第18話 A組最後の刺客


「フローラはね、クライマックスでの雁太郎の覚醒のところ……! サキュバスになっていた、妹の竿子さおことの戦いが激熱で、好き……!」


「わかる! ライバル関係だと思ってた相手が肉親だったというジレンマ……! 自分の手で倒さないといけないという悲しき運命……!」


「死を乗り越えて、また一つ強くなれる……! やっぱり雁太郎は最高……!」


「嘘……」


 制服から私服に着替えたクラリアが信じられないといった表情でクラリアがこっちを見ていた。


 というのも俺とフローラが仲良く『摩擦の性刃』トークに花を咲かせていたからである。


 あんなに「ぴやぴや」叫んでいたフローラの姿はどこにもない。


 今はこんなにもイキイキとした様子だ。


 わかる。わかるぞ。


 好きなものを語る時は誰だって饒舌になるものさ。


「ちょっと宮永。あなた、どんな方法でこの子を脅したの?」


「人聞き悪いな。ちゃんとお話して仲良くなったんだよ。なぁ、フローラ?」


「う、うん……大吾お兄ちゃん、いい人……えへへ」


「お兄ちゃん!?」


 これは『摩擦の性刃』の話題からつながった。


 雁太郎は兄としても優秀なキャラだった。


 先ほど話していた通り、妹の竿子とのシーンが好きな彼女はひそかに「お兄ちゃん」呼びに憧れていたらしい。


 そこでちょうど年上の仲のいい兄ができた。


 こんな機会は逃さんとばかりに尋ねられた。


『あ、あの……大吾お兄ちゃんって呼んでも、いいですか?』


『構わない。むしろ、そう呼んでくれ』


『え、えへへ……大吾お兄ちゃん』


『……久々のお兄ちゃんエネルギーが補充出来て嬉しい……』


 今日から俺はフローラのお兄ちゃんだ。


 もし機会があるならば、ぜひ晴夏とも会わせたい。


 フローラはアニメなどのサブカル文化に浸っているだけあって、現代社会への理解があった。


 晴夏も同じ年代の友だちができて喜ぶだろう。


「クラリア、ちょっと落ち着いたほうが良い」


「落ち着いていられないわよ! なんで私はまだママって呼ばれたこともないのに、あなたが先をいっているわけ!?」


「クラリアのママへの執着心も相当だな」


 何が彼女をそこまで駆り立てるのか、わからないが今のクラリアは目が血走っており少々怖い。


 フローラが思わず、俺の後ろに隠れてしまうレベルだ。


「フローラ? 私もママって呼んでいいのよ? むしろ呼んで? 遠慮はいらないのよ? ほら、ママって呼んで?」


「そ、その……フローラ、ママはおっぱい大きい人がいいから……」


 あっ、ピシリと固まった。


 今の言葉は相当ショックだったようでクラリアはふらりとよろける。


 ユキナとケンカになりかけた時も貧乳いじりも気にしていたっぽいし、彼女はサイズにもこだわりがあるのかもしれない。


「クラリア」


「なによ」


「ナイスおっぱい」


「その生暖かい目やめてくれる? ムカつく!」


 慰めたのに思い切りビンタされた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「お兄ちゃん、大丈夫……?」


「ああ、ちょうど紅葉マークが欲しかったところなんだ」


「みやっち。それは何のフォローにもなってないと思う」


 それはそうだ。


「……で。今日はどんな料理を作るんだ?」


 気まずい空気を換えるように話題転換する。


 俺とフローラがソファでくつろいでいる中、クラリアとパコリーヌはキッチンに立っていた。


 なんでも体でママ扱いが無理なら、サキュバスたちの郷土料理を作ってママ呼びを目指すらしい。


 いわゆるおふくろの味というやつだ。


 それでママ呼びされるかどうかの因果関係はよくわかっていないが、今のクラリアは少々暴走気味である。


 こうなってしまっては納得いくまでやらせておいたほうが良いだろう。


「まぁ、見ていなさい。我がエリーチェ領を思い出すような完璧な味を作り出してみせるわ」


 そう言って彼女が取り出したのは明らかに俺が知る世界の魚ではなかった。


 目玉飛び出しているし、あんな凶暴な牙が生えている魚は見た記憶がない。


『コロ……シテ……コロ……シテ……』


 きっとこれも幻聴だろう。


 魚が喋るわけないもんな。


「わっ、デス・フィッシュじゃん。これ美味しいんだよね~」


「新鮮なものを用意したから楽しみにしていなさい」


「あーしも気合を入れないとな~」


 袖まくりをして髪をまとめるパコリーヌ。


 クラリアの隣に並ぶとパチパチと手を叩き始めた。


「……クラリアと」


「パコリーヌの!」


「「三分Shicookingシコッキンク~!!」」


 なんかひどいタイトルの料理番組が始まった。


 これも異世界で流行りの番組にあるのだろうか。


 困惑したのも一瞬で、楽しそうなので流れにノることにした。


「おぉぉ……!」


「パチパチパチ……!」


 フローラも楽しそうである。


 オーディエンスの反応にパコリーヌは満足気だ。


「まずはデス・フィッシュを使った料理です。まだ生きている新鮮なものを用意しました」


『コロ……シテ……コロ……シテ……』


「これをまな板に置き、まずは頭を切ります」


『ア゛ッ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!』


「ちょっと待て」


 クラリアが包丁を落とした瞬間、部屋中に響き渡った断末魔。


「こんなの食欲沸くわけないだろ。もうちょっとどうにかならなかった?」


「あら? パコリーヌはそうでもなさそうだけど?」


「えっ」


「ジュルリ……」


 うわ、本当だ。


 パコリーヌはゴクリと喉を鳴らして、内股になっていた。


 ……それ、よだれ以外も漏れそうになってない? 大丈夫?


 混沌とした現場に困惑しているとフローラがツンツンと俺の二の腕をつつく。


「どうかしたか、フローラ?」


「お、お兄ちゃん、あのね。デス・フィッシュは活きがいいほど、お、大きい断末魔をあげるの。だから、あれ……すっごく美味しいと、思う」


「なるほど。フローラはたくさん知ってて偉いな~」


「えへへ……」


 フローラの頭を撫でてやると、おっかなびっくりしながらも受け入れてくれる。


 天獄学園に来てから数少ない癒しを見つけたかもしれない。


 ただクラリアの殺意のこもった視線がなければ、だが。


「……で? 納得したみたいだし、続けてもいいかしら? お兄ちゃん?」


「途中で止めてすまなかった。よろしく頼む」


 撫でる手を止めて、続きを促す。


 クラリアは嘆息すると、見事な包丁さばきで三枚におろしていく。


 その身は素人にもわかるほどプリプリとしており、脂がのって光り輝いていた。


 見た目こそあれだが、確かに中身は美味しそうである。


「普通に美味そうだな……。まずは何から作るんだ?」


「刺身の女体盛りからいくわ」


「ちょっと待て」


 故郷、関係ないじゃん。


 俺の心のツッコミを読んだのか、彼女はどうして女体盛りをチョイスしたのか簡単に説明してくれる。


「エリーチェ領ではお祝い事には必ず女体盛りが出るわ。今日はめでたい日だし、これは外せないわね」


「ちなみに盛り付け船役にはあーしがなります」


「パコリーヌの役目、それだけで終わっちゃわない?」


「もちろん一緒に調理するわよ?」


「だ、だよな」


 ……この際、女体盛りはいいだろう。


 全然よくないけど異世界では普通なのかもしれない。


 確かに俺たち人間でも思いつくようなエッチなことをエロの最先端を突き進むサキュバスが実践していないわけがない。


「盛り付け船役の女の人には清潔になってもらう必要があるので、彼女にはお風呂に入ってきてもらうわ」


「というわけでシャワー借りるね、みやっち」


「さっそく一人消えたんだけど?」


「残りの刺身の調理は私が一人で全て済ませます」


「やっぱり一人しかやらないじゃん」


「ちなみに盛り付け船役には敏感な子はあまり適していません。お刺身を載せて感じちゃうような子は選ばないようにしましょう」


「すべてがダメダメじゃねぇか! どけ! 俺がやる!!」


 どう考えてもいい方向に進みそうになかったので、居ても立っても居られずにキッチンへと向かう。


 フローラにママと呼ばれたいクラリアとの攻防はパコリーヌが風呂から出てくるまでかかった。


 結論としては、おふくろの味に関係なさそうな女体盛りだけはやめることを条件にそのほかはクラリアとパコリーヌに好きに作ってもらった。


 出てきたメニューはホロホロと口の中でほぐれる煮つけ。


 しっかり焼き上げて旨味が詰まった照り焼き。


 〆にあぶった身を白米の上に乗せて、アラから採った出汁を注いでいただく出汁茶漬け。


 女体盛りのことなんて忘れるほど美味しかった。


 ちなみに、クラリアはフローラにママとは呼んでもらえなかった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「まさか……フローラまで堕ちるなんてねぇ……」


 私は端末へと送信された情報を見つめ、想像以上の快進撃を進める彼について考えていた。


 天獄学園には何人もの私の駒がいる。


 どうやらフローラと談笑しながら帰る姿を見かけたらしい。


 彼女の攻略にはもう少し時間がかかると思っていたけど……所詮は年端もいかない小娘。


 ちょっと優しくされたらコロっと落ちる。


 ああ、ダメだ。


 私たちサキュバスがそんな簡単になびいてはならない。


「ユキナお嬢様。頼まれていた素材が届きました。私たちの当番期日である明後日には完成するかと」


「わかったわ。報告ありがとう、リミミ・・・


「いえ、お嬢様に仕える私の役目ですので」


 メイド服の裾をつまみ、深々と礼をするリミミ。


 天真爛漫な笑顔は彼を油断させるために作り上げた偽りの姿。これが彼女の真の姿。


 淫魔六大貴族が一つ、ララボンド家の長女――ユキナ・ララボンドに仕えるメイド。


「これで彼に思い知らせてあげられるわね」


 宮永大吾。


 政府が補充する童貞で、サキュバスしかいない天獄学園で未だに生き残っている稀有な存在。


 万が一にも、このまま童貞を守り続けたならどんどん調子に乗らせてしまう。


 それではいけない。


 彼を罠にはめて、そのままハメる。


 そのための作戦を明日、実行する。


「私たちは選ばれたエリートサキュバス。逆らったらどうなるのか。目に物を見せてあげましょう」


 それまであと一日の平和を楽しんでおくことね。


 同じ淫魔六大貴族なのに童貞一人も犯せない面汚しと共に友だちごっこをしていればいいの。


 ああ、本当に楽しみだ。


「あの立派な大吾さんが涙を流して、私に懇願する姿が……」




「ふふふっ、あははははっ……!!」



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