<6-4 折田桐子、ご指名を受ける>
「あ~~ん、メリンダ、会いたかった~~♥」
小麦色の肌に金髪の若い女の子は、後ろからローエンさんに抱きついた。
「ひ、ひあん、おふぁえあどひあんわ!」
「え~、つめたーい。昨夜、あんなにあつーくて、あまーい夜を過ごしたのに~~」
「ほお?メリンダと言ったな。お前は何者だ?」
「酒場“青い珊瑚礁”でお客様をおもてなしするのがお仕事でーす!」
「おもてなし・・茶でも飲んだか。」
「うふふーん。」鼻にかかった笑いを返すメリンダさん。「お茶も飲んだけど、他にも色々と・・ね?ダリー?」
「ほお、“ダリー”。」
「ひあんほいふほに!」
「何を言ってるのかわからん、ダリエリス。」
「一応申し開きしてるみたいですよ、ネレイラさん。」
「私にはしらを切っているようにしか見えん。」
うーむ、せっかくかばったのに。私と向かい合って座っていたなら、ネレイラさんが来たことがわかり、おっぱいから脱出しようとする努力をしたかもしれない。けど四角いテーブルで私の隣の席に座ったので、おっぱいに挟まれ視界が狭くなったローエンさんはネレイラさんが来たのに気づかず、こんな危機に陥ってしまっている。世の中、ままならないものだ。
「いや、それより、魔導師ダリエリス・ローエンともあろう者がいつまでそんな姿でいる気だ。ひょっとしてうれしいのか、その状態が?お前がそのようなことを喜ぶような人間だとは知らなかった。」
「よほほんふぇなふぉおわん!」
つんつん、と袖が引っ張られた。クローネさんだった。
(折田さん、まずいです。このままではセルバ様からのご依頼が果たせません)
(む)
(あの方をローエン様から引き離しましょう。あれでは、ローエン様も満足に申し開きができません)
(そだね)
私とクローネさんはさささっとメリンダさんの背後に回り、まず私が彼女の脇の下をくすぐる。
「あ、ちょっ、何よ、くすぐったい!あははははは!」
笑い出して体勢が崩れたところをクローネさんが羽交い締めにして、あっさりローエンさんから引き離す。
「ふはっ!」
メロン並みの大きさの柔らかい物体に挟まれて息苦しかったのか、まず息をつくローエンさん。
それを腕組み・仁王立ち・半目で見ているネレイラさん。
メリンダさんは羽交い締めから抜け出そうと、じたばた暴れている。
「何なのよ、あんた達!あ、わかった、奥さんと娘ね?あー、ごめんなさーい!わたしも色々あって~!」
「私は娘ではありません。仕事仲間、でしょうか。」
「私は奥さんじゃありません。友達?ですかね?」
「じゃあ、あんたはなによ!」
問われてネレイラさんは答えた。
「・・元妻だ。」
「元妻?・・なあんだ、さっきからずいぶん当たりがきついと思ったら、もしかして私に嫉妬してた?!・・いったぁい!!」
ぺし、と私に頭をはたかれてアヒル口で涙目になるメリンダさん。
「ダリー、この人達なんとかして!すごい魔導師なんでしょーー?!」
「逆にお前を何とかしたいわ!お前は一体何者だ!」
「あーん、だからぁー・・」
「昨夜はわしはヴェルトロアを夜中に馬車で出て、船を乗り継いでこの島に向かっておった!島に着いたのは明け方だ!」
「「「・・・・」」」
「なんで3人で黙る!」
「どうすれば裏をとれるかな、と思ったんで。」と、私。
「私もです。父に早馬でも出そうかと。」と、クローネさん
「私がお前に会ったのは今朝だ。セルバ様に呼ばれて執務室に向かい、そのドアの前で。つまり・・」きらん、とネレイラさんの目が光る。「それまでお前を見た者は誰もいない。」
「はいはーい!私が一緒にいましたーー!」
羽交い締めのままかわいくウィンクを決めるメリンダさんに、ローエンさんがつばを飛ばして怒鳴る。
「おらんわ!お前は黙っとれ!!」そしてネレイラさんに向き直り、「ネレイラ、お前はこんなでたらめを信じるのか?わしがかつて、こんな娘にうつつを抜かしたことがあったか?!」
「うっ・・」
「なによ、こんな娘とはー!待って、こんな若くてかわいいピッチピチの私より、あーんな厚化粧のおばさんの方を信じるっていうの?」
「何?!厚化粧だと?!」
私はもう一度、ぺし、とメリンダさんをはたく。
「何よ、さっきから!痛いじゃない!!」
「化粧に文句つけない!今はすっぴんだけど私だって化粧はするよ。ダンナとおでかけするときとかさ。いくら歳を重ねても、きれいに見てもらいたい相手ってものがあるの。」
「はあ?」
「あなたもホントに好きな人ができて、年を取ればわかる。」
「じゃあなに?あのおばさん、元妻なのにきれいに見てもらいたくて、元ダンナの前で化粧してるっての?」
