第15話 友だちごっことは言わせない



「あらあら、大吾さん。こんにちは」


「童貞くん、こんにちはー!!」


 意外に二人とも気さくに声をかけてくれる、


 襲ってくる様子もなく、背負っていたバッグを机に置いた。


「二人とも、こんにちは。昨日はごめんな。本当はあいさつしたかったんだけど」


「体調不良だったんでしょう? 仕方ないですよ。こればかりはどうしようもありませんから」


「もう熱は治ったの? お熱、測っとく?」


「大丈夫だよ。今朝、クラリアに体温計で測ってもらったから」


「お尻に差してもらった?」


「もちろん」


 淫らな言葉には淫らな言葉で返す。


 そうすれば向こうに主導権を握られずに済む。


 もちろん今のは全部でたらめだ。


 俺の後ろではブンブンとクラリアが頭を振っているだろう。


「それで元気になったから改めて二人とも友だちになれたらいいなって。俺は仲良くしたいと思っているんだ」


「あぁ……なるほど!」


 別に変なことは言っていないのだが、なにか合点がいったユキナはポンと手を叩く。


「ドスケベ行為のお誘い?」


「いや、違うが!?」


 どう汲み取ったら、そんな解釈になる……あっ! 仲良くって部分か!?


 こんな言葉狩りをされるなんて油断も隙もない。


 クラリアやパコリーヌは優しかったんだなというのをヒシヒシと感じた。


「あら、私はいつでも歓迎ですよ? クラス委員長としてたっぷり優しく搾りとってあげます」


「あっ、リリミもリリミも! ユキナちゃんといっぱい気持ちいいことしてあげたいな~って!」


「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」


「おっぱいも受け取らなくて大丈夫ですか?」


「柔らかいよ~? おっきいよ~?」


 腕で胸を下から持ち上げるユキナとそんな彼女を真似するリリミがジリジリと迫ってくる。


 谷間が丸見えな制服なため、むにむに♡ むちむちっ♡ という擬音が聞こえてきそうなおっぱいが煩悩を誘う。


 ……くそっ、サキュバスはいつもフェロモンを散らばせてやがる……!


 ゴクリとつばを飲み込むも、唇をかみしめて我慢した。


「……すまない、俺は今日は貧乳の気分なんだ」


 なんとか断り文句が口から出る。


「それは残念です。でも、大吾さんはご存知ですよね? 大は小を兼ねる。つまり、貧乳にできることは私たちにもできるということ」


「……なんで、そこで私を見るのかしら?」


「ちょっとクラリア、ステイステイ!」


「私はCあるから! 標準サイズ!」


 あきらかな挑発を受けたクラリアが前に出てこようとするが、なんとかパコリーヌが羽交い絞めにして動きを抑える。


「他意はありませんよ? ただ同じサキュバスなのに大吾さんがあなたに手を出さないのは、そういうことなのかなぁと可能性を提示しただけで」


「ケンカなら買うわよ……?」


「あらあら、うふふ……」


 一触即発の空気になるが、ユキナはさらりとそれを受け流す。


 彼女はクラス委員長という役職の割には、どうもみんなを束ねるには適性が低いように思えた。


「……みやっちは委員長たちにも欲情しないと思うよ? だって、あーしのドスケベ攻撃だって避けられたし」


「それはパコリーヌさんが甘々だっただけですよ。私たちならば間違いなく今日、彼はこの学園にいなかった」


「……えらい自信じゃないか」


「だって、世の中の男性は私やリリミのような美少女を見てしまうと、すぐにエッチな妄想を繰り広げてしまう。今まで何人もの男子を見てきましたが、みんな襲われる直前までこれを凝視していました」


