<3-9 藪をつついて蛇を出す>
天上に空いた大きな穴からそよそよと夜の風が吹き込んで、顔を撫でた。
それで我に返る私達。
金の炎や粒子の光がなくなったうえ、明かりも吹き飛んだので、ダンデラさんが松明を持ってこさせ、それを頼りに皆で明かりのあるダンデラさんの自室に移動する。
関係者一同がそろい、玉座代わりにベッドに腰を下ろしたダンデラさんが口を開く。
「さて、まずは王太子の疑いは晴れたな。」
誰も何も言わないけど、それは肯定の印だった。
「そして、5年前に若者達を斬り殺したのが何者かもわかったな。」
魔のものとレイアダンは言ったけど、アゴニトさんが呼び出せて両手に刃というところからして、ボイダンくんに焼かれたあの悪魔ではなかろうか。毛皮と椅子をあんなに風に切り裂いたんだから、多分人だって簡単に・・
「でも父様、アゴニトはなんでそんなことを?」
「第一の呪術師の座を降りたくなかった故のことかも知れません。」
言ったのは新顔の男の人。さっきダンデラさんが呼んでいた第二の呪術師トリパさんだった。アゴニトさんと同じように熊の毛皮をかぶり、牙や骨のネックレスを身につけ小さな鏡もぶら下げていた。ただし、身体は筋骨隆々、年の頃は30代くらい。アゴニトさんのお弟子さんでもあるそうだ。
「アゴニト様はその座に大変な誇りを抱いておいででした。事実それに見合うだけの、ザグレト山脈に暮らす部族の中では随一のお力を備え、お働きもたいしたものでした・・ですので、力が衰えた故の引退など、考えられなかったのかもしれません。」
それで、ガルトニとの国境で一発逆転を狙ったのかな?
「だが王太子との戦いにいとも簡単に負け、撤退を余儀なくされ・・それがわかればなおさらに引退を求められる。」
当時ヨシュアス殿下はまだ15歳だった・・自分の孫ほどの少年に負けたとあって、アゴニトさんは相当焦ったんじゃなかろうか。
「それで、自分の失敗を隠してガルトニの王太子のせいにするために、悪魔を呼び出して兵達を殺させた・・なんてヤツなのよ!」
「そして此度、王太子殿を拉致して積年の恨みを晴らそうとした・・だが、わからぬ。先程マリリスの言ったように、なぜ5年も立った今、やるのだ。」
ダンデラさんが腕を組み、トリパさんが首をひねりつつ答える。
「断言はできませんが・・その5年の間魔力と体力をため、何かしらの準備をなさっていたのではないかと。下級とはいえ悪魔を呼び出すのは、精霊とは訳が違います。魔力も体力も激しく消耗します。ましてや遠く守護精霊の力の及びにくいエライザまで行ってことを起こされたのです。力とお体を整え、このときを待っていたのでは、と・・」
「ふむ・・」
ダンデラさんはあごに手を当て、考え込む。
マリリスちゃんが鼻を鳴らした。
「ばっかみたい。結局自分の見栄のためだけにしでかしたんじゃない。しかもこれだけ大勢の人間を巻き込んで・・父様、この責めはどう負わせるのかしら?」
白髪のお爺さん達の一派が挙動不審に陥る。これまでガルトニを目の敵にするアゴニトさんを担ぎ、従い、ガルトニとの交流に異を唱えてきた人達だ。
「・・アゴニトは第一の呪術師の座を剥奪する。その鏡を打ち割り、首に下げる呪具を全て外せ。」元の大きさに戻った鏡が踏み壊された。牙でできたネックレスが全て外され、松明の火にくべられた。「これまでの住処は呪具ごと完膚なきまでに燃やし尽くし、新たな幕舎を建てろ。これより死ぬまで一歩たりとも、そこから出てはならぬ。連れて行け。」
貧血でぐったりしているアゴニトさんを、従者の方々が連れ出していった。
「お、王よ!蟄居を死ぬまでとは、先々代の王より仕えしアゴニト殿にあまりにも・・」
「まだ言うか!!」
雷のような怒声に、うんと年上のはずのお爺さんが縮み上がる。
「第一の呪術師の座という栄光をもたらした知識と経験を以て部族に貢献するならまだしも、このざまだ!しかも悪魔を呼び出し、我らを襲わせようとした!神々が来られねば、皆5年前の者達同様斬り殺されていたぞ!悪魔からは運良く逃れたが、ガルトニとヴェルトロアの連合軍が控えているのを忘れたか?先々代より仕えし?それ故に蟄居で済ませたのだ、本来ならこのおれが、手ずから首を落としてやりたいところだ!!」歯をギリリと鳴らし、お爺さん達をにらみつける。「これ以上奴の肩を持つなら、老害と見なして荒野に追放するぞ。」
「そ、それは・・」
それからは、もう誰も何も言わなかった。
その夜・・
アルメリア族側から使者が国境に走った。
「王太子と王女様は無事で、明日朝、無事にお返しするってことを伝えにね。もちろん、オリート・・いえ、オリータ、あんたもね。」
「よかった。戦わないですみそうで。」
「うん。よかった。これであたしも安心してウスイホンが読める。」
私とマリリスちゃんは、二人で笑いあった。
ここはマリリスちゃんの自室。ヨシュアス殿下と王女様がダンデラさんと会談中なので、ここで待たせてもらっているのだ。
「ところで、マリリスちゃん・・あ、ごめんなさい、マリリス様は・・」
「あ、待って、マリリス“ちゃん”の方がなんかいい感じがする。あたしのことはそれで呼んで。」
「了解です。で、マリリスちゃんは、どうやってウスイホンを手に入れてるの?」
「前に商隊にくっついてきた同い年の女の子がいてさ・・商隊長の娘でセシリアっていうんだけど、その子が持ってたのを読んだのが始まり。で、今はセシリアが文通がてら送ってくれて、私は手紙の返事と一緒に代金を送る。ヒギアもそうやって集めたんだ。」
「なるほど。」
やっぱオタクはどこにでもいるな。
「ね、オリータ。これからガルトニとアルメリアはどうなると思う?」
「うーん・・関係が悪くなることはなさそうだけど・・」
今この瞬間、王女様達とダンデラさんがそれについて話し合っているはずだ。
「だといいけど。まあ、もし悪くなってもどうってことない。私の代になったら覆す。」
「おお。」
「ガルトニの文化やなんかを取り入れるのは必要だと思うんだよね。こっちの人間は字を読める者すら少ないから・・今付き合いのあるセシリアの商隊は皆正直者だけど、もし悪い奴がいたらいいように騙される。本なんか読む奴は軟弱者だって言うのもいるけど、あたしはそうは思わない。これからのアルメリア族を守るには勉強が必要だよ。」
「・・・・」
「な、何・・?」
「すごい。今17歳だっけ?なのに、部族の未来をそんなにもちゃんと考えてる。」
アラフォーの私が考えるのは、せいぜい折田家と親類縁者、職場の同僚くらいだろう。
「え・・そんな・・だってほら、あたしは将来この部族をしょって立つわけだし・・それにさっきのエルデリンデ様に比べたら、あたしなんて・・」両頬に手を当ててほう、とため息一つ。「下手したら殺されかねないってのに、一人堂々と意見述べてさ。格好良かったな・・月みたいに美しくて凜としてて、それでいて抜き身の剣みたいな迫力があってさ。もう、憧れちゃうよ。あたしもあんな風になりたいけど無理だろうなあ。あんなきれいじゃないし、がさつだし、言葉遣いも悪いし・・」
「そんな・・マリリスちゃんはマリリスちゃんでいいとこあるよ。かわいいし、はきはきしてて明るくて、部族思いで、一人で字を覚える努力家で・・」
「私もそう思います。」
静かにドアが開いて王女様が入ってきた。
「ごめんなさい、自分が褒められているのが気恥ずかしくて入って来られなくて、立ち聞きしてしまったわ。」
王女様は私達が座る毛皮までやってきて一緒に座った。
「お話は終わったんですね。お疲れ様でした。」
「ありがとう。後はお父様方が納得してくださればいいのだけれど・・」
ヴェルトロアの王様は、娘が無事なら何でも言うこと聞いてくれる気がするけど、さすがい各国の事情とか絡むとそう簡単にはすまないだろう。マリリスちゃんもそう思ってか、なんだか不安げだ。
