第17話 今までと違う人
「それでは今日の授業も終わります」
「ありがとうございました」
捜索を途中で打ち切り、教室へと戻ってきた俺たちはそのまま教室で授業を受けた。
そして、いま本日最後の授業が終わり、もう校舎に残る理由もない。
「みやっち、帰ろ〜」
「ああ、『摩擦の性刃』の続きを見ないと」
「はやく読んで返しなさい。久しぶりに読み返したくなったわ」
「そういう時ってあるよな」
ただの日常会話を交わしながら支度を済ませる。
平常を装って、何事もなく時は進んでいく。
「じゃあ、この後はみやっちの寮に集合ってことでいい?」
「構わない。みんなで鑑賞会しよう」
「あーしの秘蔵コレクションも持っていくね」
「へぇ、面白い映画とか?」
「うん、『24cnp』って言って、媚薬を与えた男のアレがいつになったら24cmになるのかを描いた名作映画」
それ面白いか?
「……また今度にしようぜ。明日も学校だし、な?」
「ほら、いつまでもしゃべってないで手を動かしなさい」
「了解した、クラリアママ」
「は~い、ママ」
「…………ふふ」
ママと呼ばれるのはまんざらでもなさげなクラリアの表情は面白い。
嬉しさがにじみ出るような、喜びをかみしめた笑い方をする。
面倒見のいい彼女だ。
無限大の母性が溢れてるのかもしれない。
クラリアに急かされて教室を出る俺たち。
談笑しながら、廊下を歩いて――動きを止めた。
「……上手くやんなさいよ」
「ああ」
俺は踵を返して、教室へと舞い戻る。
クラリアやパコリーヌたちのドスケベフェロモンが漂う教室。
俺は大きく深呼吸をした。
呼吸をしたらビンビンに股間が反応する中、一か所だけシオシオと萎える場所がある。
彼女はずっとそこにいたんだ。
「……こんにちは、フローラ」
クラリアは言っていた。フローラは真面目でいい子だ、と。
その通りで彼女は俺たちの捜査網から逃げて、教室に戻って授業を受けていたのだ。
灯台下暗しとは、まさにこのこと。
ついつい自分の常識で考えてしまっていた。
『魔法』という要素を思考の中に組み込んでいなかった。
そして、教室は選択肢の中から最初から消してしまっていた。
チンレーダーが反応しなかったのも納得できる。
「ぴえっ!?」
果たして推理は正解だった。
だけど、彼女からすれば見破られているとは思わなかったのだろう。
無の空間から突如として現れ、宙を舞ったゲーム機。
「あっ……!?」
悲し気なフローラの声が聞こえる。
それだけで彼女にとって大切なものだとわかった。
スローモーションで落下していくゲーム機。
絶対に壊してはいけない。それだけの想いで飛び込んだ。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
必死に手を伸ばして、つかみ取る。
落とさないように抱きかかえながら、何度か転がる。
教室に机がほとんどなくてよかった。
ほとんど無傷で済んだ。
「ふぅ……なんとか無事か」
「えっと、あの、その……」
徐々にあらわになっていく水色の髪。
無の空間からフローラが現れる。
ずっとずっと探していた彼女が目の前に。
だけど、今はそれどころじゃない。
このゲーム機を彼女に返してやらねば。
「脅かしちゃってごめんな。傷とかないか確認してくれないか?」
「えっ、あっ、うん」
手渡すとフローラはカチャカチャと弄って、動作を確認する。
電源も無事についたようで、彼女はホッと胸をなでおろした。
「だ、大丈夫でした……」
「そっか。本当にすまないな。俺のせいでフローラの大切なものを壊してしまうところだった」
「う、ううん、フローラこそ……その、あの……」
何か言いにくそうに手をもじもじとさせている。
ゆっくりで大丈夫。
彼女の言葉が俺は聞きたい。
静かにしゃがみこんで、フローラの言葉を待った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
性行為にあまり興味がなかったフローラは昔から気味悪がられていました。
『あなた本当にサキュバス?』
『フローラは特殊性癖なプレイがいいのかな? え? 違う……?』
『男性器が怖い……? プニプニしててあんなに可愛いのに……』
