室内プールを所数する『ワンダフル・ドリームワールド』
季節問わずの巨大屋内プール。
隣接するのはショッピングモール、大食堂、ホテルなどなど……。
老若男女が訪れる人気施設に俺とパコリーヌはやってきていた。
霧島さんが用意してくれた現代社会旅行のプログラムは提示された選択肢の中から俺たちが自由に決められることとなっていた。
昨日は俺メインとなって実家への顔回りをしたわけである。
だから、最終日である本日はパコリーヌが主となって考えた。
「いや~、めっちゃ楽しみなんだけど! ワクワクが止まらん!」
「おいおい、あんまりはしゃいだら目立つって」
「はっ、そうだよね、ごめん。ついあっちにいる感覚でやっちゃうんだよね……」
サキュバスたちはみな狭い安庵島での生活しか知らない。
あそこは全員がサキュバスだから好き放題振る舞っても許されるが、現代社会は違う。
守るべきルールがたくさんあり、順守しない者は罰を与えられる。
容姿端麗なパコリーヌはなおのこと目立っていた。
……なるほど。今回の旅行ではこういうのにも気を付けないといけないわけだな。
俺は勘付かれないように立ち位置を変えて、下世話な視線が向かないようにパコリーヌを隠した。
「それにしてもいい天気でよかった~。やっぱり晴れてる方が気分いいもんね」
「雨だと『うわぁ……』って一気に冷めるもんな。やる気わかないし」
「めっちゃわかる! 外出るのも億劫になるし、ジメジメするし……その……えいっ」
パコリーヌは俺に抱き着くと、腕を絡ませた。
大きな胸が形を変えて、むぎゅりと押し付けられる。
途端にほかの男性からの視線がきつくなるのはご愛敬。
「こうやって腕組んだりもできないし?」
これはからかわれているのだろうか。
しかし、今日はパコリーヌが主役の日。
おっぱいを押し付けられるくらいならなんとか我慢できる。
「それにしても……やっぱり目立っちゃうね」
「パコリーヌがかわいいからな」
「ありがと~。まぁ、私だけじゃないけど」
「…………?」
「本当に自分に関する事柄には鈍感力発揮しちゃうよね、みやっちって……」
空いた肩をすくめるパコリーヌ。
これでも勘が鋭いとか褒められるんだけどなぁ。
昔、晴夏にも似たようなことを言われた記憶があるけど、自分を正当に評価できていると思うんだが。
「その辺は追い追い、体に覚えさせてあげよっかな」
「パコリーヌがそんな言い方したら怖いんだけど」
「冗談、冗談だって。それよりも中に入ろーよ。学園長さんが話をつけてくれてるんでしょ?」
「そうだな。時間ももったいない」
これ以上、いらぬ嫉妬も買いたくないしな。
パコリーヌに促されて俺たちは行列の後ろ……ではなく、入り口付近にいる明らかに浮いた黒服の女性に話しかける。
「すみません。霧島さんからお話が言っていると思いますが」
「ああ、君たちが例の……。わかった。すぐに案内しよう」
確認がとれると彼女は俺たちを別口へと連れて行ってくれる。
そのまま受付を済ませると階段を使って、天獄学園の関係者のみが使える更衣室へと向かう。
「……なぁ、俺の見間違いか?」
だけど、そこには男子と女子を分ける壁がない。
置かれているのは着替えと貴重品を置くロッカーだけだ。
「あ~、なんとなくあーし、わかったかも」
「……一応、教えてくれないか?」
「天獄学園って二年にも特別現代社会見学ってあるんだけど、その時にはすでにクラスに男子がいないことがほとんどだから……」
「なるほど……男子部屋を作る意味がないと……」
「それに全員サキュバスだから、男子と一緒でも恥ずかしくないしね~」
安庵島の住民はみんな女性だ。
思い返せば男子トイレの数だって校舎には少なかった気がする。
「というわけで、ほら、さっさと着替えよ?」
「……わかった。でも、俺は外で着替えてくるから」
「え~、あーしは別にみられても恥ずかしくない身体してるよ?」
それにさ、と彼女は言葉を続ける。
「あーしたち、もっと恥ずかしいところ見ちゃってるじゃん」
「パコリーヌ!!」
「あはは、ごめんごめん。すぐに着替えるからちょっと待っててね」
「ったく……」
「……あーしはちょっと見てほしかったけど意識してくれてるってことでいいのかな……?」
何か小言をブツブツと呟いた彼女はそれきり無言になって、水着へと着替える。
シュルリ……と布切れの音がしたところで俺は自分の耳を手でふさいだ。
いけない。いけないのはわかっているのにさっきの音が妄想を駆り立てる。
「素数を数えろ……1、3、5、7、9……」
必死に関係ないことを口にして意識をそらそうとするが、全く効果はなく想像が膨らんでいく。
パコリーヌの水着か……。
彼女は何事に対しても努力を怠らない。継続させられる才能の持った子だ。
それはあの美味しい手料理を食べれば誰だってわかる。あの域に達するまで、相当練習を重ねているはず。
ボンキュッボンという男の理想を体現したスタイルも努力によって築き上げられたのだろう。
ならば、肌を見られることになっても問題ない流行に沿った水着。
もしくは、自分の魅力を最大限に引き出せるものを選んでいるはず。
布面積の小さい、色気を重視したタイプか。
またはあえて露出を抑えることで欲情を駆り立てる清楚なワンピースタイプか。
妄想が働き、血がたぎってしまう。
「……はっ! いかんいかん」
頭を振って、下種な思考を放り出す。
童貞を失う道へ自ら陥ってどうするんだ!
『パコリーヌは別にお前とドスケベしたいんだからいいんじゃねーか? 突き合ってしまえば、結局一緒だって』
欲望の塊である悪魔の宮永大吾が囁く。
『ダメだよ、大吾! どんな事情があっても、童貞を失うことはしちゃいけないんだから』
良心を宿す天使の宮永大吾が反論する。
『パコリーヌからしたら嬉しいんだろ? 異性として意識してくれているわけなんだからな』
『そ、そうかもしれないけど……晴夏ちゃんが……』
『だったら、見るくらいなら問題ないはずだ。存分にパコリーヌの水着を楽しむんだ、宮永大吾!』
『記憶に焼き付けるんだ、宮永大吾!』
もうちょっと頑張れよ、天使……!
勝手に開かれた脳内会議の結果は見事に俺を理解しており、もとより欲望に素直になっていた。
「って、こんなアホなことしてる場合か!」
バッグから紺のストライプ柄のパンツを取り出して、急いで着替える。
荷物をバッグにまとめると、慌てて水着を正した。
キョロキョロと見渡すが、まだパコリーヌの姿はない。
「よかったぁ……」
どうやら女子よりも着替えが遅い男とかいう意味不明な存在にはならなくてすんだみたいだ。
ホッと胸をなでおろした俺は近くに描かれていた案内図を見る。
現在、俺がいる通路からプールへと通じる出口は一般客とは違う場所につながっているようだ。
とはいえ外に出れば、そこは男女入り乱れる遊びの場になる
俺がいないとパコリーヌはまた厄介な連中に絡まれるかもしれない。
パコリーヌはサキュバスだ。絶対によからぬ輩を惹きつけてしまうと確信している。
性欲が一般以下の自覚がある俺でさえパコリーヌやクラリアに見とれるのだ。
ある程度、見慣れてもパコリーヌの魅力は衰えないんだから初見の男子どもは、それはもうパコリーヌが尊く映るのだろう。
小さい子がいたら性癖が壊れてしまうのではないだろうか。
ふっ……。
「さすがパコリーヌ。恐ろしすぎるぜ……」
「なに廊下で変な独り言呟いてるの?」
「おう、パコリーヌ。水着も最高に輝いてるな」
「みやっち、この短時間で変なテンションになってる……」
「水着のパコリーヌを想像してたら興奮した」
「急に素直だね! ほら、正気に戻って!」
両頬を挟むようにペチンと叩かれる。
おかげでヒートアップしていた頭が正常を取り戻した。
特殊なフィルターが外れて、改めてパコリーヌを見る。
「そ、それよりもどう? ロッカーの中にあったやつからあーしにピッタリな組み合わせを選んだんだけど」
くびれた腰に手を当てて、パコリーヌはポージングを取る。
普段でも大きさが良くわかる胸を強調させるような水色のビキニ。
ひらひらとしたフリルが下へと続き、おへそ周りだけが露出されている。
同系色でグラデーションされたパレオがすらっと伸びた脚を隠しているが、余計に彼女のなまめかしさを上げてしまっていた。
こんな女の子を見てしまったら、きっともう並大抵の美少女では満足できなくなってしまうに違いない。
そんな美しさに振り切れた女の子が目の前にいる。
「……やっぱり最高じゃないか」
「みやっちが正直なのは知っていましたが、そんなマジトーンで言われると流石のあーしも照れちゃうよ……」
「……パコリーヌ」
「な、なに?」
俺が彼女の肩に手を置くと、頬を赤くさせたパコリーヌは顔を背ける。
行動の一つ一つが男性欲を本当にそそらせるが、ガリっと唇をかんで押さえつけた。
俺まで飲まれてはいけない。
ならば、俺が取るべき選択肢は一つだ。
「帰ろう」
「……へ?」
「こんな姿で外に出たら襲われる。パコリーヌをほかの男に見せたくない」
まぎれもない本心である。
プールにいる男子から下種な欲情がパコリーヌに向けられるという事実だけで俺は憤死するかもしれない。
「ど、どうしたの、みやっち? 嬉しいけどさ……」
以前はそこまで気にしなかったのになぜだろうか。
今はこんなにもパコリーヌを他の男に見せたくないという気持ちが沸きあがっている。
……そうか。俺はこんなにも醜く、独占欲の強い漢だったのか。
パコリーヌは俺にとって数少ない友だちだ。
そんな大切な友だちが他の誰かに晒されると思うと胸が苦しくなる。
なんとも身勝手な奴だが、きっと俺だけじゃなくても似た感情を抱くだろう。
「みやっち。ちょっとだけ聞いてくれる?」
「なんだ? 今の俺はちょっとやそっとじゃ意見を変えないぞ」
「あーしはサキュバスだからとかは関係なく……あーしはみやっちと思い出を作れる方が嬉しいなって」
……はっ!?
いま俺は……意識が飛んでいた?
あまりの尊さにやられたというのか。
パコリーヌが、大切な友だちが俺との思い出作りをしたいと言ってくれている。
「……それにね?」
パコリーヌはそっと俺の手を掴んで、そのまま引っ張る。
つられて前かがみになった俺の耳元へと顔を寄せて囁いた。
「みやっちが守ってくれるでしょ?」
……そこまで言われたら、もう俺に残された道は一本しかない。
「パコリーヌ」
「うん」
「行こうか。ウォータースライダーとか、めっちゃ人気らしいぜ」
「そうだね! いっぱい楽しも~!!」
俺はパコリーヌの手を引いて、入り口を開ける。
視界に彼女との思い出の舞台となるプールが飛び込んできた。
はぐれないようにパコリーヌの手を握る。
「……大きいね、みやっちの手。めっちゃ安心する」
そう言って、小さな手も優しく握り返してくれた。
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