第22話 淫語を十回以上言わなければ絶対に出れない部屋


 災厄はいつだって想定外のところからやってくる。


 早速『淫乱王ドスケベモンスターズ』の話題で盛り上がっていた空気が教室に着いた瞬間、一気に冷え切ってしまった。


 なぜなら、この時間帯に今まで姿を見せていなかったユキナとリミミの姿があったからだ。


「あら、みなさん、おはようございます」


「みんなで登校なんて仲がいいね~!」


「……なんで朝からあなたたちがいるのよ」


 真っ先に動いたのはクラリアだった。


 彼女は可能性の一つとして事前に想定していたのかもしれない。


 平和ボケしてししまっていた俺は動揺を隠せず、あのままではユキナたちの流れに飲み込まれるところだっただろう。


「クラス委員長として体イクっ祭の準備を進めなければなりませんから。大吾さんのために説明しますと、体イクっ祭とは『69通りの体位で――」


「もう私がやったからいらないわよ」


「……あら、そうでしたか?」


「今まで何もやってこなかったくせにずいぶんと働くじゃない?」


「もう忘れてしまったんですか? 私は大吾さんに協力するって言いましたよねぇ?」


「ごめんなさい。興味ない人のことはすぐに忘れちゃうの。それで二日も学校さぼった女がなんですって?」


「…………」


 バチバチと火花が飛び散る二人。


 流石は犬猿の仲。


 クラリアも彼女に対してはずいぶんと好戦的だ。


 十数秒のあいだ、にらみ合っていた二人だったが先に視線を外したのはユキナ。


 彼女はクラリアを無視して、俺へと直接話しかけてきた。


「……実は任せられた職務の中に大吾さんの協力が必要なものがありますの。先生には許可を取っていますので、今からついてきてくださいません?」


「ちょっと待ちなさい。私が確認しておくわ」


「それには及びません。確認するのは人間である彼でなければダメですから」


 俺を捉えるユキナの瞳が妖しく紅に光る。


 直視していたら意識が引き込まれてしまうような、惹きつけてやまないきれいな瞳。


 直感的に危険を悟った俺は自ら頬を殴った。


「大吾さん? いきなりどうされたんですか?」


「頬に虫が止まっている気がしたんだが……どうも勘違いだったらしい」


「あら、そうでしたか。ビックリしてしまいました」


 さて、と話を区切るユキナ。


「行きましょうか、大吾さん。確かめてもらいたい道具は別室にあるんです。ついてきてもらえますか?」


「わかった。俺でよければ協力しよう」


「さすがは大吾さん。私たちと仲良くしてくださるって言うだけあって、お優しいですね。それではさっそく」


「――私たちも」


 俺とユキナの間に体を割り込ませるクラリア。


「私たちも行くわ。今後のために見学しておきたいの。別に構わないわよね」


「あーしも行きたいな。体イクっ祭めっちゃ楽しみにしてたし、先に見ておきたいわ~」


「フ、フローラも……役に立つ……」


「それとも……なにか都合の悪いことでもある?」


 これを拒否する手札はユキナにはないはず。


 あくまで見学のために三人は同行するだけ。


 それ以上でもそれ以下でもない。


「いいえ、私としても問題はありません。ただ……」


 チラリとクラリアへ視線を向けるユキナ。


 悪い気配を感じた心がざわめく。


「とても面倒を見てあげるんですねぇ。自分を慰めるためかしら?」


 プツンとクラリアの中で何かが切れた予感がした。


「だって、そうよね。ずっとずっと愛に飢えて、妹さんにすべてを奪われたあなた――」


「――ぶっころ」


「――そこまでだ、ユキナ」


 クラリアが魔法を発動する前にユキナへと


「……もういいだろう。俺一人で行く。さっさと案内してくれ」


「……そうですね、ごめんなさい、クラリア。ちょっと熱くなってしまったわ」


 彼女がどんな顔をして謝罪しているのか、深くお辞儀しているせいでわからない。


 だけど、それは彼女も同じだ。


 自分がいま俺からどんな視線で見つめられているのか、予想でしか判断できない。


 彼女の頭の中ではどんな俺が描かれているのだろうか。


 逆上している顔か。怒りを押し殺している顔か。感情を殺して笑みを貼り付けているか。


 きっと彼女の予想とはどれも違う。


 俺はいたって冷静に、熱くならず、キレていた。


「さぁ、行きましょう。こちらです」


「よろしくね、童貞くん!」


 さっきまで存在感がなかったリミミが突如として飛び出してきて、先頭を歩く。


 彼女の後にユキナ、俺、クラリアたちと続く隊列で校舎を歩いていく。


「どこに向かっているんだ?」


「体育館内の倉庫です。なかなか使う機会がなかったので、ほこりをかぶっていた物を整備したんですよ」


「わざわざ手間をかけるな」


「いえいえ、みなさん喜んでいますから。男子のスケベな姿が合法的に見れるって」


「わかった。見られても恥ずかしくないように当日はパンプアップしておこう」


「パンツアップもお願いしますね? 学校指定の短パンを履いて、しっかり食い込ませてください」


「……善処しよう」


 俺たち一年生の教室がある東側から体育館まではそう遠くない。


 少し会話をしていれば、すぐにたどり着く。


「はい、ユキナちゃん! 倉庫の鍵、開けたよ!」


「ありがとう、リミミ。それじゃあ、大吾さん。中に入りましょう――かっ!」


「うおっ……!」


 思い切り腕を引っ張られた俺はユキナと共に倉庫の中へと入る。


 振り返った時にはリミミによって扉が閉められる直前だった。


 ここから外へ出ようとしても間に合わない。


 だから、まだみんなへと言葉が届く間にメッセージを送る。


「今夜はみんなでリンパマッサージをしよう!」


「……! しくじるんじゃないわよ!!」


 俺と約束を交わしていたクラリアが言葉の意味に気づいて、返事をくれる。


 童貞を失ったら俺は強制送還される。


 童貞喪失=リンパマッサージができないというわけだ。


 そのうえで俺は彼女たちと改めてリンパマッサージの約束を取り付けた。


 これが指し示す意味はただ一つ。


 互いにこの場を乗り切って無事に会おう……!


「あらあら、お別れの挨拶はあれでよかったんですか?」


「お別れ? なに言っているんだ? 俺は体イクっ祭に出す道具の確認に来ただけだろう?」


「ふふっ、そうでしたそうでした。ええ、嘘は言っていませんよ」


 クツクツと笑うユキナ。


 彼女は倉庫には不似合いな豪華な装飾の椅子へと腰かける。


 それだけじゃなかった。


 体育館の倉庫に鞭は置かれていないし、三角木馬なんて必要ない。


 この部屋はユキナたちによって何らかの改造が行われていると考えて問題ないだろう。


「すでにクラリアから聞いているかもしれませんが……例年、体イクっ祭に男子は参加しませんが、今年は参加の可能性がありますよね」


「……俺のことだな」


「はい。だから、他の生徒たちもすごく楽しみにしているんです。男子が見られる……! 男子と合法的に触れ合える……って感じに」


 天獄学園には当番に割り当てられたクラスの生徒しか男子を襲えないというルールがある。


 だから、ほとんどのサキュバスが男子と触れ合えないまま終わる可能性の方が大きいのだ。


 当番にいつあやかれるかわからない。


 そんなサキュバスたちにとって体イクっ祭は絶好の機会なんだろう。


「だけど、私たちとしても怪我がないように体イクっ祭を済ませたい。それはわかってくださいますよね?」


「ああ、俺も我慢できずに襲われる……なんてことだけは避けたいからな」


 くんずほぐれつしている間に発情したサキュバスに襲われてゲームオーバーなんてひどい目にだけは合いたくない。


 しかし、どうやら話がかみ合っていないのか、ユキナは首を傾げた。


「違いますよ、大吾さん。あなたが我慢できずに私たちを襲っちゃう可能性を避けたいんです」


「……どういうことだ?」


「私たちは生まれ持った体質として欲情させるフェロモンを体外に発しています。そんなサキュバスたちが一か所に密着して出来た空気を吸い込んでしまったら、人間はどうなると思います?」


「……理性のタガが外れて本能に従ってしまうだろうな」


 サキュバスの発するフェロモンがいかに凶悪か、俺は身をもって知っていた。


 あれは俺の感情に関係なく、性欲を駆り立てる一種の兵器と言っても過言ではない。


 半端な覚悟では到底抑えられるわけもなく、自ら酒池肉林に飛び込んでいき童貞デスゲーム終了。


 まさに飛んで火にいる夏の虫。


「ですから、私たちとしても不幸な形でゲームを終えたくありません。そこで大吾さんには一つだけ実験を受けてもらいます。【感度淫魔化メタモルフォーゼ】!」


「ぐあっ!?」


 そう言った彼女の指先から紫の光が放出され、避けきれなかった俺は直撃でもらってしまう。


 だが、体にダメージはなく、見たところ違和感もなかった。


「ユキナ。いったい俺に何をした!?」


「大吾さんがドスケベになる魔法をかけました」


「……なに?」


「あなたは淫語を口にするたびに性欲が倍増していく。これを解くには外にいるお仲間たちに助けてもらうしかありません。そして――!」


 ユキナがバンと壁を叩く。


 すると、塗装の一部がはがれ、そこに木のボードが現れた。


 記されている一文は自分の目を疑うひどい文章。


「『淫語を十回以上言わなければ絶対に出れない部屋』……!?」


「そう、つまり、あなたはここを出るためには淫語を口にして、沸きあがる性欲に打ち勝たなければならない」




「さぁ、あなたたちの絆を試してみましょう?」




「あの言葉が結局は迷いごとにならなければいいですね、大吾さん?」



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