胸を押し当ててくる先輩がライブ配信を始めた

「ないない、ありえない」


 と、楓は全否定する。


「ちょ、楓……お前な!」

「だって、啓にぃだよ? そんな度胸もない友達ゼロのぼっちだもん。無理無理」

「ひでぇ~…。まあ、事実だけどな」


 少し開き直る俺。

 本当の事だから仕方あるまい。


「楓ちゃんは強いなぁ。そっか、そんなにお兄さんが大好きなんだね」

「うん。多分、この世で一番愛していると思う」

「なるほどー」


 なんだこのヤリトリ。

 俺は強制的に追い出され、先輩は楓がコンビニで買ってきた下着に着替えた。これで一安心だな。てか、本当に一緒に住む気なのか?



 ◆



 リビングのソファにて待っていると先輩と楓が仲良く現れた。いつの間にか姉妹のような雰囲気になっとるな。


「お待たせ、藤宮くん」

「先輩、洋服借りたんですね」


 普段は学生服だから私服の先輩はこれが初めてだ。可愛らしい黒のワンピースが非常に似合っている。


「うん、楓ちゃんのなんとかサイズが合ったみたい」


 先輩は背が低くて可愛いからな。確かに楓とは体型がほとんど一緒だし、唯一難点といえば……バストサイズくらいだろうか。先輩の方がデカかった。


「ちょっと啓にぃ、どこ見てるの!」

「いや……」

「なんかあたしの胸見てない?」

「き、気のせいだよ。それより楓、そろそろ腹も減ったろ。買出しに行くか?」


「なんか誤魔化された気が……う~ん。そうだね、もう気づけば夜だからね。料理する時間もないし……分かった。あたしがお弁当でも買ってくる」


「一人で行くのか?」


「うん、任せて。啓にぃは花さんに家の中を案内するといいよ~。間違っても、さっきみたいに襲っちゃダメだからね!」


「了解。って、俺が襲われたんだがな」



 晩飯は楓に任せ、俺と先輩だけ残った。また二人きりになってしまったな。押し倒されないといいけど――って、うわッ! 言ったそばから先輩が猛接近してきた。



「藤宮くん♪」

「ちょっと待って下さい!」

「もう少しでキスできる距離だよ」



「……めちゃくちゃ近いですね。吐息が頬に掛かっていますよ……。いや、そうじゃなくて……先輩。家の中を案内しますから」

「大丈夫。さっき軽く見たから」

「ああ、着替えの時に。じゃあ、説明は省きますよ。……ん?」



 ブルブルと鳴る音。

 これは先輩のスマホか?



「ごめん、通知きた」

「通知? いつの間にスマホを!?」

「別口で発送しておいたから、さっき届いたの」



 なるほどねー!

 先輩だけでなく、先輩のスマホも発送されていたのか。


「緊急の連絡でもあったんです?」

「これは困ったなぁ」


 深い溜息を漏らす先輩。

 なんだか落ち込んでいるようにも見えた。先輩は俺の方にスマホの画面を向けてきた。そこにはSNSが表示されており、フォロワー数30万のアカウントが……いや、そっちではない。トレンド情報が羅列されている方を見ると、そのひとつにこう書かれていた。



【和泉 花 行方不明】



 ――と。



 おいおい!

 ネット界隈で心配されているじゃないか……!

 

「先輩、それ……」

「ファンに心配されてるみたい」

「ダメじゃないですか。俺に構ってる暇ないでしょ」

「大丈夫。ライブ配信して沈静化を図るから」



 先輩は俺に胸を押し当てるようにピッタリくっつき、ライブ配信を始めやがった。マジかよっ! やっぱり、この人ぶっとんでるなあ。ていうか、トレンドに載るとか本当にアイドルなんだな……。

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