第16話 通称・体イクっ祭


 それからフローラと俺たちとの鬼ごっこが始まった。


「フローラ!」


「ぴゃぁぁぁっ!」


「フローラ……!?」


「ぴゅぅぅぅっ!!」


「フrrrrロォォォォラァァァァァァ!!」


「ぴょああああああ!」


 しかし、彼女は逃げ足が速く、なかなか追いつけない。


「はぁ……はぁ……またダメだった……」


「いやいやいや、みやっち、よく見つけてる方だから。なんで隠れてる場所がわかんの?」


「こいつのおかげさ」


「あぁ、股間ね、なるほど。……え? なんで?」


「答えは簡単だ。パコリーヌ、俺に近づいてくれるか?」


「いいけど……って、やば! 股間パンパンなんですけど!」


 パコリーヌの言う通り、きれいな二等辺三角形を形成している股間。


 これはパコリーヌが発するサキュバスのフェロモンを摂取した結果、起きてしまう現象。


 パコリーヌだけじゃない。クラリアや他のサキュバスたちと接触しても股間棒は強く反応する。


 普段はなんとか我慢して勃起しないよう努めている俺だが今はあえて自由にさせてあげていた。


「どうやらこいつはフローラには興奮しないらしいんだ」


「でも、フローラもサキュバスだよ?」


「おそらく俺の中でフローラが妹系に分類されるからだろう。実妹がいるから年下には性的興奮を抱かないように深層意識に刷り込まれているんだと思う」


 つまり、チンレーダーが反応しない方角へと進めばフローラに出会えるというわけだ。


「へぇ~、すごいね、この子」


「おぉうっ!?」


 ピンピンとパコリーヌの爪で先っぽを弾かれて、変な声が出てしまう。


「あっ、ごめん! つい手癖で……!」


「き、気にするな……悪気がないのはわかっている……」


 童貞チェックなどで耐性が出来てきたのか、回復速度も速くなっていた。


 経験を積んで強くなっていく。


 カリ太郎と一緒だ。


「とにかく今日も残り少ない。急いで見つけ出そう」


「オッケー! 最後まで付き合うよ!」


 すでに何回かチャイムが鳴っている。


 一日のカリキュラム終了までタイムリミットは残り僅か。


 俺たちは校内をしらみつぶしに探して、探して、探し回り――


「……ダメだったわけね」


「ああ……」


 クラリアの声が頭上から降り注ぐ。


 天獄学園から寮へと戻った俺はテーブルに突っ伏していた。


 彼女は律儀に朝頼んだ『摩擦の性刃せいば』全巻を持ってきてくれたわけである。


「何か作戦はあるの?」


「……『摩擦の性刃』を読み込んで、フローラと語れるようにする」


「宮永が読みたいだけじゃない、それ……」


「いや、フローラと話ができても会話が続かなかったら気を遣わせるかもしれない。そういうの気にしちゃいそうだし」


「それは……そうかもね」


 彼女はテーブルの上に紙袋を置くと、隣に座る。


「いい? 私たちが襲えるのは日曜日を除いてあと四日。残り日数が少なくなればユキナたちも動き出す頃でしょうし、なんとかしなさいよ」


「わかってる。A組に俺を襲う権利が残っている間に決着をつけないといけない」


「それだけじゃないわ。天獄学園には新入生と上級生の仲を深めるためにイベントがあるのよ」


 そう言って彼女はバッグから一冊のしおりを取り出す。


「『69通りの体位でイクっ♡ イッちゃうぅぅぅ♡ ポロリもあるよ!ドチャシコ祭り』ね」


「長くない?」


「通称、体イクっ祭よ」


「最初からそれでいいじゃん……」


 しおりをパラパラとめくれば今まで見たことのない多種多様な競技名がズラリと並んでいた。


『二人三パイ~一棒を添えて』『棒舐め倒し』『乳首バサミ取り合戦』などなど……。


 ……え? これ俺、生き残れる?


「今まではこの体イクっ祭まで男子が生き延びるケースが少なかったけど……今年はあなたが参加する。きっと例年よりも激しいお祭りになるはずだわ」


「……! そうだな。俺は今週を童貞のまま過ごして、体イクっ祭に参加する」


 ムクムクとやる気が出てきた。


 クラリアが来週も俺が天獄学園にいる前提で接してくれているのが嬉しい。


「こっちの対策も練らないといけないし、ちゃっちゃと決めなさいよね」


「……それについてなんだが、質問良いか?」


「答えられることなら」


「フローラが登校する確証はあるか?」


「あるわ。あの子がこちらの世界に来る際に両親から課せられた条件が『毎日授業を受ける』だからよ」


「そんなのあるのか?」


「そもそも天獄学園に来るサキュバスはみんな男性経験を求めてやってきているの。だけど、フローラはああいう性格でしょう? ちょっとでも性行為へ積極的になったら、という想いもあるのよ」


 サキュバスの間ではヤった人数がそのまま実績になる。


 逆に言えば、性技も未熟な処女サキュバスは馬鹿にされてしまうのだろう。


 ユキナの接し方を見る感じ、実力社会主義な雰囲気が感じとれた。


 フローラのご両親が心配になる気持ちも少しばかりわかる。


「じゃあ、学園に行けばフローラには会えるわけか」


「昼休みに姿を見なかったことはないわね」


「なら、俺も昼休みから登校するのはどうだ? フローラの不意を突く」


「作戦としてはアリよ。ただそんな卑怯な手段をとってきた男と人一倍怖がりなフローラが心を開いてくれるかしら?」


「……ないな」


「ええ、トップ女優がキモデブ親父に自ら股を開く可能性くらい有りえないわ」


「その例えいる?」


 でも、わかりやすかったのが悔しい。


 つまり、俺は朝から登校して正々堂々とフローラと会話するきっかけをつかまないとならない。


「他には?」


「隠れてそうな場所に思い当たりはあるか?」


「ないわね」


「……仲いいんだよな?」


「いいわよ」


 ……疑わしくなってきた。


「そんなことより質問はもうない?」


「あと一つ。……フローラには関係ないんだが」


「…………」


「ユキナと手を組んで俺を襲おうとは思わなかったのか?」


「……組んで欲しいの? それとも追い込まれて喜ぶマゾ?」


「純粋な疑問だったんだが……」


 クラリアが俺と組んでいるのはパコリーヌ&俺に敵わないから。


 ユキナと組めばリミミもついてきそうだし、俺たちを倒せそうなものだ。


 俺がいちばん困る展開はそれだったからな。


 クラリアに一切そんなそぶりがなかったので安心しているけど。


「答えを言うと、ありえないわね。そもそも私とユキナはあんまり相性が良くないのよ」


「……なんとなくわかる気がする」


 あの挑発の売り買いを見ていたら犬猿の仲なんだろうなというのは察せた。


「それに私はエリーチェ家の長女。童貞くらい一人で犯せなきゃ……お父さまには……」


 彼女にも並々ならぬ事情があるのは知っている。


 まだ俺が踏み込んではいけない領域。


 いつかクラリアから話してくれるのを待っておこう。


「ありがとう。明日も何とか頑張ってみるよ」


「……そうね。今日はゆっくり休んでおきなさい」


「いや、『摩擦の性刃』を読む」


「……好きにしなさい」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「おはよう、童貞」


「んほおおはよ……!」


 童貞チェックで気合を入れてもらった今日も今日とてフローラを探索する会が始まる。


 挨拶から逃げられて、その後一度も遭遇できていない。


 チンレーダーが作用しないのだ。


 俺はこんなにも会話を交わしたいというのに……。


「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでよ、みやっち」


「うぅ……俺は赤子のように無力だ……」


「どうする? 一回、おっぱい揉んどく?」


「それには及ばないさ」


「そっか。ごめんごめん」


「いや、気遣ってくれてありがとう――」


「赤ちゃんだもんね。吸うほうが良いのか」


「大胆……!!」


 そして、行動に移すまでが迅速すぎる。


 健康的な下乳が見えたところで彼女の手を掴んで、服を元に戻す。


「いいの? 吸ってもみやっちにペナルティはないのに」


「いいんだ、パコリーヌ。俺はまだ天獄学園ではなく一般社会の常識を持っていたい」


「あ~、そっか。そうだよね~……あーしもちゃんとみやっちの世界の常識を身に付けないと」


「パコリーヌ……!」


 ……そうだ。彼女だって俺と分かり合おうとしてくれている。


 下を向くな。


 考えろ。視野が狭くなっているはずだ。


 慣れない環境。常識で考えてしまって見落としているはず


 彼女は俺よりも優秀なんだ。


 考えないと……。


 まだ俺たちが探していない場所……。それでいてチンレーダーが反応しない。


 フローラの性格。クラリアが教えてくれた情報――


「えへへ……あーしはみやっちのお嫁さんになるつもりだし……当然っていうか」


「――そうか!」


「きゃっ!?」


「あっ、すまない。何か言ったか?」


「う、ううん! 今日もビショビショだからパンツ替えないとな~って! それよりも! もしかして、わかっちゃった感じ!?」


「……ああ。おそらくだけどな」


 どうしても最初の逃げ回るイメージが強かったから、校舎内のどこかに隠れているんだと思い込んでいた。


 でも、それは間違いだったんだ。


 現に昨日もフローラと遭遇できたのは五時間目までの間だけ・・だった。


「クラリアが言っていた通りだったのさ」


「……?」


「フローラは真面目ないい子だったんだよ」

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