第20話 童貞だからできたこと

 今日も何事もなく授業を受けて、お昼ご飯を食べ、寮へと帰ってくる。


 本当にこんなに平和でいいのだろうか。


 嵐の前の静けさのように感じられて、少々恐ろしさがある。


 ユキナとリミミは今日も姿を現さなかった。


 間違いなく裏で暗躍していると考えたほうが良いだろう。


 明日は土曜日でドスケベ当番の最終日。


 必ず仕掛けてくるはず。


「……お兄ちゃん? どうかしたの?」


 だけど、今の俺はお兄ちゃんだ。


 誰が何と言おうと俺はお兄ちゃんなので、フローラとの遊びに集中していた。


「ごめん、ちょっと考え事をな。もう一回教えてくれるか?」


「う、うん……。お兄ちゃんは『摩擦の性刃』のデッキを作りたいんだよね?」


「ああ、やっぱり初めにハマった作品だし、フローラとお揃いのテーマがいい」


「えへへ……。だったら、おすすめはこのパックだよ、大吾お兄ちゃん……!」


 そう言ってフローラがタブレットを見せてくれる。


 こちらでは異世界の商品は女sonアマソンという流通サービスを利用するらしい。


「フローラはプレミあ~ん♡会員だから……明日に、すぐ届く……!」


「なるほどなぁ……。そういえば俺って異世界の通貨持ってないんだけど、これっていくらくらいなの?」


「1円で1シコデルだから、1パック150円だよ……」


 7枚入りで150円ならばお得なのではないだろうか。


 1射精ッキ40枚で組むらしいし、スターター射精ッキといくつかのパックを組み合わせればすぐにでも始められそうだ。


「じゃあ、このフローラのオススメのやつをまとめて買おうか」


「わかった……! 注文しておくね……」


「いろいろとありがとうな、フローラ」


「えへ、えへへ……」


 フローラは頭を撫でられるのが好きみたいで求めてくる。


 応えるたびにクラリアが凄い目で見てくるのが怖い。


 しかし、そんな脅しに屈するようでは兄は務まらない。


 兄とは妹を守る存在なのだ。


「届くまでは、フローラが持ってるデッキであそぼ?」


「よし、やろうか。ルールから教えてくれないか?」


「任せて……!」


 やる気満々なフローラが胸の前でガッツポーズを作る。


 すっかり懐いてくれた彼女と楽しい時間を過ごせそうだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「しまった……もうこんな時間か……」


 白熱した性決闘ハメルを繰り広げて気が付けば夜になっていた。


 なかなかルールも奥が深く、対戦を繰り返せば繰り返すほど新しい発見があって俺もすっかりハマっていた。


「フローラ。そろそろお風呂に……って寝ちゃったか」


 俺が新しいデッキを作っている間、彼女は動画を見て時間を潰していたが、どうやら睡魔には勝てなかったみたいだ。


 サキュバスは朝に弱いと聞く。


 だけど、今朝彼女はパコリーヌたちと一緒に俺の童貞チェックを見ていた。


 それに天獄学園でもドスケベモンスターズで遊んだりしていたし、いつもよりもはしゃいでいたように思える。


 彼女の体力はまだ中学生並だ。


 疲れて眠ってしまってもおかしくはないだろう。


「大騒ぎになったらいけないし、クラリアに電話……」


 寮に設置された固定電話を手にして、ふと通話ボタンを押しそうになった指を止める。


 フローラは今日、一人で俺の家に泊まるから。


 そう連絡してしまえば余計に大惨事になってしまうのではないだろうか。


 未だにフローラにママ呼びされるのを諦めていないクラリアのことだ。


 俺はぶん殴られるかもしれない。


「……パコリーヌにしておこう、うん」


 一旦受話器を下ろすと、俺はパコリーヌの部屋につながる番号をプッシュした。


「もしもし、パコリーヌか?」


『うん、パコパコのパコリーヌだよ~。電話とかどしたん?』


「フローラは今日こっちに泊まるから女子寮には帰らないっていうのを管理人さんに伝えていてくれないか?」


『えっ』


 パコリーヌの声が一オクターブ低くなった気がした。


『……みやっちさ。まさかフローラとしっぽりってわけじゃなないよね?』


「当たり前だろ? フローラが疲れて眠っちゃっただけだよ。起こすのもかわいそうだし、このまま寝かしてあげた方がいいかと思っただけだ」


『……だよね~! びっくりした~。みやっちもとうとう我慢できなくなったんかなって思っちゃってさ』


「安心してくれ。俺は卒業まで童貞を守り抜く」


『うんうん、それでこそあーしのご主チン様っ』


 久々に出てきたな、その呼び方。


 パコリーヌには初日からお世話になってばかりだ。


 外で呼ばれるのは恥辱プレイ以外何物でもないけど、二人きりの時くらいは訂正しなくてもいいだろう。


『……えとさ、ツッコんでくれないと恥ずかしいというか、別の意味であーしに突っ込んで欲しいというか……』


「ははっ、すまん。パコリーヌがそう呼びたいのなら、それもいいかなって思って」


『えっ……!? いいの!?』


「もちろん。二人きりのとき限定だけど……」


『マジかマジかマジかぁ~! やばっ、テンションめちゃくちゃ上がってきたんだけど!』


「それだけパコリーヌには感謝してるんだよ」


『えへへ。それほどでもあるけどね~……うん、あのさ……みやっち。あーしからも一つ提案があるんだけど……言ってみてもいい?』


「俺にできることならもちろんだ。教えてくれ」


『無理だったら大丈夫だから考えておいてほしくて……ほら、みやっちは童貞を失わなければいいわけじゃん?』


「そうだな」


『だから、それ以外なら……あ、あーしがヌいてあげるから困ったら、いつでも声かけてほしいって……ぁぁぁぁなに言っちゃってんだろ、あーし……』


 後悔からか羞恥からか、自己嫌悪に走るパコリーヌ。


 ……以前までなら突っぱねていたに違いない。


 けれど、声音でわかる。


 パコリーヌは善心100%でこの提案をしている。


 油断させて襲おうとか、ここまでやったら童貞もらっちゃってもいいよね? とか下心は感じられなかった。


「……今朝の童貞チェックで気づいたのか?」


『う、うん……すごく辛そうだったから……。あーしにも協力できることないかなって考えたら……今までスケベな妄想ばかりしてたから、そういうことしか思い浮かばなくて……』


「……パコリーヌ。驚かないで聞いてほしい」


 彼女の言葉を聞いて、俺は一つ踏み込むことを決めた。


 ユキナに対して、一つだけ考えていた対策がある。


 もしかしたら無駄に終わるかもしれないが、やらない後悔よりもやって後悔したい。


 例え俺の金玉の命がかかっていたとしても。


「明日の朝、クラリアよりも早く寮に来てくれないか」


 漢ならばやらねばならぬ時がある。


「――をやってもらいたい」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「すぅ……すぅ……」


 規則正しい寝息を立てているフローラをベッドへと運ぶ。


 話し合いの末にパコリーヌに了承をもらった俺は彼女の幼さ残る寝顔に癒されていた。


「はは、愛い奴め」


 晴夏もこうやって遊び疲れた後は気持ちよさげに寝ていたっけ。


 ずっと病院暮らしで体力がないから、室内でできるゲームでもちょっと興奮すると眠くなってしまうのだ。


 ……まだ五日。


 晴夏や家族と別れてからまだ五日しか経っていないのに……。


「……会いたいなぁ、晴夏」


 こちらへ引っ越すための準備もろくに出来ていないので、持ってこれたのはスマートフォンに残っていた写真くらいだ。


 これだけが家族と俺をつなぐ唯一のもの。


 ……ダメだな。少しばかり滅入ってしまっているのかもしれない。


 この一週間のすべてが明日にかかっている。


 今までに感じたことのないプレッシャーがあった。


 たかが童貞。されど童貞。


 この天獄学園に置いて『童貞』は命よりも重い。


 こうやってフローラの寝顔を見れるのも、パコリーヌと楽しく喋っていられるのも、クラリアの美味しいご飯を食べられるのも……。


「……すべては俺が童貞だから」


 ……今日は寝よう。


 このまま起きていてもマイナス方向に思考が沈んでしまうだけだ。


「おやすみ、フローラ」


「…………」


 部屋を後にして、リビングのソファで眠りについた。


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