 たぷん、とわざとらしく揺らすユキナ。


 白くきめ細やかな肌が波打ち、形を変える。


「童貞くんもリミミたちといっぱいドスケベしたくなったんじゃない~?」


 ニシシと小悪魔的な笑みを浮かべるのはリミミ。


「一般的にはそうかもしれない。だけど、俺は違う。童貞のまま卒業したい。さっきも言った通り、二人とは友だちとして仲良くしたいんだ」


「う~んとね? リミミも童貞くんと仲良くしたいよ?」


「本当か!?」


「うん! でね? 仲良くなるためにはドスケベがいちばんなんだよ?」


「それはサキュバス界の常識なんだ」


「でも、人間も親しい者同士は裸のお付き合いをするって言うよね?」


「……確かに」


 かしこい。


 思わず納得してしまった。


「なら、裸でお突き合いしても問題ないよね?」


「日本語って難しいなぁ」


 漢字が一文字変わるだけで、意味がこんなにもガラリと変化するのか。


 そっちのお突き合いだと俺はゲームオーバーになってしまうが。


「そもそも私としては大吾さんにおひとつ質問なのですが……」


「なんだ? スリーサイズとかなら答える。イチモツのサイズは測っていないからわからない」


「それは襲った時の楽しみにしておくので結構です。私が尋ねたいのは……あなたたちの友だちごっこ・・・・・・に何の意味があるんですか、ということ」


 ユキナはくいっと俺の顎を持ち上げる。


 細い指が首筋をなぞった。


「そもそも考えてみてください」


 なまめかしくてかる唇が形を変えていく。




「他にもサキュバスの生徒はいます。もちろん私たちでは相手にならないような淫乱力を秘めたサキュバスの先輩方もたくさん在籍しています」




「例えば私たちがあなたと仲良くなったとしても、まだ見ぬ猛者たちに食べられてしまえばすべての努力が無に帰する」



 彼女が語ったのは、俺の意思をくじけさせるかのような文言。


 不明瞭な未来。非常識な挑戦。


 クラスメイトだけでも苦労している俺にこれほどの試練を潜り抜けられるのかという問いかけだった。




「大吾さんはそれでも童貞を貫けると言い切れますか」




「ああ、俺は必ず童貞のまま卒業する」


 だからこそ、俺は力強く宣言する。


 ここで折れてはならない。


 俺は天獄学園のみんなを巻き込もうとしている。


 もちろん、そういうゲームだとわかっていても、その責任をうやむやにしてはいけない。


「俺は絶対に童貞のまま、この学園を出るよ」


「……そうですか。そんなに固い信念ならば、しょうがないですわね。……あなたはもう少しわかる人だと考えていたのですけど」


 ユキナは髪をかきあげると体を翻して、置いたばかりのバッグを手に取る。


「わかりました。そこまで言うのなら協力しましょう、大吾さん」


 俺を見る双眸はどこか失望したようで。


「今の言葉、必ず覚えておいてくださいね」


 見下すように吐き捨てた。


「それではまたお会いしましょう、リミミ」


「は~い。またね、童貞くん!」


 フローラに続き、ユキナとリミミも教室を去ってしまう。


 ……二人とも授業も受けずに帰ってしまった。


 ……というか、三人とも交流失敗とはどういうことか。


 クラリア、パコリーヌと順調に来ていただけに俺は簡単に考えすぎていたのかもしれない。


 本来、生まれも価値観も違う別種族が交わりあうとは、こういうことだ。


 突きつけられた現実から目をそらしてはならない。


「みやっち」「宮永」


 一部始終を見ていた二人がこちらに駆け寄ってくれる。


 パコリーヌは心配してくれていて、クラリアはユキナたちが去った入り口を見つめていた。


「……宮永。あなた、ユキナにはしばらく気を付けておいたほうが良いわよ」


「え?」


「ユキナは腹に一物抱えるタイプよ。そう簡単に信用しないほうが良い。あなたが魔法を使える事実はすでにバレているし、対策をとってくるはず」


「……やっぱりそういう感じか?」


「あーしもクラリアに賛成かな。ユキナはサキュバスの中でもドスケベ過激派だからね。いろいろと計画を練って、みやっちを逃がさないと思う」


「そういうこと。アホのパコリーヌみたいに偶然助かるなんてありえないんだから」


「アホってひどいな~」


 ケラケラと笑うパコリーヌ。


 彼女の底抜けの明るさには救われる。


 釣られて周囲まで笑顔になる、そんな魅力があった。


「安心してよ! みやっちにはあーしがついてあげるしさ!」


「ああ、頼りにしてる」


 パコリーヌと拳をコツンとぶつける。


 そんな俺たちをうらやましそうに見つめる視線が一つ。


 ニマァとこれまたパコリーヌがいたずらな笑みを浮かべた。


「それにクラリアも心配してくれているもんね」


「はぁ? 勘違いしないでくれる? 私は他の女に童貞を奪われたら困るから協力してあげているだけよ。少しでも隙を見せたら、私がすぐに襲ってやるんだから」


 ここまで王道なツンデレは見たことないかもしれない。


 だんだんクラリアがかわいく思えてきた。


「……よし!」


 立ち上がると、俺からクラリアの手に拳をコツンとぶつける。


「……ふん」


 そうすれば彼女もまた俺の背中を小突いて、気合を入れてくれる。


 ……うん、決めた。


「俺、今からフローラ探してくるよ」


「ふぇっ? 今から?」


「だって、ユキナが何か仕掛けてきそうなら今しかチャンスはないだろう?」


「それはそうかもしれないけど……」


「時は金なり。少しでもフローラと会話を交わしておきたいんだ」


 時間が有限なのであれば、できる限りはもがくべきだ。


 その中で授業時間は切り捨ててもいい。


 一日、二日程度ならば休日に挽回できる。


「みやっちもサボるなら、あーしも行くよ。万が一、ユキナたちが仕掛けてくるって可能性もあるし」


「……私は行かないわよ。先生がかわいそうだから」


 つまり、俺たちが探している間の相手を引き受けてくれるということだ。


 本当にみんなのママみたいな役回りをしてくれる。


 二人とも優しくて、とても素敵な女の子だ。


 だからこそ、俺の胸にはある感情をがくすぶっていた。


「構わない。……クラリア、パコリーヌ」


「……なによ」


「どうかした?」


「二人の選択が間違いじゃないってことを俺が証明する」


「……あなた、ただの優男だと思っていたけれどそんな顔できたのね」


「俺は人間だよ。だから、怒る時だってある」


 俺の目標を妄言呼ばわりするだけならまだよかった。


 けど、ユキナは歩み寄ってくれたクラリアとパコリーヌをバカにするような発言をした。


 彼女たちの名誉にかけても『友だちごっこ』なんて言葉は訂正させる。


 絶対にユキナにわからせてやる。


 何か仕掛けてくるなら正面から受けきって突破してやろう。


 この島に来てから、いちばん俺は燃えていた。


「……やば、怒った顔もイケメン……キュンキュンする……」


「……パンツの替えは?」


「バッグにあるよっ」


「よし、履き替えたらフローラを探しに行こう」


「おけまる水産!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る