「元の彼氏に会いそうなとき、いい加減なお化粧で行く?」
「うっ、それは・・」
「行きたくないでしょ?そういう気持ちを馬鹿にするんじゃないの。」
「・・・・」
ぷうとふくらんでいたメリンダさんのほっぺが元に戻っていく。
「放して。なんかばからしくなってきた。帰るわ。」
「折田さん、この人放しても良いんでしょうか?」
「いい・・かな?あ、でもその前にちょっと聞きたいことがあるんだけど。この、」とローエンさんを指さして、「おじさんと昨夜、ホントに一緒にいたの?」
「ううん。嘘~。」
前言をあっさり翻すメリンダさん。ローエンさんがいきなり尊大に胸を反らし、ネレイラさんの肩から力が抜ける。
「嘘て・・なんでそんな嘘つくの!いらん波風立てて!」
「だって・・お駄賃もらったし?」
「お駄賃?嘘つけばお金もらえるってこと?」
「そ。もうもらったから、めいっぱい頑張ろうって思って!」
「めいっぱいて。誰にいくらもらったの?」
「え~とね・・くれたのはここの学生さんで~・・」
“お駄賃”はウスイホン50冊分くらい。嘘つくだけでいただけるなら結構な額である。
「学生がなぜ、ダリエリスをこのように貶めるようなまねを・・」
ネレイラさんが唇に指を当てつぶやく。
「ねえ、もういいでしょ?放してよ!元妻さんもー、そういうことだからあんまり怒んないでよね。」
ネレイラさんがうなずき、メリンダさんの拘束が解かれる。
「念のため聞くが、本当にお前はダリエリスと会ってはいなかったのだな?」
「会ってませーん!私がこーんなはげのおじさん、本気で好きになるはずないじゃない。じゃあねー!」
「待て。」
ネレイラさんに呼び止められて、うざそうな顔で振り向くメリンダさん。
「撤回しろ。」
「え?何を?」
「ダリエリスをはげと言ったことだ!」
「「「?!」」」
「ネ、ネレイラ?」
「ダリエリスをはげと言ってよいのは私だけだ!ダリエリスのはげは、お前の如き小娘がけなして良いものではない!!」
「「「・・・・・・・・・」」」
空気にかけるペンがあれば1ページ使ってネレイラさんの立ち絵に集中線つけて、“ドーン”と効果音をつけていたところだ。言ってることはともかく。
「いや、わしは誰であろうと言ってほしくは・・むふぉ。」
なんとなく私はローエンさんの口をふさいだ。
メリンダさんは引きつり笑いで後ずさっていた。
「あ・・ああ、そうなの。はいはい、わかりました!撤回します!す・み・ま・せ・ん、でしたーー!!」
面倒なのに引っかかったと思ったに違いない。脱兎のごとく走り去った。
「ふん。尻の青い小娘が生意気に・・何をしている、ダリエリス。今更私の前で頭を隠してどうする。何年見てきたと思っているのだ。」
ローエンさんはごそごそとマントのフードをかぶっていた。
「気分だ、気分・・かぶりたくなっただけだ・・」
「ローエンさん、私も平気ですよ。ウチの父もはげてますから。耐性できてますから。」
「私は・・申し訳ありません、ランベルン家の男系は毛髪に不自由しないのです・・髪は抜けずに、そのまま白髪になる家系なのです・・」
「もうよい・・もうよいわ・・」
あれ。けっこう深刻に気にしていたんだろうか。
フードをかぶったせいもあって、ローエンさんはなんだかどんよりして見えた。そこにネレイラさんが発破をかける。
「毛量如きで落ち込んでいる場合ではないぞ、ダリエリス。あの呪術師に対する対策を講じねばならん。オリータ、奴の名はなんと言った?」
「アゴニト。アゴニトさんです。」
「アゴニトか。」
「わしも混ぜよ、弟子達よ。」
ディルムンさんをつれたセルバさんが立っていた。
「ネレイラの言うとおりじゃ。どのような術を使うかわからぬうえ、新たな鏡を入手したとあれば危険じゃ。アゴニトの狙いについて何か考えはあるか、ダリエリス?」
先生の登場でローエンさんの背筋が伸びる。
「は・・心当たりがないこともありませぬ。まずはこの者への復讐。」
そう言って、私を指さしおった。
「わ・・私?!なんで?」
「なんでと言うか?お前のせいで魔道具を全部取り上げられ、第一の呪術師の座を追われ、幽閉されたんだろうに。」
「荒野の真ん中で力尽きて倒れていたところを、木の皮でぐるぐる巻きにして木の蔓で引きずって、アルメリア族の天幕までつれて帰ってあげたのに!」
「なぜかあんまりいい風に聞こえんのう。」
と、セルバさん。
「要は簀巻きで地を引きずっていったのだな。」
と、ローエンさん。
何ということを言うのか、二人して。木の皮には落ち葉をしいてクッションにして、寝心地よくしてあげたというのに!
