第13話 完堕ちパコリーヌ
「フローラについて教えてほしい?」
「ああ、次は彼女と仲良くなりたいと思っている」
魔法についても教えてもらいたいが、クラリアにとっては敵に塩を送る行為。
これに関してはパコリーヌに尋ねようと思う。
きっと今の彼女なら快諾してくれるはず。
「次は、って……もうパコリーヌとは仲良くなったつもりでいるのね。裏切られたのに」
「裏切られても、裏切られても俺は信頼し続けるよ。まずは歩み寄りが何よりも大切だと思うからさ」
これは勝手な俺の定義だが……。
友だちとは『信頼して裏切られても許せる関係』にある相手だ。
だから、俺はパコリーヌを許すし、これからも仲良くしていきたいと考えている。
彼女が反省しているなら、なおさら。
「……あなたも私たちを笑えないほど狂ってるわよ」
「人付き合いが苦手な自覚はある。やり方としては間違っているかもしれないな」
「そんな一言で済まないでしょう。……ったく」
俺はこの島にやってきてから何度クラリアに嘆息をつかせただろうか。
彼女のお人好しな性格に甘えてしまっているのは自覚している。
借りを作りっぱなしというのは性に合わない。
俺からもできる限りの施しは返すべきだろう。
「クラリア。何かお礼させてくれないか」
「お礼?」
「童貞警察としても、クラスメイトとしてもクラリアにはよくしてもらっているから恩返しができたらいいなと思って。もちろん童貞以外で」
「……ふぅん。ちなみに、お願いしたらなにをしてくれるのかしら?」
目を細めて、チロリと唇を舐めるクラリア。
彼女は家事万能。文武両道だ。
となれば、自分にできることと言えば……。
「そうだな……。マッサージとかどうだ? 昔から体のメンテナンスは得意なんだ」
「じゃあ、リンパマッサージを頼もうかしら」
「リンパマッサージ……?」
聞いたことのない名前だ。
インターネットで検索すれば出てくるだろうか。
「あなたたち人間たちの間で流行っているマッサージだと小耳に挟んだわ」
「わかった。後で調べておこう。放課後、寮に来てくれ」
「その前に童貞を失わいようにせいぜい気を付けなさい」
それで、と一つ間を開けて彼女は話題を転換させる。
「……フローラはとても大人しい良い子よ。引っ込み思案と言ってもいいかもしれないわね」
「だけど、なんというか……見ての通り、人見知りなところがあって」
「つまり、避けられる可能性があると」
薄々、そんな可能性はしていた。
サキュバスなのに珍しい気性だ。
逆に言えば、そんな彼女となら話の馬さえあれば一気に距離を縮められるはず。
その心の壁をどう取り除くのかが問題なわけだが……。
「そうね。根気よく付き合う必要性があると思う」
「昼から登校していたのは……」
「ただの昼夜逆転生活のせいね。フローラはね、アニメやサブカルが大好きだから」
「それはいいこと聞いたな」
ちょうど俺は会話の種になりそうなネタに飢えている。
フローラを捕まえれば『摩擦の性刃』について語り合える可能性がある。
それだけじゃない。
他にも安庵島で放送されている面白いアニメについて教えてもらえるかもしれない。
娯楽は心のオアシスだ。
面白いものは何でも知っておきたい。
「油断しないことね。フローラとの距離を縮める前に警戒するべきことがあるでしょう」
「クラリアの攻撃だな」
「私だけじゃなく、クラス全員からの襲撃。少なくとも昨日パコリーヌを撃退した事実のせいで注目度は上がっているはず。サキュバスはやった人数も大切だけど、やった相手が強い漢であればあるほど名誉も上がるの」
「でも、俺はパコリーヌに情けをかけてもらっただけだぞ?」
「それでもよ。過去に初日を乗り切った男だって数えるくらいしかいないんだから」
魔法という存在に気づけたのは彼女との会話があってこそだ。
しかし、クラリアのおかげだよ、と返すのは煽っているようにしか聞こえないか。
素直に称賛を受け取っておく。
「俺にとっては好都合だ。全員と仲良くなるのが第一目標だからな」
