第29話 お返しに耳かきしてあげるね?

 今日、俺は改めて知ったことがある。


 風呂上がりの女子はめちゃくちゃいい匂いがする。


「どうよ、みやっち。あーしの手さばきは」


 俺もパコリーヌもおしゃべりは好きだけど、ずっと会話をしているわけじゃない。


 カチカチと無機質な時計音が聞こえる。


 規則正しく鳴る音は心地よく、眠気を誘う。


 さらにそれを増幅させる状況に俺は置かれていた。


 カリ……カリ……。


 固まった汚れを木の棒が優しく掻き取っていく。


 内側をツツーっとなぞってへばりついていた細かなものまで一緒くたに。


「ちゃんと気持ちいい?」


「ああ。溜まってたからなぁ。自分じゃ全然触らないし」


「ダメじゃん。一週間に一回は掃除しないと」


「怖くないか? 耳に自分で突っ込むの」


 俺はいまパコリーヌに耳かきをしてもらっていた。


 それはつまり彼女の太ももに頭を乗せているということ。


 しかも、パコリーヌはギャルらしく生足を晒したホットパンツを履いている。


 何が言いたいって言うと……俺の股間がやばいっていう話だ。


「それでもちゃんとしないとだーめ。毎日ってのもいけないけど、適度な掃除は必要だよ」


 さっき俺がマッサージしたお礼にパコリーヌが耳かきをしてくれる流れになった。


 マッサージのおかげでずいぶんと肩が軽くなったらしい。


 断ろうとしたのだが、なぜかパコリーヌが有無を言わさぬ圧を発したのでおとなしくうなずいた。


 その結果、すでに10分ほどパコリーヌによる耳掃除タイムが続いているわけだが。


「……あーしだけ恥ずかしい思いさせられるのは不平等でしょ」


「……すまん。何か言ったか?」


「……ううん、なんでも。ほら、耳掃除しないから聞こえにくくなってるし」


 彼女の顔が耳に近づくのがわかる。首筋に垂れた髪の毛先がこそばゆい。


「これからはぁ……あーしが毎週お耳キレイキレイしてあげるからね」


「…………」


 やばい。俺はバブみの扉を開くかもしれない。


 気持ち良さが天元突破しそうだ。


「ほ~ら、ここなんかどうかな? こちょこちょこちょ」


 耳かきでクリクリと中を攻められる。


 こそばゆさが快感を与えてくれて、唇をかみしめなければ変な声が漏れてしまいそうだ。


「は~い、それじゃあ白い毛の方で細かいのも取っちゃうからね」


 ふわりとした梵天ぼんてんがゴソゴソと程よい刺激で後始末をしてくれる。


 様々なコンボを受けた俺はすでに昇天しそうな心地よさに全身を包まれていた。


 パコリーヌの耳かきが上手なのもあるんだが、それ以上に直接感じる柔らかな太ももがやばい。


 白い柔肌に直に触れているわけで……。


 頭と耳、両方同時に幸せを与えられているわけだ。


 意識するな、意識するなよ、俺!


 考えれば考えるほどドツボにハマるぞ!


「ふぅ……。はい。これで終わり」


「あ、ありがとう。じゃあ、これで――」


「次は反対だよ。さぁ、ごろんってしよっか」


 ――俺は幸福死するのかもしれない。


 目の前にパコリーヌのお腹があった。


 突っついたら絶対に柔らかいと思う。


 めちゃくちゃいい匂いが充満しているし。鼻先から甘美な香りがどんどん入ってくる。


 だが、我慢しなければならない。


 どれだけ本能が叫ぼうとも理性で蓋をしなければ……。


 気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしながら考える。


 これもパコリーヌの策略なのだろうか。


 ……いや、何でもかんでも疑うのはよくないな。


 今回は偶然が重なっておきたシチュエーションだし。


「……みやっち」


「ん? どうかしたか?」


「その……そんな深呼吸されると恥ずかしいかも……」


 死にたい。


「……すまん」


「んーん、いいよ。こっちも始めていくから動かないでね~」


 右耳が終わって、左耳の掃除を始めたパコリーヌ。


「ほ~らほ~ら。奥まで入っていくよ、みやっち?」


 甘い声が耳をくすぐる。


 さっきまでは煩悩と戦っていたけど、こうも心地いいとだんだんと睡眠欲が勝ってくる。


 サムズアップで返すと、満足したパコリーヌは耳かきを再開した。


「かりかり……かりかり……。こんなにも取れると、あーしもやりがいがあるよね」


「汚くないか?」


「耳の汚れなんて誰だって汚いもん。あーしは気にしないし……。それにこうやって耳かきするのってちょっと憧れてたんだよね」


「へぇ……なんで?」


「大人になっても耳かきする夫婦って仲良しって感じしない?」


「するかも」


「だよね。あっ、そうだ。いいこと考えちゃった」


 吐息が耳をまさぐる。


「ねぇ、みやっち~」


 生暖かな風がくすぐったい。


「今だけあーしが奥さんになってあげよっか?」


「頼む」


 いや、頼むじゃないが。


 ダメだ。もう脳がシャットダウン寸前で、全く役に立たない。


 訂正する間もなく、瞼がどんどん落ちていく。


「……寝てもいいんだよ?」


「このままの態勢はパコリーヌが辛いだろ」


「みやっちの寝顔が見れるなら、あーしは役得だもん」


「……ずっと眺められるのは恥ずかしいな」


「ふふっ。意地でも見たくなっちゃうなぁ、これは。だから、もっともっと気持ちよくなってね」


 木の棒が的確にかゆみがある箇所をかいていく。


「ゆっくりゆっくり、きれいにしていくよ」


 ペリ……ペリ……。


「よ~し、たくさん取れた。次は綿棒で細かな汚れも徹底的にきれいにしちゃって……」


 ゴシゴシ。ゴシゴシ。


「はい。これでカンペキっ。最後の仕上げに……ふぅってしちゃおっかな~」


 ……ふぅぅ……。


「……あれ? もう寝ちゃった? お~い、みやっち? 起きてる~?」


 パコリーヌがぷにぷにと俺の頬を指でつつく。


 だけど、すでに意識が落ちかけている俺は声を出すのもためらうほどに快眠におぼれていた。


 瞼は閉じられ、暗闇へと落ちていく。


 最後に額に柔らかな感触を覚えて、俺は眠りへとついた。






「……大好きだよ、みやっち」




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