視聴者を差し置いて甘々のキス

 ライブ配信を始める先輩。

 そこには『ヨーチューブ』の文字。本当に始めてしまうのか……いや、もう既に【視聴者数:1200人】……【視聴者数:3800人】……あっと言う間に【18400人】となった。


 トレンド一位とゴールデンタイムなせいか、一気に来場してる。コメントも心配の声が多数。投げ銭と呼ばれる“ウルトラチャット”もどんどん入っている。



「せ、先輩……いいんですか?(小声)」



 そう聞くと「大丈夫、信じて」とウィンクを貰う。そして、先輩の顔つきが変わった。自信に満ちた表情でカメラを自分に向け、俺を映さないよう細心の注意を払っていた。でも、ぴったりくっついているから、万が一があると映るぞこれ。


「みんな、心配掛けてごめんね。わたしは元気なので心配しないで下さいっ。えっ、隣にいる人? あー、この人は顔は映せないですけどマネージャーです」


 そりゃバレるよな、これだけ近いと。上手いこと誤魔化したようだけど。おかげでコメント欄は荒れることなく収まっていた。



『マジかー』『なんだマネージャーかよ』『マネージャー顔出して』『男じゃないよね?』『んなワケねーだろ』『俺見た事あるけど女性マネージャーだったはず』『セーフ』



 なんかマネージャーと勘違いされているようだな。まあいいか、助かったし。……にしても、赤い文字がやたら多いな。いくら投げ銭が入っているんだか……。



「今は親戚の家にいるので長くは出来ないですけど、視聴者の皆さんにキスのプレゼントを差し上げちゃいます」



 カメラに向け先輩は投げキスをした。さすがアイドル……その仕草がいちいち可愛いな。これが本物か。すげぇ、今俺の目の前にはガチのアイドルがいるんだ。


 視聴者数も二万人を超えた。


 これは、普通のヨーチューバーがやっても届かない領域。ていうか、こんな数分足らずで大人数を集める人気っぷり。間違いない、先輩のファンは全国に――いや、全世界にいる。



 じゃあね、と先輩はライブを締め括り、カメラを停止。一仕事を終えて深い溜息を吐いた。……凄い光景を目の当たりにした。生で見られるとか、興奮した。



「……俺、先輩の事を誤解していました。最初はなんかヘンな人だなって思ったけど、本当にアイドルだったんですね」


「やっと信じてくれた?」


「はい、後ろ髪を引かれる思いです。だから……その、俺、先輩と一緒に住みたい」

「うん。わたしは藤宮くんのモノだよ。だって贈ったんだもん」



 ――あぁ、これは最高の贈り物だな。けれど、プレゼントはまだ続いた。



「え……先輩」



 先輩は目をそっと閉じ、桜色の唇を差し出す。これはもしかして……キスを求めているのか。さっき視聴者には“投げキス”を、俺には“本物のキス”をくれるのか。


 俺は先輩から貰ってばかりだ。

 少し、ほんの少しだけ情けなく思えた。こんな美少女アイドルに尽くして貰って、俺は何をしている。



 でも今は多分、ファンが多くついている先輩を俺だけのモノにできる興奮と背徳感で、どうかなりそうだった。



 頭が酔ったみたいにぼうっとしている。だから、俺は脳が麻痺まひしていたんだと思う。……こんなアイドルを前にキスを拒否? 無理に決まっている。



「…………」



 俺は先輩が欲しい。

 だから、受け取ったんだ。



 人生初めてのキスは蜜のように甘くて――幸せしかなかった。



「藤宮くん、ありがと」

「……いえいえ、俺の方こそ素敵なプレゼントをありがとうございます」

「でもねー、楓ちゃん強そうだし……学校でも藤宮くんを狙っている女の子がいるんだよね。最後まで油断はならないや」


「そうなんですか!?」


 初めて知ったぞ、それ。

 俺もまだ気持ちが追い付いていない。本当に先輩が好きかどうかと問われると自信がない。でも、きっと大丈夫。


 時間はたっぷりあるさ。

 これからゆっくりお互いを理解し合っていけばいい。俺も今日から先輩にたくさんのプレゼントを贈ろうと思った――。

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