俺に注目してくれて童貞を狙いにくるなら話し合いの場が持てる。
教室にパコリーヌ以外の生徒がいるのでは、という期待を込めて教室まで歩いてきたのだが……。
「……まぁ、杞憂だったみたいだけどね」
「……だな」
残念ながら昨日と変わらぬ風景だった。
寂しく置かれた六つの机。その一つにパコリーヌが突っ伏している。
だが、俺たちが登校した事実に気づくと勢いよく立ち上がる。
「お、おおおおおはよう、みやっち!」
まるでロボみたいにぎこちない動きをした挨拶だった。
「おはよう、パコリーヌ」
「今日もいい天気だね~、あはははっ」
「…………」
外を見てもどんよりとした曇り空である。
「やっぱり【
「だ、大丈夫! 今日もパコリーヌは元気です! ハハっ!」
「その笑い声は千葉のネズミに怒られるからやめような」
やはり昨日の一件が尾を引いて、緊張しているのだろうか。
ならば、こちらから切り出してやるべきだろう。
「なぁ、パコリーヌ。保健室での件だが」
「ちょっと待って! その先はちゃんとあーしから言うから。……あーしが言わないとダメなことだから」
手を伸ばして距離を取ったパコリーヌは大きな胸を上下させて、呼吸を整える。
赤みがかった頬は徐々に引いていき、真剣なまなざしが俺を貫く。
「ごめんなさい!」
「あーし、みやっちの気持ちを踏みにじって、ひどいことをしようとした! もうこんなことはしないって約束する。
だから……みやっちさえ許してくれるなら、またあーしと仲良くしてくださいっ!」
腰を折って、頭を下げるパコリーヌ。
彼女の謝罪には心がこもっていた。震えている声が、体が如実に気持ちを表している。
拒絶される恐怖。罵倒される辛さ。
その可能性を受け入れたうえで、彼女は俺に向き合ってくれた。
それが何よりもうれしかった。
「……パコリーヌ」
「…………」
「なに言ってるんだ、俺たちは友だちだろ」
「……いいの?」
「もちろんだ」
「でも、あーし……本当にみやっちを傷つけて……」
「そもそもパコリーヌが休み時間に助けてくれなかったら、俺の学生性活は終わってたんだ。だから、パコリーヌに感謝こそすれど恨むなんて絶対にない」
涙を流す彼女の頬にそっと触れて、ゆっくりと顔を上げる。
「だから、泣かないでくれ。せっかくの美人が台無しだろ」
「うっ……うぅ~……! だってぇ……!」
「それに俺はパコリーヌの笑顔が好きなんだ」
「……わかった」
飾らない本心を告げると、パコリーヌはゴシゴシと袖で目元をぬぐう。
「……これでど~よ? みやっちの大好きなあーしだぞっ」
ウインクをして、ピースサインを決めるパコリーヌ。
太陽に負けない輝きを持つ笑顔を見て、うんうんと頷く。
「ああ、やっぱりこっちの方が素敵だ」
「……えへへ、ありがとう」
泣き止んだ彼女はどこかうっとりとした表情で俺を見つめる。
目元だけじゃなく、頬もほんのりと赤い。
まるで意識ここにあらずといった感じだ。
「これから友だちとして思い出を作っていこうな」
「みやっち……」
「俺はパコリーヌと楽しく学生性活を過ごしたいと思っているからさ」
「みやっち……」
「……え~、整いました」
「ねず〇ち……」
「ハハっ!」
「ねずはねずでも違うネズミでしょ。消されるわよ」
パコリーヌで遊んでいると頭をスパンとクラリアに叩かれた。
安庵島にまで影響力を持っているのか、千葉のネズミ……。
「世界をまたにかけるだけあるな」
「お~、みやっちってばワールドワイドだね~」
「え? なにが?」
「ふふっ、そうね。世界の股にぶっかけるだなんて、あなたもこの島になじんできたみたいね」
「あれ? 狂ったのって俺の頭の方なの?」
そうこうしているうちにチャイムが鳴る。
釈然としない気持ちのまま一時間目の授業を迎えることになった。
……いいや、違うな。
パコリーヌとの距離は間違いなく一歩近づいた。
それだけでよしとしようじゃないか。
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