第4話 宣戦布告

 童貞警察。本家の警察に怒られそうな名前の組織だが、彼女はその一員らしい。


 仕事は毎日、俺の童貞をチェックすること。


 ダメだ。頭痛がしてきた。


「ちょっと待ってくれ」


「待たないわよ。最初に童貞かどうか確認するのは大事なことでしょう」


「言い分はわかる。わかるけどお願いします、少し待ってください」


 俺は今からどんな辱めを受けるのだろうか。


 クラリアはすでにやる気満々で袖をまくり、手をワキワキとさせている。


 ……た、助けて、霧島さん!


「安心してください。クラリアさんは優秀なサキュバスです。優しくしてくださいますよ」


「や、優しくするってナニされるんですか、俺?」


「童貞検診に決まってるでしょ。ちゃんと最初にチェックしておかないと、万が一あんたが童貞じゃなかったら成立しないじゃない」


 ここは本当に日本なのだろうか。島に着いた瞬間、下半身を丸出しにしなければならない経験とかあるか……?


 しかし、脱がねば学園生活は始まらないのだ。


 晴夏のため……晴夏のためなら俺はなんだってやる……!


 意を決した俺はズボンへと手をかける。


「パ、パンツだけは許してくれ……!」


「別に脱がなくていいけど」


「えっ……ほ、本当か!?」


「ええ。生で見るのは本番まで楽しみにしておきたいし」


 素直に喜んでいいのかわからない理由だが、露出しなくていいなら助かる――


「股間を掴んで、ちょっと揉めば一発でわかるから」


 ――もっとひどくなっていた。


「童貞の股間にはね、神聖な魔力が溜まっていくの。ほら、よく言うでしょ? 30まで童貞だったら魔法使いになれる。あれ本当だから」


「えぇ……」


「というわけだから、さっそく失礼するわね」


「えっ、あっ、待って心の準備――お゛う゛っ!?」


 制止する暇もなく、クラリアの手が俺の股間をズボンの上からそっと被せられる。


 モゾモゾと動く細い指の動きが鮮明にわかる。


 決して痛みを与えぬよう、それでいて丁寧になぞられていた。


 変な声が漏れ出るのはこらえたが、ついには腰砕け、その場に倒れ込んでしまう。


「大丈夫。ちゃんと正常に童貞だったわ。魔力もたっぷりね」


「そ、それはなにより……」


 荒げた息を整え、生まれたての小鹿のように立ち上がる。


 過去いちばん人に見られたくない絵面だったが、これで参加条件は満たした。


「それではクラリア様。私は彼の手続きがありますので校舎の案内、よろしくお願いいたします」


「ええ、任せなさい。ほら、しゃきっとして」


「あ、ありがとう……」


 内股で足を引きずりながら、クラリアに手を引かれて島の奥へと向かっていく。


 桜のアーケードを越えると、そこにはひときわ大きな学校があった。


 学び舎というよりは城に近しい作りかもしれない。圧巻だった。


「どう? すごいでしょう、私たちの学校は」


「……ああ。すごくきれいだ」


「ふふっ。ラブホテルをモデルにしたの。夜はライトアップだってするんだから!」


 数秒前の俺の感動を返してほしい。


「さぁ、どんどん行くわよ。みんな、あなたを待っているんだから」


 校門をくぐり、靴を履き替えた俺たちは目的地へ足を進める。


 外観もすごかったが、中の壁も一面真っ白で清潔感に満ちていた。


 正直、ヤリ場としか考えていないのではないかと思っていたが、浅はかだったのは俺の方みたいだ。


「学校を大切にしているんだな」


「もちろん清掃は欠かしていないわ。壁だって童貞が犠牲者になる度に張り替えてあるのよ?」


「……ちなみ、なんで?」


「ヤリまくるせいでいろんな体液が飛び散るからに決まっているじゃない」


 そんな「常識でしょ?」みたいな感じで話されても……。


 俺は公然わいせつ罪がある世界で暮らしてきたのだ。


 こっちの常識に慣れるまでまだ時間が欲しい。


「あなたは過去に散った男たちと同じ運命にならないようにね。前の童貞くんは一日で終わったから他所のクラスが独占して楽しめなかったのよ」


「……心配してくれているのか?」


「べ、別に!? ただ情けない姿を見て、可哀想だと思っただけよ!」


「……ははっ。ありがとう、クラリア」


 そうだ。自分のペースを乱されて、いつの間にか受け身になっていた。


 ここで生き残るには、まず自分を強く保つこと。


 流れに身を任せてしまった瞬間、童貞は一瞬で食われてしまう。


「安心してくれ。そして、先に謝っておく。俺は絶対に童貞を守り切って卒業する」


「ふぅん……? その威勢がいつまで続くか楽しみにしておきましょう」


 ギラリと捕食者の双眸がこちらを見据える。


 俺も負けじと一歩も引かずにクラリアを見つめ返した。


「…………」


「……」


「……な、なにか言いなさいよ」


「……瞳、きれいだな」


「は、はぁ!?」


 実際、透き通った黒の瞳は惹きつける魅力がある。


 クラリアもそうだが、この学園に通う女子生徒はレベルが高い。


 そんな彼女たちが襲ってくるのだから、今までの挑戦者どうていはなんだかんだいい思いをして幸せなのかもしれない。


「ったく、調子狂うわね。ほら、着いたわよ。ここがあなたと私たちの教室」


 火照った顔を手でパタパタとあおぐクラリアは先に教室へと入っていく。


 すぅ、と一つ深呼吸を挟む。


「……よし」


 覚悟を決めて、足を踏み入れた。


 十つの瞳に晒される。


「人間の癖に生意気よ、あいつ」


 頬をプクっと膨らませているクラリア。


「あらあら……実物は写真よりたくましそう」


 動画で見たユキナは妖艶に微笑んでいる。


「童貞くんだ! やっほー!」


 リミミは第一印象通り、天真爛漫な様子で手を振っている。


「ひぃん……本物の男の人……」


 どこかオドオドした様子でこちらをうかがうスカイブルーの眼をした少女。


「あっ、めっちゃ好み……やば、濡れてきた」


 ……いちばん関わってはいけなさそうな銀髪の少女。


 それぞれからの目を意識して、俺は教壇に立つ。


「今日からクラスメイトになる宮永大吾です。みなさんとは仲良く三年間を過ごしたいと思っています。



 ですが、童貞をささげるつもりはありませんので――よろしく」



 俺の学生性活が幕を開ける。

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