理解できない異端は簡単に排除される。
でも、それは別に構わなかった。
自分の中でいちばん嫌だったのは勝手に同情する
『ボクはフローラちゃんの味方だよ』
『フローラが困っているときは相談してくれ』
『オレならフローラを幸せにできる。だから言うことを聞け』
決まって彼らは最初は優しいふりをしていたくせに最後には性的な欲求を見せ始め
る。
ちょっと無理難題を押し付けてみたら豹変して離れていく。
もっともっと男性が嫌いになった。
そうすればもっとサキュバスの世界では生きづらくなる。
クラリアさんが『天獄学園』の話を持ってきてくれた時は「これだ!」と思って、すぐに異世界へ行くのを決めた。
フローラは股間棒を気持ちよくする技を勉強するくらいなら、もっともっと違うことをしたかったから。
この国にはたくさんやりたいことがあって、時間がいくらあっても足りなくて、毎日がすごく楽しかった。
たまにクラスにやってくる男の人も他のみんなが相手してくれるし、すぐにいなくなる。
「……なんで」
でも、新しくやってきた童貞さんは変な人だった。
普通に登校してきて、クラリアさんやパコリーヌちゃんとも仲良くしてる。
サキュバスが無意識にに醸し出す色香で性欲の限界が訪れているはずなのに、平気な顔をしている。
そんな彼に興味が引かれると同時に……怖くもあった。
「なんで、宮永……さんはフローラを放っておいてくれないんですか……」
だから、ここまでしてくれる理由が知りたい。
【透明化】の魔法もバレて、見破られたからこそできた偶然の一瞬だけど。
「う~ん……率直に言うとさ」
彼は慎重に言葉を選ぶ。
出てきたのが同情なら今までの男と一緒なんだと忘れればいい。
……もし、もし違うのならば……フローラは……。
「……その誤解しないで欲しいんだけど」
「……はい」
「自己満足のためなんだ」
「……えっ?」
帰ってきた返事は予想外のものだった。
「クラリアに聞いたんだけどフローラってアニメとか好きなんだよな? 実は俺も最近『摩擦の性刃』にハマっちゃってさ。それで一緒に語りあえる友だちが欲しかった
というか……ははっ、本当に自己満足だな、これ」
「…………」
「好きなものを語る時ってすごく楽しいだろ? だから、フローラと一緒に『摩擦の性刃』トークしたかったんだ……」
照れ恥ずかしそうに頬をかく宮永さん。
今までフローラに構ってくれた人は同情の気持ちからで、吐き出される言葉は借りものばかり。
そこに本人の気持ちなんてこもっていなかった。
だけど、宮永さんはちゃんと自分が考えた、彼の気持ちがこもった言葉をぶつけてくれている。
その温かさはじんわりと胸の奥に広がっていって……。
「……ごめんな。迷惑だったよな。もうフローラに付きまとったりしないから」
「――あ、あの!」
呼び止める。
私から踏み込んでみよう。
きっと彼は、私の気持ちを受け止めてくれるから。
「み、宮永さんは……『摩擦の性刃』……だ、誰が好きなんですか……?」
勇気を出して尋ねると、彼の表情はみるみると花開いていき――
「
――満面の笑みで、そう答えてくれるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ、クラリア」
「なにかしら」
「クラリアはどうしてみやっちに協力してあげたの?」
「簡単な話よ。私たちへの宣言通り、全員と仲良くするつもりのバカだから」
「どういうこと?」
「フローラは見ての通り、男性を襲うつもりなんてないでしょ? ただ童貞として卒業するなら関わる必要なんてないのよ」
「あぁ、確かに!」
「それなのに、宮永は……」
彼はフローラに向き合おうとした。
その事実が証明するのは、彼の言葉は全て本心だったということ。
まだ知り合って3日。なのに、私たちはこんなにも彼に惹きつけられている。
それは彼が私たちを異物と忌避せずに、理解しようとしてくれたから。
……彼なら。
……宮永なら私の事情を話しても抱いてくれるのかしら。
「ほんと……バカ」
自嘲とも罵倒ともわからない呟きは風に吹かれて空に消えた。
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