「でも親の世代がどうあれ、私達はお友達でいたいのです。マリリスさんはどうかしら。」
「も・・もちろんだよ!」不安げだった顔がぱあっと明るくなる。「だって・・だって、同志・・だもん。」
「良かった・・ありがとう、マリリスさん。」
「こっちこそ。でもってさ、あたしはその親世代がどうあれってのに、ガルトニの王太子も入れたいんだよね。熊を一人で斬り殺したとか部下をちょっとしたことで牢に入れたとか、とんでもない噂ばっかり聞こえてきてたけど、実際会ったら普通のヤツだし・・ケンカしてたって良いこと無いしね。」
「ええ。きっとヨシュも喜びます。今までのことがあるので、すぐになんのわだかまりもなくなるというわけにはいかないでしょうけれど、いつか必ず、こうしてまた手を取り合いましょう。」
「うん、必ず!そういや、その王太子は?」
「マリリスさんのお父様と長剣談義に花が咲いて、今しばらくご一緒するそうです。」
「え・・それはまずいよ。父様が長剣の話をし出したら夜が明けるよ。」
「大丈夫だと思うわ。ヨシュもかなりお父様の武具が気になっていたようだったから。」
くすくす笑う王女様。
「ならいっか。」
笑い合う王女様とマリリスちゃん・・と、急にマリリスちゃんがそわそわし出した。
「あのさ・・第二騎士団長ジュークとレグリオの組み合わせって・・どう思う?」
「「!」」
レグリオとは例の“灰かぶりの騎士”シリーズの主人公の名前である。元気で正義感が強くて面倒見が良く仲間を大切にする、これぞ主人公といった主人公である。
「それだけに性格が尊すぎて、その道に引きずり込めないって人は多いみたいですね。」
「ええ。ですが少数派でもいくつかの組み合わせは発表されています。ジュークとの組み合わせも目にしています。誠実な人柄のジュークは、呪いで若くして白髪になった忌まわしき存在のレグリオであっても、決して無碍に扱いません。そこに恋心の発露を見いだす・・ということのようです。」
「ジュークってレグリオより10歳くらい年上ですよね・・包容力があって辛くても明るく振る舞うレグリオを優しく包み込みそう・・いいですね!」
「いいわね!」
「いいな!」
「じゃあじゃあ、水銀のレルタリスさんの、“水中花”シリーズのランとガイエス!別れちゃったじゃないですか!」
「あれはないと思った・・あんなに仲良くしてたのに。」
「あんな別れ方で元に戻るのかしら。はっ、先程の最新刊にもしやその辺りが書かれているのでは?」
「マリリスちゃん、さっきのやつ!」
「これだ!あ、二人が出会って・・」・・・
こんな調子で私達は日付が変わっても話し続けた。
同じく話し込んで、ダンデラさん直々に貴賓室に案内されていたヨシュアス殿下も私達の声を聞いたそうで。
「一体何の話をしているのかわからんが、あれほど明るく楽しそうに話すマリリス殿の声を初めて聞いたと、ダンデラ殿は言っていた。オリータとエルがあの調子で話すのなら、話題は“あれ”なのではと思ったが、ダンデラ殿は知らなくても良かろうと黙っておいた。おれにかかっている呪いのこともあるしな。」
後にそう言ってヨシュアス殿下は笑ったのだった。
お気づかい、ありがとうございます。
翌朝は少し寒くなった。
王女様と私にも貴賓室への案内が来たけど、マリリスちゃんが寂しそうだったので、寝具を運んでもらって3人で寝て、朝ご飯も一緒に食べた。
干した果物と少し黒っぽいパンにカリッと焼いたベーコンと目玉焼き、たっぷりのミルクとスパイスが入った紅茶でお腹も心も温まる。パンにベーコン、目玉焼きときたので思わず3つ重ねて食べると、マリリスちゃんが早速に、ついで王女様までが「王宮でやったら皆驚くわね。」と言いながらまねをした。
そして。
王太子様は馬に、私と王女様とマリリスちゃんは馬車に乗って、ダンデラさんとトリパさん、その他配下の方々に周囲を固められながら国境へ向かう。
