第5話 彼女はお母さんよりママ派
ピピピと電子音が鳴る。
手を伸ばして目覚ましを止めて、瞼をこすり……違和感に気づいた。
重い。
何かが股間辺りにいる。それも布団の中にもぐりこむ形で。
「誰だ!?」
慌てて、掛け布団を剥がす。
現れたのは桃色ツインテールお嬢様。
白の手袋を付けたクラリアはニッコリと見惚れる笑みを浮かべる。
「昨晩はいい夢見れたかしら」
「えっ」
「それじゃあ、今朝の童貞チェック始めるわよ」
「んお゛ぉぉぉぉぉっ!?」
ズボンの中に手を突っ込まれた俺の叫び声が快晴の早朝に響いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クラスメイトたちとの挨拶を終えた後、俺は霧島さんに実質俺専用の男子寮へと案内された。
寮といっても二階建ての一軒家。
みんなが暮らす女子寮とは正反対の位置にあり、寮の中ではドスケベ禁止なので誰もやってこないはず。
そう思っていたのだが……。
「おはよう。いい声だったわね」
「あ、ああ、目覚めはいい方なんだ……」
「なら、毎朝これくらいの時間に来るわね」
毎朝、金玉揉みしだかれて起こされるのか……。
なんという地獄。
……いや、逆転の発想だ。
こんな可愛い美少女同級生が毎朝起こしに来てくれると考えれば役得。
方法については気にするな。そうだ。俺は幸運なんだ。
……それにしても。
「ちゃんとルールは守るんだな」
「当たり前でしょ? どこでも襲っていいなら初日でサヨナラしてるわよ」
「確かに」
宣戦布告と入学を終えた帰り道、俺を襲うサキュバスはいなかった。
童貞デスゲームではいくつかの禁止事項が定められている。
授業中のドスケベ禁止。
男子寮でのドスケベ禁止。
ドスケベできるクラスは週当番で一週間ごとに交代等々……。
ゲームとして成立させるためにサキュバスと政府間で取り決めたとのこと。
昨晩に読み込んだルールブック――部屋に備え付けられていた――にそう記されていた。
……そうだ。だから、俺は安心して眠りについたんだった。
「ねぇ、宮永は卵焼きは半熟派? しっかり派?」
「しっかり派……え? 朝食作ってくれるのか?」
「別に一人分も二人分も変わらないもの。この私の手作り料理なんだから、感動しながら食べなさいよね」
そう言って、エプロンを着たクラリアは手際よく調理を始める。
あまりにも当然のように作り出したので甘える形になってしまった。
手持無沙汰になった俺はなんとなしにテレビをつける。
『は~い。テレビの前のみんな~。体もアソコも元気かな~』
そして、速攻で消した。
……気のせいか? 気のせいだろう。
慣れない環境で疲れているのかもしれない。
気を取り直して電源を入れ直す。
『まずは柔軟から! M字開脚のポーズから始めていきま~す』
やっぱり狂ってたのは世界の方だった。
チャンネルを回すが、俺が知っている情報番組は一つもやっていない。
アナウンサーはミニスカにガーターベルトだし、スーツではなく下着丸見えの薄い上着を羽織っている。
「なぁ、このテレビおかしくないか?」
「そう? 一応、あなたたちのテレビ文化を真似して作ってみたのだけど」
「朝の歌のお姉さんは半裸になりません」
「サキュバスだからよ」
「サキュバスって言っておけば何でも許されると思ってない?」
こんなの子供たちが見たら性癖歪んじゃう。
ほら、みんなモゾモゾして全然元気はつらつじゃないじゃん。
身体の一部だけだよ、元気になるの。
「異世界では好評だからいいのよ。視聴率がすべてを物語ってるわ。特にSHKは人気チャンネルなんだから」
「SHK?」
「
「訴えられろ」
この島自体が極秘なのでやりたい放題だった。
秩序もクソもない。……あったら、童貞デスゲームなんてしないか。
ここには公共の電波は飛んでいない。
なので、テレビにハマったサキュバスの有志たちがサキュバス流の番組を作っているらしい。
「はい、出来たわよ。味わって食べなさい」
テーブルに並べられる卵焼き、あさりの味噌汁、豚肉の生姜焼き。納豆。
ザ・和食の品々はとても美味しそうで匂いを嗅ぐだけで食欲がそそられる。
……どれも精をつける食べ物なのは偶然じゃなさそうだが。
「あら? 食べないの?」
ニコニコと笑いながら促すクラリア。
こんなところから下準備は始まっているのか……!
SHKに気を取られて、つい見逃していた。
ふん、そう簡単に俺が落ちると思うな。
確かに見た目はうまそうだが、食べてみなければわからない――ぱくっ。
「美味しい……!」
悔しいっ……箸が止まらない。
栄養がどんどん吸収されていく。
数時間後、俺の金玉は張り切って稼働を始めるだろう。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。じゃあ、歯磨いて、顔を洗って、着替えてきなさい」
「お母さん……?」
「違うわよ。あなたが私をお母さんにしてくれるんでしょ?」
「いや、しないけど」
「あと、私はママ派だから間違えないでね、パパ」
「パパじゃないが!?」
「ふふっ、いつまでそう言ってられるのかしらね」
「っ……! 顔、洗ってきます!」
「は~い、いってらっしゃ~い」
彼女は本当に俺と同じ年齢なのだろうか。
脳に焼き付いたクラリアの笑みの色気は到底そうは思えない。
これがサキュバス……。
俺も気を強く持たねば。
顔を洗って煩悩を落とした俺は身支度を済ませた。
流石に制服は彼女たちとは違って、いたって普通の類。
袖を通し、準備を終えた俺はリビングでSHKを見ていたクラリアに声をかける。
「すまん、待たせた」
「ん。じゃあ、行きましょうか」
寮を出ると、クラリアが鍵をかけてくれる。
「……当たり前のように合鍵持ってるのな」
「毎朝来るのに開けてもらうのも面倒でしょ? 童貞警察の特権よ」
「童貞警察が権力を持ちすぎている……」
「この島で童貞を確認できる数少ないサキュバスですもの」
霧島さんはその道のプロと言っていたが、本当に少ないのか……。
でも、サキュバスの彼女たちなら喜んでやりそうな仕事なのになぜ?
「サキュバスならだれでも魔力は確認できるわけじゃないのか?」
「確認自体は出来るわよ。そのまま興奮して襲うけど」
納得の理由だった。
クラリアが理性の強いサキュバスであることに感謝をする。
「クラリア……ありがとう」
「感謝が足りないわ。『クラリア様、万歳』と言いなさい」
「クラリア様、万歳!」
「……あんた意外とノリいいわよね」
「仲良くしたいという気持ちは本当だからな」
敵対関係の前にクラスメイト。
友だちになれるのなら俺だって仲良くしたい。
「……ふ~ん」
対して、訝しげに視線を送ってくるクラリア。
どうも彼女はあまり人間にいい印象を持っていないようだ。
それでもこんな風に接してくれるだけ、優しいということはわかる。
「それに関しては、これからの態度で見極めさせてもらうわ。あの子たちと絡めばいやでもわかるだろうし」
「……? それはどういう」
「じゃあ、私は職員室に寄っていくから。また教室で」
なんとも不穏な発言を残して去っていくクラリア。
ポツンと取り残された俺は寂しさを覚えつつ、防衛意識を高めた。
学園に近づくにつれて、他のサキュバスたちの姿もちらほらと出てくる。
今週、俺を襲っていい権利を持つのは一年A組の五人だけ。
だから、彼女たちが手出しできないのはわかっている。
だが、体に向けられる視線は野獣そのもの。
「あれが噂の新しい童貞……」
「なかなかいい身体してますわね……うふふ」
「あぁ……めちゃくちゃに犯したいですわ」
改めてとんでもないところに来てしまったと思う。
だが、俺は屈しない。
晴夏のために彼女たちから逃げ切ってみせるのだ……!
校門でそう決意を新たにして数時間後。
「うへへ……ダメだよ、童貞くん。アタシたちは四六時中狙ってるんだからさ」
俺は銀髪の少女――パコリーヌに押し倒されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます