<6-2 折田桐子、息子の運命を占う>

エリオデ大陸には5つの国がある。最大版図を誇り、平野部の北半分を閉めるガルトニ王国。ガルトニの南西に位置し、最小の国ながら魔石の採掘権を盾に中立を維持するエライザ共和国。そして、ガルトニと大河エリリューを挟んで向かい合う大陸第二の王国ヴェルトロア王国。

 大河エリリューの南半分はこのヴェルトロア王国を含め、3つに分割されている。

 「後の2つのうち、一つはヴェルトロア王国の東に黒き森を挟んで対峙するツボルグ王国。そして、ヴェルトロアの西に位置するのが、このアストレイア都市連合だ。」

 「ほおほお。」

 “殿下”は簡単な地図を広げ、ヴェルトロアの西、大河エリリューの支流の河口に点在する諸島を指す。島は大小あわせて20ほど、それら一つ一つが独立した都市国家なのだという。さらにこれらの島々は伝統的に学問や芸術、工芸などの文化活動を重んじ、どんなに小さな島でもしっかりした教育機関が設置されている。その中でも私達が今いるセイロス島の大学院(日本の大学にあたる)「トリスメギス学術院」は、エリオデ大陸でも最高の教育・研究機関として名を馳せていて、周囲の島からだけでなく、エリオデ大陸各地から学問を志す人が集まってくる。

 「上位の神官や魔導師は大体皆ここを卒業している。もちろん、ローエンとネレイラもだ。我が国の大神官ヴェテルと、ヴェルトロアの大神官ガイゼルもそうだな。」

 そういえば、ネレイラさんとガイゼル・・ミゼーレさんと私が呼ばせてもらっている人は魔法学部での学友だったと聞いた。あと、ローエンさんがここの教壇に立っていて、ネレイラさんはそのときの学生さんだった、とも。

 「ネレイラは離婚後ガルトニの主席魔導師となり、王室の子ども達に魔術を教えている。故に私も薫陶を受け、その後ここで2年学んだ。」

 ん?

 「あの・・ガルトニの主席魔導師のネレイラさんに王室のお子さん方が魔法を教わって、“私も薫陶を受けて”って・・しかも“殿下”と呼ばれて・・」

 いや待て。よく見れば見たことあるぞ、この人。

 「折田さん、ガルトニ王国の第一王子殿下、ヴァレンティアス様ですよ。婚約式においででした。」

 「あー!」

 そうだ、ガルトニ王国側の家族席に座ってたわ、この人!

 「ということは、ヨシュアス殿下のお兄さ・・様ですか?」

 「その通り。弟が何かと世話になっているな。いつか礼を言わねばと思っていた。」

 「そんなそんな、お気遣いなく。」

 ここで頼んでいたお茶とお菓子が来たので、しばしのどを潤し、話題は先程の騒ぎに移った。

 「ローエンさん達を前にして“弟子”と言ってましたけど、あの方は?」

 「あのお方はセルバ・ティトウストス殿。このトリスメギス学術院の院長であり、大陸の学問の頂点に立つお方だ。」

 「え。」

 あれが?と言いそうになって慌ててお茶を飲む。

 「とにかく好奇心が強いお方でな。専門は魔石学でその道の大家なのだが、興味がわくと、何でも一通り追求せねば気が済まぬ。」

 それでうっかりBLの沼にはまったと。

 「じゃ、もしかして、ご自分の頭をかち割ろうとしていたあの結晶は。」

 「希少度8の魔石ディリアトスだ。一日程度なら時間を巻き戻せるという特異な力を持つ。それ故、破損の修復、けがや病気の回復にも使える。最悪の事態が起こってもそれで何とかなるかと思ったが、回復してもそなたが来なければ、堂々巡りだったな。今日は5日間続く“大学会”の初日で、院長の挨拶があと1時間ほどまでに迫っていたのだ。大学会は2年に一度大陸中から著名な研究者が集まる研究発表の場で、魔導師や学者ならば生涯に一度は発表者に選ばれたいと望む晴れの場だ。となると、トリスメギス学術院の開会の挨拶は欠かせない。それでネレイラが、そなたならば何とかセルバ殿を鎮められるのではと提案したのだ。ローエンは反対したがな。」

 「わかります。その場は収まっても、セルバさんの趣味はそのままですから。ローエンさん、何度もそんな目に遭ってますから。」

 「私も別に、個人の趣味嗜好にどうこう言う気は無いがな。ローエンは少しばかり昔気質なのかも知れぬ。」

 「ですねえ。もっと懐広くなって欲しいですよ。しかし、希少度8の魔石を頭かち割るのに使おうとは・・」

 「全くだ。」ヴァレンティアス殿下は笑った。「さて、そろそろ私も発表の準備をしようか・・占星術について少々私見を披露せねばならぬのだ。」

 「占星術・・占いがご専門ですか。」

 「そうだ。他にもいくつか研究しているが・・ああ、弟が世話になった礼に何か一つ占ってやろう。そのくらいの時間はある。これでも巷では当たると言われているのだ。どうかな?ふふ、もちろん見料は取らんぞ。」

 「ホントですか?!では、息子のことで。」

 「子息の?」

 「実は先日成績が爆下がり、いえ、とてもとても下がりまして。」

 「ほう、どれほどに。」

 「ずっと127人中70番ぐらいだったのですが、108番に。」

 「それはまたえらく落ちたものだ。」

 「何が原因でこれからどうなるのか、お願いします。」

 「わかった。では・・」

 殿下は長衣の懐に手を入れ、青いビロードのような布でできた巾着袋を取り出した。中から取りだしたのは正方形の隅が丸く切られたカード。こちらの世界のタロットカードみたいなものらしい。ざっと広げて手で混ぜて、またひとまとめにしてそろえ、一番上のカードをテーブルの真ん中に置く。真っ直ぐ伸びた草の絵が描かれていた。

 「本来素直で真っ直ぐな気質なのだな。」

 「今は絶賛反抗期ですけども。」

 「歳は・・13か。私にも覚えがある。」

 最初のカードから5枚目のカードが重ねて置かれる。骨を加えた犬が川面に映る自分の姿を見る絵が逆さに置かれた。

 「本来集中すべきではない方向に目が向いているようだ。」

 野球だ。小学校から大好きで続けてて、二刀流の日本人メジャーリーガーの大ファンで自室の壁はほぼ彼のポスターで埋め尽くされている。よく部屋で素振りをしているので、カーペットがすぐすり切れる。それはいいんだけど、最近はテスト期間中もこの調子で、勉強をしている気配が感じられない。

 次は対策を示す位置に方位磁石の絵のカードが置かれた。

 「今一度自分の進むべき道を確認せよと。」

 最後に未来を示す位置に置かれたのは、砂糖と塩の壺の絵のカード。

 「甘いものも塩辛いものも人には両方必要だ。調和が肝要ということのようだな。」

 「調和!!」確かに駿太は野球に傾きすぎだ。「ありがとうございます。帰ったら息子に話してみます。」

 「役に立てばよいが。」

 ヴァレンティアス殿下はにっこり笑った。笑うと弟さんに似ている。

 ちなみに結婚問題を占ってもらったところ、おおむね吉と出たクローネさんがむくれていたので、事情を知らない殿下は困惑していた。

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