3時間ほど経ってそろそろおしりが痛いなあ、と思っていると、外からヨシュアス殿下の声がした。
「着いたぞ。」
隊列も止まったようだ。
マリリスちゃんが先に馬車を降りて、まず私、それから王女様が降りるのを手伝ってくれた。
「ああ・・いらっしゃるわ。」
遠くを見やった王女様の声に振り向くと・・
国境線を表すように、城壁と城塞が建っていた。城壁の上には、赤地に剣を噛む黒い狼が描かれた軍旗を持つガルトニ軍と、緑地にツタの絡まるフロインデン女神様の大楯を描いた軍旗を持つヴェルトロア軍が右と左に別れて並んでいた。その中心にいるとりわけ目立つお二人がいた・・向かって右は黒の鎧に赤いマント、長剣を床に突き立て両手を束に重ねて乗せるガルトニの王様。ダンデラさんほどじゃないけど、そこそこマッチョで、ヨシュアス殿下に似た精悍な顔を短いあごひげが縁取っている。鋭い目つきはまさに狼。左は我らがヴェルトロアの王様。白銀の鎧に濃緑のマント、刃渡り1メートル近い戦斧を床に突き、束に両手を乗せている。ガルトニの王様が狼なら、こっちはライオンのようだ。その眼光、気迫・・あれは・・
「王女様、陛下、怒ってますかね?」
「ええ。これ以上ないほどにお怒りのようです。」
王様の側には騎士団長エドウェル・ランベルンさんが立っている。似た感じの若い人が3人一緒にいるのは、クローネさんのお兄さん達だろう。そのクローネさんもいた。どうやら無事のようだ。私と目が合うと顔が輝き、小さく手を振ってきたので振り返す。隣に控えるミゼーレさんから茶目っ気あふれるウィンクが飛んできたので、また手を振る。
ガルトニ側にはデナウアさんも立っていて、目が合うとニヤッと笑って見せたので、こっちもニヤッと返す。皆さん元気そうで何よりだけど・・
(ネレイラさんがいないぞ)
どこを探しても見えない。
そうこうしているうちに、ダンデラさんが呼ばわった。
「我が名はアルメリア王ダンデラ!ガルトニ王国の王太子とヴェルトロア王国の第一王女およびその知己を返しに参った!」
「おう!」咆哮とも思えるガルトニの王様の応答。「無事か、息子よ!」
「無事だ!」ヨシュアス殿下も声を張り上げる。「これなるアルメリア王は我が冤罪を晴らし、我らを歓待してくれた!」
「娘よ!」と、今度は地を這うような重厚なヴェルトロアの王様の声。「その身は無事であろうな!」
「無事にございます!」澄んだ声が響き渡る。「アルメリア王のみならず、これなるアルメリア王女マリリス殿が多大なる歓待をしてくれ、オリータ共々、なんの不自由もありませんでした!」
二人の王様がちらりと視線を交わし、身を翻して消えた。従っていた騎士の方々も後に続き・・しばらくして城塞の門が開いて、エドウェルさんとデナウアさんを先頭に両国の騎士さん方が列を作り、最後に二人の王様が出てきた。
「通る。」
ダンデラさんの一言でアルメリア族の方々も道を空けた。
「行かれよ。王太子よ。王女とその知己よ。」
ヨシュアス殿下は小さく、でも長目に礼をして歩き出した。王女様と私も同じく礼をして歩き出す。でも、3人とも急ぎはしなかった。背中に心配はないと思っていた。堂々と、一歩ずつ歩みを進め、やがてヨシュアス殿下と王女様はそれぞれのお父さんに、私はクローネさんとミゼーレさんに迎えられ、抱きしめられた。
こうして私達の思いもかけない冒険は終わったのだった。
さて、ここからまた色々あった。
まず、城塞に付設する館で3者会談が行われた。ガルトニ王、ヴェルトロア王、アルメリア王のお三方で、半日にわたっての話し合いだった。ヨシュアス殿下と王女様、マリリスちゃんも参加している。
私はというと、ちょっと横になるつもりが、起きたら太陽が高くなっていた。やはり年には勝てない。
「気が緩んで疲れがどっと来たんだよ。ご苦労さん。」
言いながら、癒やしをしてくれたのはミゼーレさん。私達が消えた後のことを話してくれた。
私達が吸い込まれると鏡はアゴニトさん共々消え、触手や黒いモサモサも一緒に消えた。で、まずクローネさんがエライザ共和国当局に危急を知らせに走り、次いで荷物に忍ばせてあったポーションでミゼーレさんが回復、それから失血を防ぐためにデナウアさん、最後にネレイラさんを癒やした。回復したデナウアさんは、すぐにガルトニに走った。
「だけどネルはちょっと魔力を使いすぎてね。高位の精霊をあれだけ立て続けに呼んだものだから・・身体は癒えても、魂に疲れが残ってるのさ。」
それでまだエライザで療養中なのだそうだ。
ノックの音がして返事をすると、クローネさんが入ってきた。
なんでも、王様達が私を呼んでいるという。
「え・・なんで?」
ミゼーレさんを見たけど、軽く肩をすくめた。
「だけど、あの時あんたが機転を利かせてローエン殿に連絡をしてくれなかったら、こうも速く、しかも両国の軍を動かしてアルメリア人に圧力をかけることはできなかったよ。これで何かとがめられるようじゃ、あの人達の頭を疑うよ。」
「はあ・・」
椅子にかけられていた柚月ちゃん作の長衣とマントを身につけ、私はクローネさんと共に、部屋を出た。
結果から言うと、褒めてもらった。
「そなたがレイアダン神に直談判したおかげで、ヨシュアスのいわれなき罪が晴れた。その勇気に礼を言うぞ。」
ガルトニの王様が言い、ヴェルトロアの王様は何度もうなずいた。
「この者はフロインデン女神の恩寵を受けておる。エライザについて行ってもらって良かった。わしも礼を言うぞ、オリータ。」
目が回りそうになった・・私はそんな大それた者じゃございません。女神様とだって一度創作活動をご一緒しただけで。
「いえ、その・・そんな・・後先考えずに突っ走ったようなものでして・・褒めてもらうようなことじゃ・・勇気というか、蛮勇ってヤツで・・」
しどろもどろに言うと、ダンデラさんが笑う。
「意外と謙虚だな。神々へのあの物言いからして、もっと厚かましいのかと思っていた。」
「じゃあ、謙虚の方にしといて下さい。」
「いや、厚かましいな。」
これで皆さんの笑いがとれた。
「さて、オリータ。もう一つ言っておかねばならぬことができた。」
ヴェルトロアの王様の・・いや、ここにいる皆さんの顔が引き締まった。ガルトニの王様が短く刈り込んだあごひげを撫でながら言う。
「オリータ・・と呼んで良いか?つまりだな、ガルトニ王太子とヴェルトロア第一王女が会うことを、なぜ北方の呪術師が知っていたかという・・な。」
「あ・・」
「息子と王女殿が会うことはもちろん、両国とエライザの間の秘密事項だった。知っていた者は極限られており、いずれも信のおける者達だ。」
「アルメリア族は、はなからあずかり知らぬことだしな。」
ダンデラさんは王太子様達をさらってきたのを、厄介事と思ったぐらいだしね。
「忙しくなるぞ、ヨシュアス。宮廷内に救う裏切り者をあぶり出すのだ。王太子としての腕の見せ所だな」
ガルトニの王様は言い、ニヤッと笑った。どうも国の守護神に似た感じのちょいワル親父くさい。対してやれやれといった風にヨシュアス殿下がため息をつく。
「おれを亡き者にして一体何がしたいのか・・全く、面倒な。」
「何がしたいと言って決まっているだろう。王位の簒奪だ。お前が倒れれば、お前を王太子にたてた父のおれもただではすまん。」
空気が緊迫する。
「そのようなことはさせぬ、リヴィオスよ。」ヴェルトロアの王様はガルトニの王様をそう呼んだ。それがガルトニの王様の名前だった。「我らが、そして我らの子ども達が目指すところに行きつくには、お前の力が必要だ。簡単に倒れられては困る。無論、ヨシュアス殿もだ。」
「お前がそう言ってくれれば恐れることはないな、ブリングスト。」今度はガルトニの王様が、ヴェルトロアの王様をそう呼ぶ。ブリングストという名なのを初めて知った。「ここらで我が国ガルトニがまいた種を刈り取らねばならぬ。殺し殺されはもう止めだ。どれほど罵られようとあざけられようと、おれは子々孫々のためにその罵声と嘲笑を受ける。それで恨みを少しでも飲み込んでくれるなら御の字だ。だが、ヨシュアスとエルデリンデ殿の仲は敵に知れているだろう。ブリングスト、お前も用心せよ。」
「うむ。だが、手が血に塗れておるのはお前だけではない、リヴィオス。その罵声と嘲笑はわしも引き受けるべきものだ。」
うなずいたリヴィオスさんはダンデラさんを見た。
「火の粉が降りかかった故、アルメリアでも調べてみよう。帰ったらまずはアゴニトを締め上げる。こちらとしても好んで事を構えたいわけではないからな。」
「頼む。何かわかれば教えてほしい。そういうわけでオリータ。」
ガルトニの王様・リヴィオスさんは私を見た。
「はい。」
「お前も気をつけろ。王女殿と、ひいてはヨシュアスと懇意にしていることが敵に知られているやも知れぬ・・何か危険が降りかからぬとも限らぬ。」
お、おう・・
「だが、逆にヨシュアスやエルデリンデ王女との仲を利用して、よからぬ相談を持ちかけられる可能性もある。」
あー・・
「それって持ちかけてきた人が怪しいってことですよね。そうなったらすぐにお知らせします。」
「おう。だが、無理はするな。本国に夫や子どもがいるそうではないか。此度はヨシュアス達のために相当に危ない橋を渡らせた。何かあれば家族に申し訳が立たん。」
「は、はい・・」
今回は家族のことを忘れて無茶したな、と反省している。でも、王女様達を守りたいと思うのもまた本心な訳で・・まあ、でもガルトニの王様にそこまで言われたので、気をつけよう。
「最後にもう一つ礼を言っておく。ミモレの菓子奉納10年差し止めの件だ。」リヴィオスさんはニヤッと笑った。「よくやった。」
「ありがとうございます。」
こっちもニヤッと笑い、今度は素直に謝意を受け入れた。
私と王女様、マリリスちゃんは途中退出したけど男性陣の会談は続き、終わったのは夕方近く。それからガルトニ王様主催のささやかな宴があって軽くカオスに陥ったけど、まあまあ平和に夜は明けた。
別れの時を迎え、王女様と私は最後にマリリスちゃんとしっかりハグし合った。
「会えて嬉しかったわ、マリリスさん。」
「あたしも。また会おうね。絶対だよ。」
「うん。その日まで元気でね、マリリスちゃん。」
いつまた会えるかはわからないけれど、オタクの絆は固いのだ。
足を洗わない限り、絆は壊れることはない。
青年が一人、窓の側に立っている。
背中まで伸びる黒髪を一つにまとめ、着ている長衣は白地に黒の糸の刺繍とシンプルなものだが、布地は高級だ。線の細い繊細な顔立ちは女性的な整いを見せているが、その黒い瞳は冷たい。
「三者会談まで行われるとは・・藪をつついて蛇を出すとはこのことだ。あの田舎者の年寄り、口ほどにもない・・王太子を始末するどころか、かえってガルトニとヴェルトロア、ザグレト山脈周辺で最大の部族アルメリア族の結束を固めた。」
窓から差し込む光が作り出す陰の中に若い細身の女性がいた。白に近い金髪を一つに結って背中に垂らしているが、それ以外は全身黒ずくめだ。
「しかたない・・しばらく派手な動きは控える。だが、あの女はお前が糸を引いておけ。ああ・・人生はそうそう思い通りにはゆかぬものだな・・」そう言って自分の机について、机上の天球儀を見つめる。「・・星周りは悪くない。おれのあずかり知らぬ何かが・・未知の因子が入り込んでいるのやも知れぬな・・サシェ。王太子とその周辺にまだ我らの見知らぬ人物や動きがないか、徹底的に調べよ。ヴェルトロアもだ。」
「承知。」
それだけ言って、サシェと呼ばれた若い女性は去る。青年はため息をつく。
「ああ・・下らぬ・・馬鹿者どものおかげでおれが要らぬ手間をかけさせられる・・」
そう言って椅子に寄りかかり、小さく鼻で笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます