<6-6 やはりあの影が差す>
1時間後、私達はセルバさんの執務室に集まっていた。
あごひげをしごきながらローエンさんの報告を聞き終えると、セルバさんは尋ねた。
「ふむ。魔界の悪魔と直接契約を結んでその力を使い、さらにはその悪魔そのものも使役したのだな。我々とそこは何ら変わらん。悪魔の名は聞いたか、ダリエリス。」
「獄炎の悪魔ブルグルと。」
「知らぬ名だ。北方神話の悪魔か。」
長椅子に座っていたヴァレンティアス殿下が独りごちる。
「魔方陣は使わず、おのれの魔力のみで悪魔の召喚と使役を行っておりました。」ネレイラさんが付け加える。「恐らく、故国では本当に強力な呪術師だったのでしょう。ただ、ここはヤツの故郷からあまりに遠い。」
距離があると、悪魔も来づらいのかな?その疑問を口に出すとセルバさんが、
「ここには北方の悪魔を信ずる者など、そうそうおらんからのう。神も悪魔もその存在を認められておらぬところでは、力は弱いものじゃ。彼らの力は信仰心の強さに比例する。ここでは十分に力を発揮できない悪魔の力を、アゴニトは己の魔力を注いで底上げしたんじゃろう。故に体に多大な負担をかけ、血を吐いた・・まあ、我らが北方の地でフロインデン女神やレイアダン神の力を請うても、同じことになるじゃろうがな。」
「血を吐くまで頑張らなくても・・私、そこまでのことしたかな、アゴニトさんに。」
「それでも奴にはお前のせいに見えるのだろう。お前は何もせんのに、お前がいるとなぜか物事が敵の都合の悪い方向に勝手に転がる。」
そう言ってローエンさんは、杖の先でこめかみを掻く。
「ほめてます?」
「そう思っておけば人生幸せだ。」
「ほめてないな。」
「ネレイラ、ローエン殿とオリータは本当に友人か?」
「このような友情の形もあるのです、殿下。」
「世界はまだ謎に満ちている。ところで例の呪術師の狙いはオリータ、元々そなたではなかったようだな。」
「え?」
セルバさんもうなずいた。
「何故矛先が変わったかはわからんがの。そうじゃろう?お前さんはクローネ・ランベルン嬢と昨日急遽呼び出されたのじゃ。わしがウスイホンを見られて死のうと思うなど、誰がわかる。あれは心底神経を使ってひた隠しにしてきたというのに。」
「ちょ、ちょっと待ってください、じゃあ、ホントは誰を狙ってたんです?」
「この二人であろうよ。」
セルバさんの視線の先には二人の愛弟子、ローエンさんとネレイラさんがいた。
ふむ、とローエンさんはまたこめかみを掻き、ネレイラさんはやれやれとため息をつく。
「先にメリンダという娘が来たじゃろ?あの娘は何をしに来たと思う。」
「何って・・」ローエンさんと一晩一緒にいたという波風の立つ嘘を言いに。「ん?」
「折田さん、あのときメリンダ嬢は私をローエン様のご息女、折田さんをローエン様の奥方様と間違えてましたよね?」クローネさんがディルムンさんからお茶をもらいつつ、回想する。「もし折田さんが本当にローエン様の奥方様であれば、あの状況は捨て置けないものです。でも違ったので、メリンダ嬢がお駄賃をもらって引き受けた仕事は、果たされずに終わりました。」
ネレイラさんが微笑み、後を引き取った。
「ローエンの妻に夫の浮気の証拠を突きつけ、夫婦仲を裂こうということだったのだな。だが、そのもくろみは彼女の人違いで見事失敗した。そこでもし、私とダリーが争っていれば、どうなったのだろう?」
それはもう・・夫婦でないとはいえ、お二人の間の溝がさらに深まるのは必定だ。復縁どころか抑止力構想も成り立たないだろう。というか、あのときのネレイラさんのお怒りっぷりからすると、危うくそうなりかけて・・
「喧嘩別れしたところをどうにかして一人だけコリュドンの荒野に呼びつけ、彼の呪術師を使って始末する。大陸でも一、二を争う魔導師の内の一人をこの地で消そうとしていたのではないかの。ところでネレイラよ、そのダリーとはなんじゃ。」
「そうだ、ネレイラ。わしも聞きたい。」
「ネレイラ、私も聞きたいぞ。」
「私も聞いてよろしいですか?」
「ぜひぜひ。」
「ああ・・メリンダがそう呼ぶのを聞いて、初めは大魔導師たるダリエリスをなんという呼び方をするのだと憤慨していたのだが、心の中で反芻している内になんだか気に入ってきてな。」
「気に入るでない。」
「なんだか可愛らしいではないか。それでメリンダに話して、私も言わせてもらうことにしたのだ。」
「わざわざ断ったんですか。」
「人の考えたものを勝手に我が物のように使うのは、いかがなものかと思ってな。」
「うぅむ・・」
ローエンさんはうなっただけで何も言わなかった。文句たれるかと思ったのに。
「メリンダ嬢は大丈夫でしょうか?」
クローネさんの問いにセルバさんはうなずいた。
アゴニトさんは意識を失った状態でこの学術院まで運ばれ、とある一室に寝かされている。メリンダさんはそんなアゴニトさんについていると言って、きかなかった。
「アゴニトには魔力を封じる腕輪をつけておるし、血を吐くほどの魔力を行使したのじゃ。魂の損傷は生半可なものではない。目が覚めるまで2,3日かかるじゃろうな。」
「じゃ、相当お高いポーションじゃないと治らない感じですか?」
「どれほど強力な回復ポーションでも、あの魂の損壊はもう元には戻るまい。」
そう言ってローエンさんが、よいしょと長椅子に腰を下ろす。
「つまり、これまでと同様な魔力の使い方はできない・・魔法戦力としてはもう使い物にはならない。」
ネレイラさんが要約する。
「そうですか・・体は心配だけど、悪さできないんならいっか。」
「オリータ・・仮にも悪魔を差し向けられたというのに、呪術師を案ずるのか。」
ネレイラさんが呆れる。
「平和ボケした日本人には自分のせいで誰かが死ぬとか、目の前で誰かが死ぬとかはけっこう衝撃なんですよ。」
「なるほど・・弟から聞いていたが、ニホンが平和な国というのは本当なのだな。」ヴァレンティアス殿下はセルバさんに向き直る。「さて、セルバ殿。私は明日の朝一番で本国に帰ろうと思う。後の発表も聞いておきたかったが、国王陛下に此度の事の次第を報告したい。例の“見えざる敵”が関係しているやもしれぬからな。」
「う・・」
一気に気が重くなる。久しぶりに自分に危害を及ぼそうという存在のことを思い出した。暗くなった私を見てセルバさんが笑う。
「ほっほっほ・・わしの愛弟子である大魔導師2人より、お前さんの方が危険と思われているということじゃな。」
「困りますよ・・剣も魔法も使えない安心安全な人間なのに。」
「さきほどダリエリスが言っとったじゃろう。お前さんは何もせんのに、なぜか周りで物事が勝手に転がると。お前さんを狙う連中にはそれが一番怖いのじゃ。お前さんのせいで狙ったとおりに事が運ばず、ほぞをかんだことがあるんじゃろうよ。」
「逆恨みじゃん・・」
「狙われるときはそういうものじゃ。まあ、そういう顔をせんで、今夜は休もうではないか。お前さん方の部屋にも強力な結界を施しておいた。途中まで弟子二人に送らせる故、安心するがよい。」
ネレイラさんが笑顔でうなずく。
確かにそろそろ3番ポーションの効き目が切れてきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます