第12話 新たな出会いの予感
「はぁ……それでいきなり私に尋ねてきたわけね」
「ああ、理解してくれて嬉しいよ……」
俺はプルプルと内股で震えながら、クラリアにいきなり迫った理由を説明した。
「あなた、早退してずっとアレを見てたわけ?」
「アレってことはクラリアも見たことあるのか!?」
「まぁ、一応ね。クラスメイトのフローラに勧められたから仕方なく」
「フローラ……?」
「ほら、自己紹介の時にビクビク震えていた子」
「ああ、あの水色の子!」
サキュバスにしては珍しい性格だったから、よく覚えている。
澄んだ水色の瞳と髪の小さな女の子。
結局、あの後も俺と一言も交わさずにいつのまにか教室から消えていたんだよな。
サキュバスというよりも小動物の方がイメージ的にはピッタリかもしれない。
「それでクラリアもハマったんだな」
「はぁ? そんなわけないでしょう?」
「隠さなくてもいいだろ? バッグにキーホルダーつけてるし」
「えっ、嘘っ!?」
「嘘だけど」
「ふんっ!」
「んぉぉぉぉぉぉおおお!?」
カマをかけたら俺が『カマ』になってしまうところだった。
いつもの童貞チェックとは違う金玉の握り方に再度ノックダウンした俺はその場に崩れ落ちる。
「これに懲りたらもう二度としないことね」
「す、すまん……。ただ俺は一緒に語れたらいいなって……」
「……あなたにはわからないのよ。エリーチェ家の娘としての使命が……」
俺は
エリーチェ家か……。
サキュバスの中でも名家の分類なのだろうか。
学園に着いたらパコリーヌにでも聞いてみよう。
だが、それはそれとして。
「……クラリア」
「なによ」
「原作全巻貸してくれ」
「…………」
俺はあの続きが気になって仕方がなかった。
伏してなお諦めない俺に対してクラリアは何とも言えない表情をして、了承してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日も今日とて童貞チェックの後、朝ごはんを作ってくれたクラリア。
食卓には色とりどりなメニューが並び、一口頬張るたびに旨味があふれ出てくる。
毎朝を迎えるのが楽しみになるほど、彼女の料理の腕は抜群だった。
一方でクラリアは頬杖を突きながら、どこか退屈そうだ。
「それで昨日の話なのだけれど」
「ちょっと待ってくれ。もうちょっとで食べ終わるから」
「別につまみながら喋ればいいじゃない」
「いや、クラリアのご飯美味しいから味わって食べたい」
「……あっそ」
それからはクラリアも箸を進めて、黙食が続く。
こんな静かな時間も不思議と嫌じゃない。
ふと見て気づいたが、クラリアは食事をとる姿さえ美しい。
背筋はピンと伸びているし、箸の使い方だって多分、日本人より上手だ。
何より見た目は高校生なのに
こうして観察すれば彼女が良家のお嬢様なのだというのも納得しかない。
「……なに?」
「悪い。きれいだなと思って」
「……宮永はギャルゲーの住民なのかしら」
「称賛を素直に口にしているだけさ」
「そういうところよ、バカ。いつか刺されるわね」
「俺が? ないない」
学生時代だって一度も告白された記憶がない。
晴夏が入院してからはずっと付きっきりだったし、晴夏との時間を割くつもりもなかった。
最後の生姜焼きの一枚を口に運んで、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
皿をキッチンへと運ぼうと立ち上がる。
だけど、クラリアが服の袖をつかんだことで止められた。
「……少し聞いてもいいかしら」
「なんだ?」
「宮永は嫌にならなかったの? 学校に行くの」
「ん~……嫌になる理由があるか?」
「あるでしょ。犯されかけたり、騙されたり。普通の人ならトラウマものの経験が」
「それなら心配ない。覚悟があればなんでもできる」
だけど、普通はそうもいかないのかもしれない。
俺は霧島さんに説明を受けて、家族の命を救える可能性をもらったから自分の命を賭けつ腹積もりができた。
童貞デスゲームにおいて立場は平等だ。
こちらだけ美味しい思いができると思ったら大間違い。
金玉の中身を搾り取られる悲惨な運命が待っている。
「それに俺にはどうしても譲れない理由があるからな」
「……聞いてもいいのかしら」
「もちろん。妹だよ。世界一大切な一人の命を救う。それが俺の童貞デスゲームの願い」
今ごろ晴夏はどうしているだろうか。
お別れも言えずに安庵島に来たから晴夏との約束を破ってしまったことになる。
霧島さんに頼んで手紙を送ってもらったし、両親にも詳細は隠して俺が晴夏のために転校した内容を伝えてもらっている。
晴夏は賢い子だ。きっと納得してくれるはず。
三年間。三年間だけ許してくれ。
そのあとに必ず謝りに行くから。
「ふ~ん、シスコンなのね。そっちで攻めたら案外簡単に堕ちちゃったりして」
「妹属性が好きなわけじゃない。家族だから大切なのさ」
「じゃあ、私と家族になりましょう。結構優良物件だと思うの。家事は一通りできるわ。容姿だって秀でている。体だって……ね?」
そう言って、唇から首筋、鎖骨と伝って胸のふくらみを指でなぞる。
小さな胸でもこうやって輪郭をなぞられたら、おっぱいを意識してしまう。
流石はサキュバス。
自分がどうやったら淫乱に見えるのかよく理解していた。
「どう、かしら?」
ゴクリとつばを飲み込む。
手を出したくなる衝動を必死に抑え込み、太ももを強くつねった。
「……卒業した後なら……!」
「……それだと意味ないじゃない。はぁ……」
溜息を吐くクラリア。
その姿さえ見とれてしまうほど妖艶に映るのは彼女の持つ雰囲気のなせる技だろう。
「いいわ。今日も油断しないことね。学園に着いたら私たちは敵同士」
「俺はクラリアと友だちだと思ってるぞ」
「ふん。めでたい頭ね。勝手にそう思っていなさい」
「いいや。絶対にわからせる。俺たちは仲良しの友だちで、一緒のベッドで寝ても手を出さない仲なんです~って地雷女みたいな発言させてやる」
「いいわよ。宮永を心から友達だと思ったら、いくらでも言ってあげる」
「忘れるなよ、今の言葉」
「ええ、絶対に無理だけどね。私が私である限り、永遠に」
俄然やる気が出てきた。
目標があればあるほど燃えてくる。
三年間も期間はあるんだ。急がず、焦らず、ゆっくりと彼女と絆を深めていくとしよう。
「話は変わるんだが、クラリア。俺からも聞きたいことがあるんだけど」
「ちょっと待って。続きは歩きながらにしましょう。遅刻するわ」
「おっと、それもそうだな。洗い物は帰ってきたらするから置いておいてくれ」
「別にいいわよ。すぐ終わるし」
「料理作って、童貞チェックまでしてもらってるんだ。これ以上、迷惑はかけられないよ」
「……ま、そこまで言うなら好きにしなさい」
やれやれと彼女は肩をすくめる。
ふっ、どうやら意地の張り合い第一ラウンドは俺の勝ちのようだ。
皿をキッチンに運ぶと、余暇の時間ができた彼女はソファに座ってテレビをつける。
はりきり聞こえる『今日も朝からストレッチして、しこえっちパワーを溜めていきましょ~!』という歌のお姉さんの言葉を背にして、俺は洗面所へと向かった。
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