第26話 宮永晴夏

 私――宮永晴夏は大吾お兄ちゃんが大好きだ。


 家族愛とか、そういう類じゃなくて、異性として、男と女としてお兄ちゃんを愛していた。


 私は生まれつき体が弱くて、とてもひどい病気をわずらっているらしい。


 そのおかげで外には出れないし、他の子みたいに地涌に走れ回れないし、学校にだって通えない。


 最初は退屈で、なんでこんな身体に産んだんだって神様を憎んだりもした。


 どうして自分だけって泣きわめいたり、納得いかなくて八つ当たりした時期だってあった。


 その全部を受け止めてくれたのは紛れもなく私のお兄ちゃんだった。


 お兄ちゃんはどんな時も私を優先してくれて、絶対にそばからいなくならなかった。


 いつからだろう。


 病気が辛くなくなったのは。


 いつからだろう。


 こんな身体に産んでくれてありがとうと感謝をしたのは。


「あぁ……大吾お兄ちゃん……」


 枕元に隠してある写真にキスをする。


 私が病気でいる限り、お兄ちゃんを縛り付けられるから。


 このままでいれば私はお兄ちゃんの中でずっといちばんでいられる。


 それが私のこの世でもっとも幸せな未来。


 もしお兄ちゃんが童貞のままなのが恥ずかしいのなら私がもらってあげるし、なんなら私の処女もお兄ちゃんにしか渡したくない。


 恋人もお兄ちゃんしかありえないし、私が結婚するのだってお兄ちゃんだ。


 だけど、この国の法律ではお兄ちゃんと私は血がつながった兄妹だから結婚できない……。


 おかしいよね。私とお兄ちゃんはこんなにも愛し合っているのに、たかが数行の文章のせいで許されないなんてさ。


「会いたいよぉ……寂しいよぉ……」


 結婚できなくてもお兄ちゃんを独占できるなら我慢できた。


 だけど、私の幸せは突然崩れ落ちる。


 お兄ちゃんが遠くへと行ってしまったのは、お兄ちゃんが高校に入学した春の日のことだった。


 あの日はお父さんとお母さんが来るまで私は泣きわめていていた。


 いつもお見舞いに来る時間にお兄ちゃんが来なかった。


 どんな用事があっても必ず時間を作ってくれたお兄ちゃんが来なかった。


 世界がおかしくなったんだって思った。


 お兄ちゃんに愛されない世界なら死んだほうがマシだ。


 そうだ。死んでしまおう。


 真実が伝えられなかったら、私はきっと簡単にこの世から消えていただろう。


 結果として早まらなくてよかった。


 どうやらお父さんたちの話だと、お兄ちゃんは私の病気を治すために秘密の孤島で頑張っているらしい。


 厳しい条件があるんだけど、それをクリア出来たら何でも願いを一つ叶えてくれるそうだ。


 私はそれを聞いた時、嬉しくて仕方がなかった。


 お兄ちゃんはとっても優秀だ。


 賞に出せば絶対に入賞するし、今までだっていろんなジャンルに作品を応募してもらった賞金を私の治療費のために貯めてくれていることを知っている。


 私の自慢のお兄ちゃんがその試練を突破できないわけがない。


 会えなくなるのは寂しいけど……今はビデオ通話だってある。


 長期休暇には戻ってくるだろうし、お兄ちゃんが私のために選んでくれた道なのだ。


 邪魔をせずに、吉報を待っているというのが良き妻の務めだろう。


「えへへ……帰ってきたらお兄ちゃんに「ありがとう」って言わないとね」


 両親も同じ見解だったみたいで、ニコニコと楽しみにしてくれている。






「……と思っていたんだけどなぁ」


 どうやら想像よりもお兄ちゃんは遠い場所にいるのかもしれない。


 電話もつながらない。お父さんたちが代わりに尋ねてくれたら、霧島さんという人が「詳細は伝えられないが、現代社会とは分断している」との回答があった。


 どんな学校だ、それは。


 おおよそ予測できるのは全世界から優秀な人材を集めて、英才教育を施しているとかそんなところだろう。


「まぁ? さすがはお兄ちゃんだから成績優秀なんだけどね」


 お兄ちゃんが孤島に旅立ってから一週間が経って、お父さんたちから嬉しい連絡があった。


 何でも特別な試練を乗り越えたお兄ちゃんはそれが評価されて一日だけこちらに戻って来れるらしい。


 すでに病院に向かっていて、もうすぐ着くとのこと。


 私は手鏡を見て、寝癖が付いていないか確認する。


 頬をむにむにとマッサージして、最高の笑顔を浮かべられるように調整した。


 いつだって大好きなお兄ちゃんには最高の私を見てほしいから。


 ガラリと病室の扉が開く。


 そこには大・大・大好きな大吾お兄ちゃんの姿があった。


「久しぶり、晴夏~! 会いたかったぞ~!」


「お兄ちゃん! 私も嬉しいよ~!」


 飛びついてくるお兄ちゃんを受け止める。


 はぁ…‥全身がお兄ちゃんの温かさと匂いで囲まれる幸せな時間。


 いつまでもこの時間が続けばいいのに。


 あぁ……最高。


 意識がとろけだして、喜びに浸る。


 そんな愛し合う兄弟の幸せを潰したのは、入り口からひょっこりと顔を出した銀髪の女。


 彼女は恐る恐るといった様子で病室に入ると、お兄ちゃんの背中をトントンと叩く。


 ……え? 知り合い? 女の子の?


「ああ、ごめん。つい嬉しくて飛び出しちゃった」


「も~、びっくりしたんだから。ちゃんとしてよね、みやっち~」


 ウリウリとお兄ちゃんのわき腹を小突く女。


 なに気安く私のお兄ちゃんに触ってんの?


「晴夏、紹介するな。彼女はパコリーヌ。同じクラスメイトで、今日は一緒についてきてくれたんだ」


「妹ちゃん、こんにちは! パコパコのパコリーヌって言うの。よろしくね!」


 ……はぁ? なに、そのアホみたいな自己紹介。


 というか、名前なんかどうでもいい。


 お兄ちゃんの隣は私の位置なんだけど。


「きれいな髪ですね。お人形さんみたいでうらやましいです」


 人形は人形でもラブ・ドールだけど。


「ありがと~。晴夏ちゃんもめっちゃかわいいよ!」


「ありがとうございますっ」


 当たり前だ。


 お兄ちゃんの価値を下げることするわけないでしょう。


 あ~あ。せっかくの二人だけの空間だったのにほんと邪魔。


 死んでくれないかな。


「……よろしくお願いしますね、パコリーヌさん!」


 お兄ちゃんの前だから、そんな言葉は吐かないけど。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「可愛い妹さんだったね~!」


「だろう? 可愛いし、頭もいい。俺の自慢の妹だよ、晴夏は」


 妹さんのお見舞いを終えたあーしたちはみやっちの家へと続く道を歩いていた。


 久々の再会で嬉しかったんだろうな~。


 いつもよりもテンションが高いみやっちが見れて、あーしとしてもお得な時間だった。


「晴夏のやつ、パコリーヌのことずっと見てたよ。見惚れてたんじゃないかな?」


「めっちゃ照れるんだけど……でも、せっかくの家族水入らずだったのにごめんね、お邪魔して」


「俺としては晴夏の知り合いが増えてくれて嬉しいよ。晴夏のやつ、あとでパコリーヌについてたくさん教えてほしいって言ってたしさ」


「マジ!? あーしも晴夏ちゃんともっと仲良くなりたい!」


 妹ちゃんからも好印象だし、お嫁さんに向けて万事順調じゃん、やばっ!


「晴夏もきっと喜ぶよ。本当はみんなにも紹介したかったんだけどな」


「まさかついてくるのがあーしだけとは思わなかったよ……」


 せっかくの現代社会旅行なのに、クラリアとフローラちゃんは悩んだうえでついてこなかった。


『ご、ごめんね、お兄ちゃん……ちょっとまだ外、怖い……』


『……私はいいわ。少しだけ考えたいことがあるから』


 というわけで、あーしだけがみやっちに同行することになったのだ。


 でも、ラッキーかも。


 みやっちと二人きりなんてなかなかないチャンスだし……。


 そ、それに……あーしたちが泊まるのはホテルの同じ部屋……!


 もちろん童貞を失ったらいけないからドスケベ行為ができないのはわかっている。


 それでもあーしはドキドキで胸がやばい。


 みやっちはこの前、あーしに直に触らせてくれた。


 それが尾を引いている。


 もしかしてちょっとだけならチャンスがあるのかな、とか……思っちゃたりして……!


「えへへへ……」


「……パコリーヌ? 女の子がしちゃいけない顔してるぞ?」


「あっ、ご、ごめん! ちょっと妄想に浸っちゃった」


 いけない、いけない。


 ぶんぶんと頭を振って邪念を吹き飛ばす。


 そうだ。ちゃんとしないといけない。


 なぜなら、この後はみやっちのお父さんとお母さんに挨拶に行くんだから……!


「……よし、みやっち!」


「ん? どうかしたか?」


「ちょっとトイレでパンツ履き替えてくる!」


 第一印象は大事にしたいしね!

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