「こっちは誘拐されたあげく、死にかけたんですよ?フロインデン女神様やレイアダン様が来なかったら、今頃ここにこうしていられませんよ。ガルトニ・コミックマーケットにも行けず、神作家さんのウスイホンも買えなかったんですよ!」
「それはいかんのう!いや、あれじゃ、誘拐がの!」
「ええ、そうです、誘拐がね!」
「だが何者かの手先として、単に嫌がらせをしに現れたとも考えられまいか?」私とセルバさんの会話など無いかのように、ネレイラさんが至極冷静に意見を述べる。「アゴニトが誰かに雇われ、その呪術だけを買われて動いているということはないだろうか?」
つまり、お金をもらって殺しを請け負うプロの暗殺者みたいな?
「そんな割り切りのいいタイプかな、あの人・・見栄で生きてるような人だし。」
「その心底を利用されているのならば、やはり狙いはお前さんかネレイラじゃろうかのう。そのうちのどちらかというとオリータ、お前さんじゃろう。」
「えー・・」
・・まあ、何となくそんな気はしてたけどね。不本意ながら、この中で一番長くアゴニトさんとつきあったのは私だ。
「どうしましょう。」
「大学会がなくとも、危険な因子は排除したいのう。」セルバさんはそう言ってため息をついた。「オリータ、そしてダリエリス、ネレイラ、クローネ嬢。この4人の誰が傷ついてもガルトニとヴェルトロアは黙っているわけには行くまい。下手人をあぶり出さねばならないうえ、そこに疑心暗鬼の種でもまかれればどうなる。ガルトニ、ヴェルトロアの両王がとなえた和平は瓦解するぞ。」
「でも、お二人の意志はかたいですよ。」
「その志を全ての配下と民が理解しておればよいがの。」
「・・・・」
「オリータ、お前さんは宿舎にこもった方がよかろう。お前さんは両王家に関わりが深いと聞いた。彼の呪術師を排除するまで、安全なところにいた方がよい。」
唇に指を当てて考え、ネレイラさんも賛成する。
「そうだな。ブラゲトスに守護魔法が仕込まれているとはいえ、万全は期すべきだ・・ダリエリス、ブラゲトスの守護魔法の程度はどれほどなのだ?」
「マウンテントロールが全力で棍棒を振り下ろしても無傷だ。また、例の呪術師の術なら完璧に遮断する。」
「・・本当か?マウンテントロールはともかく、呪術師の方は・・」
「魔石を媒介として展開する守護結界であれば、魔力を喰らうものが相手でも使う人間にさほど影響はなかろう。」
セルバさんが言い、ローエンさんもうなずく。
「そもそも折田には喰らわれるような魔力など無いしな。遮断するはずだ。」
「あれ?“はず”がつきましたよ、ローエンさん?」
「まだ呪術師相手に試したことがない。」
「・・・・確かに。」
「折田、部屋にも結界を張る。呪術師に片をつけるまで大陸の平和のためにこもっておれ。さきほどセルバ様の言われたように、両王家と親しいお前に何かあれば、それを利用してあらぬ噂を立て、混乱を生じさせようとする連中が出ないとも限らん。」
「はあ・・」剣も魔法も使えないし、フェイクニュースも困るな。「わかりました。」
「ローエン様、私は一緒の宿舎ですので、そのままご一緒して折田さんの警護に当たります。いざというときはパレトスで転移して脱出します。」
それがよい、そうしようとなったとき。
私達のテーブルに向かって誰かがやってくる・・ヴァレンティアス殿下だ。
「ごきげんよう、殿下。発表はお済みですか?」
「おお、ネレイラ、無事にな。そなたの指導の賜物だ。ときに、セルバ殿。さきほど、どこかの子どもがセルバ殿に渡してくれと言ってこれを・・偶然近くにいたので受け取ったのだが。」
「私に?」
渡されたのは、白い紙。「黄金の漕ぎ手亭」という文字と、交差した金の船の櫂が印刷されていた。宿の部屋に置かれているメモ用紙らしい。
「む・・先手を打たれたか。」
「先手ですと?」
セルバさんは紙に書かれた文を読みあげた。
「『メリンダという娘を預かっている。無事に返して欲しくば、今夜月が天頂に達する頃、コリュドンの荒野にオリータという者を迎えによこすように。』」
「何と!」
「それは・・」
「折田さんを?!」
「アゴニトーーーーー!!」
守護魔法の中に引きこもる話は、あっさり立ち消えた。
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