<6-3 再会>

 大学会の舞台で発表する資格を得るには、2回の論文選考の後、院長を初めとする学術院の教授陣の検討会を突破する必要がある。これで数百人の応募者を15人ほどを絞りこむのだそうだ。結構な倍率である。

 「できるだけ多くの研究者に発表の場を与えるために、いくら優れているといっても同じ者を何度も選ばぬようにしておる。ダリエリスとネレイラはすでに2,3度発表者務めてておるが、今回は気になる話が聞こえたもので二人を同時に呼んだ。そのついでに講演を頼んだんだんじゃがの。」

 私とクローネさんは月がきれいな夜空が見える窓辺で、セルバさんと夕食をとっていた。学術院長ともなるとお付きの人が着いて、食事中もあれこれ世話を焼いてくれる。背が高くがっしりした体つきにスキンヘッド、日に焼けた肌をしたその人はディルムンさんという。セルバさんは学院の外に家があり、奥様もお子さんもお孫さんもいるけど、大学会の間は忙しすぎて学院に泊まり込むので、今私達と一緒に執務室で食事となっている。

 「気になる話って何ですか?あ、差し支えなければでいいんですけど・・」

 「ダリエリスとネレイラがミゼーレのところで会ったと聞いたが本当か?ミゼーレから聞いたのじゃが。」

 「えーと・・」お二人の共通の知人であるミゼーレさんが話したのなら、事情を話しても良いかも。てか、聞きたかった話ってこれなのか・・「ちょっと北方の呪術師に襲われまして。それを防ぐためにネレイラさんが高位の精霊を大量に動かしたので、魂レベルで疲労してしまい、そのお見舞いにローエンさんが花束と高いポーションを何本も持ってきたんだそうです。」

 「ローエン様が?!」

 「見舞いに花束じゃと?!」

 クローネさんとセルバさんが同時に身を乗り出す。

 「初耳です!」

 「嵐がこんかったか?!」

 「誰も何も言ってないので、天気の方は大丈夫かと。」

 「ほほお・・・」セルバさんが長く細いあごひげをしごく。「ダリエリスが花束とな。」

 「はい。」

 「なぜその気遣いがもっと早くにできなんだか。それにしても、北方の呪術師とな。どのような術を使ったのだ?」

 一応ヨシュアス殿下とエルデリンデ王女様の名は出さないようにしながら、“アマルディンの鏡”でのことやアルメリア族の天幕でのことを話した。

 「鏡を媒介として悪魔や精霊、神を呼ぶのは、わしらの魔法体系の中でもよくあることじゃ。が、日の光の少ない彼の地では、太陽に似る外観を持つ鏡をことさらに重んじる。数ある魔道具の中でも使用頻度は高く、呪術師の身分を象徴するものでもある。」

 「アゴニトさん・・あの呪術師ですけど、今は魔法に使う物を全部没収されて、アルメリア族の天幕のどこかに幽閉されているはずです。」

 「ふむ・・ならばよいのだが。ネレイラとミゼーレという二人の魔力強者がおった故、防げたところもあろう。半端な力の持ち主ならば魔力を全て吸い取られて死にかねん。ダリエリスがおれば、もう少し何とかなったのかもしれんが・・」

 「ローエン様がですか?」

 セルバさんは自分のワイングラスをテーブルの真ん中に置く。

 「少し説明させてくれるかの?これがわしじゃ。そしてこの葡萄酒の瓶がわしと契約を結ぶ神の一人とする。契約の力により神の力はわしに注がれる。」赤ワインをグラスに注ぐ。「わしはその力を元に魔力を強化し、使うことができる。葡萄酒が飲んだ者に酔いや高揚をもたらすように、得た力はわしに強い魔力をもたらす。魔力が強ければ強いほど上位の神と契約でき、その神はより強い力を魔導師に与え、魔導師の呪文や魔力はさらに強化される。魔導師の強さは持って生まれた魔力と契約を結んだ神の位階によるのじゃ。この辺りは北方の呪術師達も同じようなものじゃろう。」

 「ふむふむ。」

 「だが、彼らと対峙するにあたり何が難しいというて、神話体系が違うということじゃ。」

 「ヴェルトロアやガルトニとは違う神話を伝えているということでしょうか。」

 セルバさんはうなずいて、質問したクローネさんの前に空のグラスを置き、そこに白ワインを注いだ。

 「赤葡萄酒だけ飲んでいると、この白葡萄酒がどのようなものか飲んでみなくばわからんじゃろう?それと同じで、知らぬ神や悪魔との戦いでは実際戦ってみねば相手の力が見極められぬ・・まして魔力を吸い取ってくるなどと、並の者ならば見極めきる前に魔力が尽きて死ぬやもしれん。」

 「魔力の強いネレイラさんや神霊力の強いミゼーレさんだから保ったんですね。でも、ローエンさんがいればもう少しよかったっていうのは?」

 「ネレイラは精霊魔術を得意とするが、あれは魔導師の魔力に加え精神力がものを言う術じゃ。己の思うとおりに気まぐれな精霊を御するには、神との契約があったとしても難しい。神は契約に基づき精霊を派遣するが、効率良く使うには魔導師の力量がものをいう。」

 「なんだか疲れる魔法ですね・・」

 「そうなのじゃ。契約さえ結べば精霊の召喚までは容易じゃが、大量に、もしくは長時間行使した後はネレイラほどの者であっても魂に疲労が生じ、長期の療養が必要となる。対してダリエリスが得意とするのは呪文魔法。神との契約により付与される神の力と自らの魔力を融合させ、それらを呪文の詠唱により様々な形に変えて打ち出す。無論、魔力が強いほど使える呪文の効きもよくなり、複雑かつ強力な上位魔法も扱える。その上ダリエリスは自ら呪文を開発する。ダリエリスしか使えず、他人が見たことも聞いたこともない独自の呪文をいくつも持っておることじゃろう。まあ、要は精神力を使わずとも、効き目の強い呪文を使えればそれですむということじゃ。」

 「使うのには呪文魔法の方が楽なのですね。」

 「使うときはの。長い時間をかけて効率の良い魔方陣を組み、精製し、何度も実験を繰り返さねばならぬ故、呪文を上手く発動させるまでは苦労する。だが、訳のわからぬ相手と対峙するなら、ひたすら強い呪文をぶつけるだけのダリエリスの方が消耗が少ない。とはいえ、魔力を吸い取る悪魔ならどう転ぶかわからぬ・・それ故、“もう少し”じゃ。」

 「え・・それって、もしまたあの悪魔が来たら、ヤバ・・まずいってことですか?」

 「そうじゃな。だが、その恐れは薄かろう。天界の者も魔界の者も一度自分を失望させた・・つまり、自分の力を使うのに失敗した者とは二度と契約を結ばん。その呪術師も同じ悪魔とは契約は結べぬはず。」

 それはいいことだ。アゴニトさんの憎たらしい顔を思い浮かべて、心の声でざまあみろと言ってやる。

 「それでの、ここからが本題じゃ。」

 「え。今までの、前置きですか。」

 「うむ、確信した。ダリエリスとネレイラを復縁させねばならぬ。オリータ、おぬし、それをやってくれんか。」

 「無理です。」

 私は、即座に答えた。


 「なんたる気概のない。いきなり無理とは何事だ。」

 「いや、夫婦喧嘩は犬も食わぬと言うでしょう。他人が介入したって・・」

 「お前なら二人を上手く取り持てると思うのじゃがな~ネレイラはお前は友人じゃと言うとったし、ローエンもウスイホン絡みならお前か、と渋い顔しながら言うとった。」

 「ローエンさんは私の登場に乗り気じゃなかったですね?」

 「だが、最後にはネレイラの提案に同意したぞ。」

 「それは結果がわかってて、あえて毒を飲む方向に出たんですよ。」

 「それはそうかもしれんが・・あー、しかし、あれじゃ!二人はこれまでのように罵り合いをしなかったぞ!」

 「はい?」

 「離婚してからというもの、あの二人は会えば口げんかばかりでの、愛弟子同士ながら手を焼いておったのじゃ。それが今回は静かじゃった!」ディルムンさんまでうなずいている。「おぬしがおる今が好機じゃ!好機でなくて何であろう!」

 「いえ、あの、」

 「おぬしならできる!おぬしはやればできる!多分!いや、必ず!」

 「待った!押しつけようとしてもダメです!こういうことは自然の流れにまかせてゆっくり時間をかけてですね、」

 「時間か。」セルバさんが口角を上げた。「その時間とやらは、十分にはないと心得よ。」

 「は・・?」

 「おぬし、この大陸を何度訪れておる。」

 指を繰る。

 「今日で6回目ですかね。」

 「ならば、この大陸の政情はわかっておろう。ダリエリスやネレイラと知り合いということは、全く白紙ではあるまい。」

 「ええ、まあ・・」

 なんならその渦中にいたこともあるけど、言わないでおく。

 「さればじゃ。ツボルグ王国を知っておろう?あの国の王室は伝統的に他人を疑い他国を疑い、はては自分の身内も信用できず骨肉の争いを繰り返しておるのじゃが・・」

 「あ、なんか細かい派閥に別れて互いに互いを陥れようとしてるとか。」

 「うむ、現王が側室を多く入れて後継者の資格を持つ者が多いのでな。よく知っておるではないか、さすがじゃのう!うん?」

 おだてても木に登るもんか。

 「いやあ、今言った程度しか知りませんよ。」

 「ほーお、そうかの?よいか、あの国はの、あの手この手で金を稼ぎ、来たる日にそなえているのじゃ。」

 「・・・・」くっ、聞きたくないけど、「来たる日ってなんですか。」

 今度ははっきりと笑った。とても悪い顔で。

 「そりゃあ、ガルトニ・ヴェルトロア連合軍と戦う日じゃよ。」

 「なっ。」

 クローネさんが身を乗り出す。

 「幸いにも彼の国と手を結ぶ国はこの大陸にはない。それで隣のビジュー大陸の大国ブラガンヒル王国に取り入り、交易でせっせと戦費を貯め込んでおる。ツボルグ王家は、いつか自分たちがガルトニとヴェルトロアを倒し、エリオデ大陸の覇者となることを夢見ておるのじゃそうな。」

 「えー・・本気でそんなこと考えてるんですか?」

 「うむ。故にブラガンヒル王国に、軍事同盟を持ちかけておるらしい。」

 「な、なんですって?!」

 さすがに立ち上がったクローネさんに、まあ座れと手で示し、セルバさんは続ける。

 「ツボルグ王国の中にも憂国の士というヤツがおっての、留学や研究旅行でここに立ち寄ったついでにちょこちょこ話していくのじゃが・・それによれば、ブラガンヒル王国もツボルグの身に余る野心に閉口しておるらしい。何度持ちかけても同盟にはなかなか至らぬそうじゃ。ブラガンヒルはビジュー大陸諸国をまとめ、統一国家を作り上げた強国じゃが、海を渡ってエリオデ大陸の半分と戦争をする気は無いそうな。」先程注いだ白ワインを、くい、と飲み干して続ける。「ツボルグの兵は弱いことで有名じゃ。盾となり剣となって、ツボルグの代わりに戦ってやるほどの義理はブラガンヒルは感じておらぬ。」

 「じゃあ、今は割と安心なんですね?すぐ戦争は起こりそうにない感じですね?」

 「ところがどっこい、そんなブラガンヒルに業を煮やし、ツボルグは金で魔導師を集め出したらしい。」

 「「え。」」

 「魔導師というても良心的な者ばかりではない。金に釣られてその術を売る者が、特に中位や下位の魔導師には大勢いる。ツボルグはそれらに目をつけた。ダリエリスやネレイラのような高位の魔導師がおらぬでな、質より量ということにしたのじゃろう。」

 「セルバ様、その話、我が主ヴェルトロア国王陛下に申し上げてもよろしいでしょうか?我が国にとり、大事な話です。」

 「忠義に篤いのう、“ランベルンの隼”よ。案ずるな、もうダリエリスとネレイラを通じて両国王に伝えておるよ。まあ、そういうわけで、オリータよ。ダリエリスとネレイラの復縁が必要なのじゃ。」

 「えーと、つまりツボルグの魔導師さん達に対抗するために、お二人が仲良くしといた方が良いと?」

 「わかっとるではないか。それも早ければ早いほどよい。あの二人が本気で手を組んだとなれば、術を使わんでも抑止力になる。」

 「でも・・そのためによりを戻すっていうのは、なんか違う気がしますけど。てか、夫婦として復縁しなくても、仲良くできますよね?」

 「口がへらんのう。」

 「だって、夫婦間の問題を政治に絡めるのはなんか違う気がするんですよ。実はセルバさんもそう思ってたりしてません?」

 「さあてのう。」などと、とぼけてみせて、「まあ、愛弟子二人が喧嘩別れしたままでいるのは、やはり悲しいものではあるのう。」

 そう言って、この話題を締めくくった。

 

 翌日。

 「あのお二人は、少しその・・くっつきすぎですね。」肩をすり寄せるようにして語らうカップルさんを見て、クローネさんは頬を赤くする。「あ、そっちから歩いてくる・・立ち止まって何か話して・・あ、女性が男性に平手打ちを!」

 ここは“銀花の泉”。

 白い石造りの大きな水槽に満々と湛えられたわき水が、陽光をはじいて煌めいている。水槽の周りを同じ白い石で作った石像が囲み、色とりどりの花が植えられた大きな白い植木鉢と白いベンチがいくつも並んで人々が憩っている。大体はここにいちゃつき・・いや、愛を語らいに来た人たちだ。

 その昔恋人のために銀で花を作った若者がいて、恋が成就したらその銀花をフロインデン女神に捧げるという誓いをたてた。めでたく願いが叶ったとき、女神様からこの地に銀花を刺せとのお告げがありその通りにしたところ、こんこんと泉が湧き出した。それがこの“銀花の泉”なのだそうだ。

 美しいうえにそんな由来も手伝って、ここはアストレイア都市連合でも有数の観光地であり、デートスポットである。泉にお金を投げ込むと、それはフロインデン女神様へのお賽銭となり、愛が永遠になるのだと言われている。

 まともな恋愛経験の無い私とクローネさんなので、ここにローエンさんとネレイラさんの復縁のヒントを探しに来たんだけど・・

 「場所を間違えたかな。」

 「かもしれません。場所を変えましょう。」

 移動の前に、私もお賽銭を投げ込んでおく。

 「ダンナとずっと仲良くいられますように。」

 「では私も。」

 クローネさんも一枚硬貨を投げ込んで胸に手を当てて何事かつぶやくと、投げ入れた硬貨を水から取り出した。

 「何してるの、クローネさん。」

 「こうしておけばフロインデン女神様のお怒りを買って、私とアレとの婚約が壊れるのではないかと思いまして。」

 「ええ・・」

 「やれることは何でもやってみませんと。さて、市場などどうでしょう。ヴェルロアの市場には、お二人と近い年齢のご夫婦をよく見かけます。」

 というわけで、セイロス島の市場に向かう。

 

 「さあ、いらっしゃい!じっくり熟成したチーズはいかが!」

 「あんた、もっと大きい声でやってよ、そんなんじゃ誰にも聞こえやしない!」

 「なんだと?!だったらおめえがやってみろ!」

 チーズ屋さんのご夫婦は口げんかを始めた。筋向かいの魚屋のご夫婦はおかみさんが、

 「さあさ、奥さん、新鮮な魚はいかが?ご亭主のお酒のつまみに燻製はいかが?」

 と声を張り上げている奥で、ご主人が黙々と魚をさばいて一言も発しない。

 「お?そちらのお姉さん、お肌つやつやだねえ!野菜、食べてるでしょ?ウチの野菜を食べればもっときれいになるよ!なあ、お前。」 

 「ええ、ウチの野菜はセイロス一だもの!」

 新婚らしき若いお二人の営業ははつらつとして、見ていて気持ちがいいのだけど・・

 「ふーむ。」

 何か違う気が・・

 「どうしましょう、折田さん。自分で提案しておきながら、役に立つのか立たないのかわかりません。・・折田さん!」

 いきなりクローネさんが私の腕をつかんで路地に引っ込んだ。

 「ど、どしたの、クローネさん?」

 「お静かに・・あの老人、どう見ますか?」

 「ん?」

 白壁の陰からそっと片目だけのぞかせる。

 やせ気味の小柄なご老人が、とあるお店の前を行ったり来たりしている。入りたいのになかなか踏ん切りが付かないようで、それもそのはず、そこは若い女の子が好きそうな雑貨屋さんだった。通りに面した出窓には、かわいいぬいぐるみやきれいな石けん、ちょっとした化粧品や髪飾りなんかが飾り付けられている。このご老人の深いしわと薄いあごひげと耳より上が見事に仕上がった毛が少なめの頭は、ピンクと白でかわいらしくコーディネートされた店構えとは対極にいた。

 「やだよ、あの人・・まさかと思うけど、ホントに信じられないけど・・」

 「私達を襲った、あの北方の呪術師ですよ!間違いありません!でもなぜこんなところに?今はアルメリア族の天幕に幽閉されているはずでは?」

 「私もそう思ってたんだけど。昨夜その話をしたばっかりだったんだけど。」

 私より若くて記憶力が良く、並外れた動体視力を誇る“ランベルンの隼”クローネさんの目に間違いは無いだろう。

 だけど、幽閉されているはずの北方の呪術師アゴニトさんが、なぜ大陸の反対側のこの島で、乙女なグッズの並ぶ雑貨屋さんの前をうろついているのか。

 「何をしているのでしょう。」

 「わかんないな・・あ、ローエンさんに連絡しよう!」

 「ですね!私は見張ります。」

 発表中だったらヤバいなと思ったけど、ブラゲトスを通じた呼びかけに案外すぐに返事が返ってきた。

 (何?!あの呪術師が?確かか?!)

 (クローネさんの目で見て間違いないそうなので。私が見てもあの人に見えます)

 (ううむ・・そのまま待て、いや、呪術師を見張れるか?)

 (了解)

一旦通信が切れたとき、アゴニトさんが動いた。とうとう店に入ったのだ。

 私とクローネさんは目を見合わせ、路地から出て、そっと店に滑り込んだ。


 「いらっしゃいませぇ。何をお探しですかぁ?」

 20代くらいの、ちょっと化粧が濃い女性がアゴニトさんに声をかけた。おかげで、後から入った私達はノーマークになった。

 「あ、あ~・・鏡はあるか?」

 「鏡!いぃのがございますぅ!お孫様への贈り物ですかぁ?」

 「ま、孫?!あ、ああ、そうじゃ、このくらいの・・手に載るほどの・・」

 「手鏡ですねぇ?!お孫様はおいくつでいらっしゃいますぅ?」

 「ふあ?!と、歳は・・じゅ、15かそこらかのう。」

 「でしたらぁ、こんなのはいかがですぅ?」

 私達はアゴニトさんに背を向け、窓ガラスに映った店員さんとアゴニトさんを見ている。店員さんがすすめたのは、ピンクの立体的な花が縁についた、それはそれはかわいらしいもので・・

 「んっふっ。」

 「折田さん、だめですよ、笑っては・・」

 そういうクローネさんも手の甲をつねって笑いをこらえている。

 「いや・・それは派手すぎる、もっとおとなしいものはないのか?」

 「そうですねぇ・・ではこちらはいかがですぅ?」

 こんどは真っ赤な縁にけばけばしい色の鳥たちが描かれたものを差し出した。

 「いや、もちっと、おとなしい方がいい。」

 「あらぁ、そうですかぁ?」

 次は白縁にラインストーンみたいなのを埋め込んだきらきらしい一品だった。当然断られ、次に出してきたのは黒縁に金で薔薇を描いたもの。断るアゴニトさん。

 (この店には何もついていない鏡は無いのでしょうか?確かにみな、派手です)

 (あの店員さんも強いね~お客様のご要望に添わないのしか出さない)

 (接客態度があれで良いのか気になります)

 日本のコンビニで接客業に従事するクローネさんが、少々心配そうにつぶやいたとき、

 「むむ・・ではこれで・・」

 至極無念そうなアゴニトさんの声と、

 「お買い上げありがとうございま~すぅ!」

 という店員さんの弾んだ声がした。

 (折田さん、先に店を出ましょう。あの店員さんに声をかけられると厄介です。私達も何か買わされて、その間に呪術師を見失ってしまいそうです)

 (たしかに)

 会計の隙に、来たときと同じように店を滑り出て、再び路地に身を隠す。

 ピンクのリボンをかけられた赤い紙袋を隠すようにして店を出るアゴニトさんの背には、悲哀と疲労が漂っていた。

 私達は少し離れて後をつけた。


 (鏡を買っただと?)歩きながら魔石で報告した私にローエンさんはうなった。(いかんな。魔道具を入手したか)

 (あ。建物に入った)

 (ローエン様、呪術師は宿屋に入りました・・「黄金の漕ぎ手亭」というところです)

 (ふむ・・)しばし間があり、(今セルバ様より上位魔導師数人を借り受けた。それらが見張りに着く。それまで何とか折田、クローネ、二人で見張れ)

 (承知)

 (へいへい)

 (ブラゲトスの守護結界はごく至近距離にいる者なら、その者も結界で守護できる。クローネ、いざというときは折田の結界に入れ。折田、よいな)

 (承り!)

