第10話 サキュバスの初恋

 あたしには小さなころから一つ夢があった。


 サキュバスの世界には娯楽がない。


 魔法を遊ぶのもつまらない。子供のあいだは私用が制限されているから。


 かといって自慰にしけこむのも違う。


 自慰で楽しんでイってしまうのはサキュバスにとってはあまり名誉なことではない。


 サキュバスたちにとって自慢になるのはあくまで食べた男の数だけだから。


 集まってすることと言えば、将来自分が大きくなった時の理想のドスケベシチュエーションを語り合う品評会くらい。


 だけど、どれも現実味がなく、心がワクワクしない。


 そんなあーしが大好きだったのは寝る前によくママが話してくれたパパとのなれそめの話だった。


 サキュバスが恋愛を成就させることは少ない。


 サキュバスにとってヤった人数は勲章だ。


 百人、千人は当たり前。


 基本的に一人に固執することはないし、愚かとされるバカな行為。


 だけど、あーしはすごく格好いいと思った。


 素敵だと思った。


 他のみんなは「おかしい」と嗤うけれど、家にはパパとママの温かい笑顔が溢れていて……あーしもそんな家庭を築きたいと。


 将来のご主チン様のために花嫁修業もばっちり!


 だけど、異世界ではあーしにピッタリな男は見つからなかった。


 絶対にあーしはママみたいな幸せな性活を送りたい。


 そんな憧れが夢になって、出会いを求めてやってきたのが国立天獄高等学園。


 ママとパパが出会ったのも国立天獄高等学園だったから、当然の帰結ともいえる。


 ママ曰く、日本では一夫一妻が当たり前なんだって。


 めちゃやばくない? あーしにピッタリじゃん。


 そして、やってきた天獄学園。


 ゆっくり体の相性抜群の男探してパコって結婚しよ~って思っていたあーしに待っていたのは激しいサキュバスたちによる男の奪い合い。


 百人いるサキュバスに対して、男は一人。


 それも当番制なので担当の時期まで男子が童貞を守り抜き、回ってきた試しなどなかった。


 せっかく男子がやってきても他の子がドスケベRTAのごとく、犯してしまって即終了。


 相性を確認するまでもなく終わってしまう。


 あーしの夢は生涯をささげてもいいと思えた人と愛を育むこと。


 だから、今回の男子には特攻を仕掛けた。


 うちのクラスは今年から特殊な事情の子が集められた特別クラス。


 チャンスがあるとあーしは初日の内にヤる計画を立てて、実行して、運命を見つけた。


 彼の股間棒の形をした魔法に貫かれて体が確信したのだ。


 反り立つ角度。強度。太さ。長さ。


 全てがあーしにベストマッチなモノの持ち主。


 やっと見つけたご主チン様……!


「お、おい、パコリーヌ? 大丈夫か?」


 心配そうにあーしを見ているご主チン様。


 さっきまでレイプされそうになっていたのに優しい……!


 ああ、ダメだ。おなかがキュンキュンとうずいている。


 でも、それ以上に彼を直視できない。


 うずきを上書きするように胸がドキドキとうるさい。          


 たくさん喋りたい。もっと見ていたい。


 なのに、気恥ずかしくて、つい目をそらしてしまう。


 胸の奥のポカポカとした温かい気持ち……そっか、ママ。


 これがママの言っていた感情なんだね。


 熱を帯びて真っ赤になっているであろう顔を、髪をくしゃりと持ち上げて隠す。


 間違いない。


 あーしはご主チン様に恋をした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「…………」


 目の前に妖怪・髪もふもふがいる。


 いきなり俺をご主チン様呼びしたと思えば、顔を覆いつくすように髪をもふもふしているパコリーヌ。


 たまにチラリとこちらを見上げては、視線を外す。


 だけど、俺のそばから離れようとはしない。


「すまん、パコリーヌ。やりすぎたか?」


 ダメージを負い過ぎたのかもしれない。


 魔法が人体に及ぼす影響を俺はちゃんと把握していない。


 彼女のおかしい言動も俺の魔法のせいかもしれないのだ。


「顔が赤いぞ? 熱でもあるんじゃ……」


「ひゃっ!?」


 彼女の髪をかきあげ、額をくっつけて熱を測ろうとするとフラフラと後ずさるパコリーヌ。


 そのままへなへな座り込んだ彼女は決して俺を見上げようとしない。


「……パコリーヌ」


「な、なに?」


「股間に俺の目玉はついてないぞ」


「あっ、ご、ごめん。玉が二つあったから、つい」


 そんな間違えすることある?


 思わずツッコミそうになったが、これも魔法のせいかもしれない。


 ……いや、元からこうだったかも。


「……あの、ご主チン様」


「みやっちでいい」


「え、でも、男子はこう呼ばれるのが好きってママが……」


「それサキュバス界だけの常識だから。俺はパコリーヌがつけてくれたみやっちの方が嬉しい」


「っ……! そ、そっか。あーしの……うん、みやっち。ごめんね、ちょっと今、変な感じで……」


「やっぱりか。気分がすぐれないならベッドに」


「ちょ、ちょっと待って! まだあーしたちそういう関係じゃないし、ベッドは早いっていうか」


 記憶障害まで……!


 やはり相当な影響が出てしまっていた。


 これは無理にでも寝かしつけた方がいいだろう。


 パコリーヌをベッドに運ぶために抱きかかえようとする――その瞬間、グラリと俺も体がふらついた。


 ぐわんぐわんと視界が揺れて、言いようもない気持ち悪さがこみあげてくる。


 全身から力が抜けていくようなけだるさが襲い掛かってきた。


 マズイ……パコリーヌよりもさきに限界が……!


「みやっち? 顔色悪いよ? もしかして、さっきの魔法が……!」


「なんだか視界が……」


「大丈夫!? みやっち!?」


 ダメだ。


 くそっ……こんなことになるならもっと鍛えておけばよかった。


 いつだってそうだ。


 俺はいつも後悔ばかりしている。優秀だと言われようが選択肢を間違える。


「みやっち!? すぐに寮まで運んであげるからね!?」


 意識を失う前、最後に聞こえたのはそんな言葉だった。


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