 開け放たれた戸口からアゴニトさんが二階に上がっていくのが見え、姿が消えたところで私とクローネさんはしれっと宿屋に入った。

 中は白と青を基調にした爽やかかつ高級感のある作りで、カウンターにいたご主人も温和なすらりとした紳士だ。

 今日この島に着いたばかりで宿を探す観光客のふりをして市場や銀花の泉を褒めちぎった後、おもむろに話題を変える。

 「いや~、先程ずいぶん年配の方もお入りだったので、こちらは居心地が良いのかな~と思いまして。さっきのご老人は何日ぐらいお泊まりですか?」

 「お昼前にお着きになったばかりですよ。知人の方から紹介されたそうで。」

 「観光して、こんなすてきなお宿に泊まって・・うらやましいですねえ。私達も外国から観光に来ましてお宿を探しているんですけど、ちなみにここは一泊おいくらです?」

 ・・高かった。日本の高級老舗旅館ぐらいした。

 親切なご主人は手頃なお宿を何件か紹介してくれたけど、トリスメギス学術院に部屋を取ってもらっているので、お気持ちに感謝して取り繕って撤退。

 「アゴニトさんってそんなにお金持ってるんだっけ?」

 魔導師さん達と見張りを交代し、転移でトリスメギス学術院のカフェに帰ってくるやいなや、そんな疑問が口をつく。

 幽閉されていたんだから、呪術師としての仕事をしているはずもなく・・

 「呪術師って給料とかあるのかな?」

 「ないな。」やってきたローエンさんが私達が座るテーブルの、空いた席に座る。「ご苦労だった。よく見つけたものだな。」

 「いえいえ、偶然で。でも、ホントお高いんですよ、アゴニトさんが泊まってるとこ。どこからお金が出てるんだろう。」

 「北方の呪術師は部族の王の庇護のもと、その術と引き替えに衣食住が保証される。故に生活の心配をする必要は無い。それに全ての呪具を取り上げられ、身一つで閉じ込められていたと聞いた。金などあろうはずはない。」

 「では誰かが脱走を手伝ったのですね?そして、この島まで連れてきた。宿は知人の紹介だと宿の主が言っておりましたので、きっとその知人という者が脱走を手助けし、お金も与えたのでは?」クローネさんはそう言って首を傾げる。「でも、何のために?」

 「それが一番の問題だ。今、この島には高位の魔導師や学者が何人も集まっておる。いずれも大陸各国で名が知れ、政治にも関わっている者も多い。何かあれば各国の大きな損失になる。」

 「確かに。もし今、ローエン様に何かあれば、我が国の安全に関わります。」

 性格が雑でも、その仕事が国を助けたのを2回目の訪問の時に見ている。他にも魔法で守護結界を張ってヴェルトロアを覆っていたりしてるし、ローエンさんがいないと、ヴェルトロアの安全保障は結構大変なことになる気がする。ちなみに私の持つ魔石ブラゲトスにも超強力な守護魔法をつけてくれてるので、私の安全保障にも関わる。

 「あの呪術師を引っ捕らえて締め上げることができれば・・この島にも騎士団や警備隊はありますよね?」

 「どちらもあるが、奴がどのような術を使ってくるか見当が付かん。むやみやたらに向かわせるのは危険だ。発表が終わってから今まで、北方の呪術について調べてみたが、神話と民俗についての通り一遍のことしかわからんかった。折田、お前、誘拐されたときに何か・・うむ、何も聞いとらんか。」

 「そんなヒマ無かったんですよ。何でも切っちゃう悪魔とか、モーニングスターぶん回す悪ガキとかいたし・・」

 あのトゲトゲが着いた凶悪な鉄球を私達の世界では“モーニングスター”と呼ぶと知ったのは、ついこの間のことだ。

 「うーむ、対策がうてん。本には主だった上位の神や悪魔しか出とらんからな。他にどんな神や悪魔がいるかさっぱりわからん。」

 「つまり、たちの悪い小物の悪魔とかを使われると困る、と。小物だから対抗できるかもしれないけど、分析するのに時間が必要で・・」

 「ほう、折田、お前もなかなか魔術を理解してきたな。何が困るといって、その分析中に犠牲が出るのが困る。無論、癒やしやポーショ・・むっ?!」

 ローエンさんの顔が狭くなった。

 いや、言い方が変だな。

 ローエンさんの顔が何かに挟まれて、その隙間から見えている状態なんだけど。

 その何かとは!

 「なんら、おりら!ないがわしのかふぉふぉ・・」

 ちなみにクローネさんは、顔を赤くして明後日の方を向いている。まだ17歳の娘さんだからしょうがない。ここはおばさんの出番だろう。

 「ローエンさん、顔を挟んでるの、大きなおっぱいですね。」

 「ないぃ?!」

 「さらに残念なおしらせですが、」

 「なんら!」

 「おっぱいに顔を挟まれたローエンさんを、ネレイラさんが私の後ろから見てます。」

 ふっ、と小さく息をつく音。

 ネレイラさんの口角が上がる。目は笑ってないけど。

 「ダリエリス。ずいぶんとうれしそうではないか。うん?」

 「いあ・・べふに、うえひくふぁ・・」

 おっぱいの間のローエンさんの顔が、赤くなったり青くなったり忙しい。

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