2-6 王太子ラルドウェルト、無茶振りされる

 「失礼いたします。」

 ノックの音のあと、グレーの割烹着みたいな服を着た若い男の人とローエンさんが入ってきた。男の人は小脇に細長い箱、もう片方の手にはエコバッグみたいな袋をさげている。

 「おお、折田、来ていたか。王妃陛下から話は聞いたな?」

 「立った今。」

 「では頼むぞ。割れた壺だのを修復するのは得意だろう。」

 「あ、そういうこと。」

 私は某県天馬市文化財保護課臨時職員をやっている。実際は何をしているかと言えば、遺跡から出土した土器や石器を整理して報告書にする手伝いをしている。その整理作業の一つが、破片を組み立てて土器を復元するというやつだ。

 「部屋を用意したので、そこでその作業をして下さる?オリータ。」

 「了解しました。あ、でも、修復っていっても接着剤でくっつけるだけで、ヒビは残りますけど・・」

 「そのあとはわしの仕事だ。地の精霊を召喚してヒビを消す。」

 「・・初めから精霊さんに頼むのは?」

 「精霊にできるのは、破片の断面を変成させ接着することだけだ。間違った破片を接着されてはたまらん。この作業に手慣れているお前の方が早くて安心だ。」

 「珍しくまっとうに褒めてくれてるな。」

 「このくらいしか褒めるところがない。ケミス。」

 「はい。」

 ケミスと呼ばれた、箱と袋を携える男の人が一歩進み出た。

 「折田、お前が普段使っているものに近いと思うものを集めた。なにか足らぬ時はこのケミスに言うとよい。わしの弟子だ。」

 「ありがとうございます。・・あれ?この花瓶・・」

 「どうした。」

 「これって、女の人の像・・ですかね?」

 「花瓶の装飾としてついていたのではないか?それがどうかしたか。」

 「ざっと見た感じ、女の人の顔の破片が見当たりません。」

 「何?!」

 王妃様、王女様、王太子様ものぞき込む。

 「確かに・・顔がない。」

 「花瓶は蓋を開けたまま、何も動かしていないわ。もしや・・」

 「もしかして顔だけ念入りに壊してくれた・・?いや、マジか。」自分で言って驚き、腹が立つ。「何してくれとんじゃ!これじゃ像を復元できない!」

 もっと腹の立つことに、粉に近いレベルに粉砕された破片も多数見つかった。これをくっつけるのは、2日じゃ無理だ。

 「女性の部分だけ新しく作り直した方が早いかしら?」

 王女様が言い、王妃様がすぐ王太子様付きの小姓に命じる。

 「王宮付き彫刻師のデルラント殿を呼んできてちょうだい。」

 「わしがともに行こう。」

 ローエンさんが指輪“リンベルク”の力で瞬間移動して消える。

 「じゃあ、私はとりあえず花瓶本体の組み立てを始めます。」

 「お願いします、オリータ。私達は陛下の元へ参り・・まあ、魔導師殿、早かったのね。」

 戻ってきたローエンさんと小姓の子は2人のままだった。

 「ローエン殿、デルラントはどうしたのだ?」

 王太子様の問いにローエンさんはかぶりを振った。

 「デルラント殿はレイアダンの戦槌をくらい・・」

 「そっちもかーい!」

 思わず叫んだ私の隣で、ケミスさんとクローネさんが顔を見合わせる。

 王妃様がため息をついて目を閉じた。王女様は片手を頬に当てて黙っている・・と、私と目が合った。

 (・・・・)

 そしてどちらからとも無く目を向けた・・

 王太子様に。

 私達の視線に気づいた王太子様が、双方を見やる。

 「な、何事ですか、二人とも。」

 王女様がお母さんの王妃様の方を向いた。

 「お母様。彫刻ができそうな者が一人、ここにおります。」

 みるみる王太子様の顔色が変わる。王女様は王妃様の耳にひそひそささやいて、聞き終わった王妃様は王子様を見た。

 「ラルドウェルト、今からエルデリンデの指示に従い女性像を作りなさい。」

 「え?!」

 「聞けば近頃、独学で彫刻を学んでいるそうですね。」

 「いや、私など・・彫刻師は他にも城下にいるのでは?」

 「今は信用に足る者を探し歩く時間がありません。貴方ができることをやってもらうしかないのです。」

 「しかし、私は素人です!」

 「王太子殿下、見た目が多少あれでも、私の魔法で何とかいたします。ですが魔法にどのくらいの時間を要するのか不明です。早く取りかかられた方がよろしい。」

 ローエンさんが重々しく告げた。

 「ラルドウェルト、花瓶の破損の代償にエルデリンデを求められているのです。まずは花瓶を元に戻し、難癖をつけられないようにしなければなりません。貴方は姉をツボルグに嫁がせてもよいのですか?ツボルグの王太子妃やお子が辛い目にあってもよいと?」

 「そ、それは・・」

 「ならばおやりなさい。謁見からすでに幾ばくか時が過ぎています。」

 「う・・」

 王妃様、意外と厳しいな。初見の時は普通に穏やかな人としか見えなかったけど。

 そこにノックの音がした。

 小姓の子が「神殿の大神官ミゼーレ様がおいでです。」と告げ、王妃様がうなずいた。

 「失礼いたします。」

 何か大きな白っぽいものがどーんと入ってきた。

 まるで大きな木のように見えたそれは・・身長180㎝はあろうかという女性だった。プラチナブロンドをフィギュアスケートの選手みたいにきゅっとシニヨンにし、その頭にツタが絡みあった細い銀色の輪を乗せている。足首まで届く白無地の法服の上に、これも白地に銀の縁取りと刺繍を施したマントを羽織っているのだが、ノースリーブの法服から見える二の腕はムキムキで、昔ゲーセンでやった格闘ゲームの女性キャラを思い出した。

 「陛下の御容態はいかがです?」

 「落ち着かれました。私の治癒魔法に加え、魔導師殿からいただいた薬草で湿布も施しましたので、お話も可能です。」

 そんなに悪かったのか・・そう言えば実家の父も時々ぎっくり腰をやったときは寝たきりで2,3日うめいていたような・・子どもなのでお父さんかわいそーくらいにしか思ってなかったな。ゴメンね、お父さん。

 「ご苦労でした、ミゼーレ殿。」

 ミゼーレさんは王妃様に礼を取り、私と目が合うと、にこっと笑って出て行った。

 「私は陛下と協議をして参ります。エルデリンデ、ともに来てちょうだい。ラルドウェルト、貴方は彫刻を急ぎなさい。」

 「は、母上・・あの・・」

 「オリータ、貴女も仕事がある中で申し訳ないけれど、時々あの子に発破をかけてやってくれる?ああ、いえ、ここに食事も寝具も運ばせるわ。この部屋で貴方の仕事をしていただけるかしら。」

 「了解しました。」

 去り際、王女様はメモを一枚、王太子様の手に押しつけていった。さっきからちょいちょい書いていたものだ。

 「わしは地の精霊の召喚魔術の準備をする。頼んだぞ、折田。」

 「承り。」

 一緒に来てずっと話を聞いていたクローネさんも動いた。

 「折田さん、私も陛下の警護に入ります。今夜はカルセドがこちらの宿直なので、警護は大丈夫かと。」

 「うん。頑張ってきて。」

 「はい、折田さんも。」

 で、ドアが閉まって私とケミスさん、小姓の子、王太子様が残った。

 メモを見ながら呆然と立ち尽くす王太子様・・

 ケミスさんが持ってきた箱は、左右に開くと開くと中に足が入っていて、それをはずして嵌め込むとキャンプのテーブルみたいなのができた。その上に薄い布を敷いてもらい、接合作業開始である。

 3分ほど過ぎたかと思った頃に手を止めて、まだ立ったままの王太子様にそっと近づく。

 「王太子殿下、大丈夫ですか?」

 「・・大丈夫ではない。」

 「王女殿下がくれたメモですよね?なんて書いてるんですか?」

 王太子様はメモをこっちに差し出した。

 「えーと何々・・『“川辺の少女の話”のルシッサを作りなさい。口の薔薇を忘れないこと。』ルシッサというのは?」

 「『カエルの世間話』という説話集に出てくる花の精霊の娘だ。美しい薔薇を口にくわえて川縁を歩いていたルシッサが、水面に一人の娘が同じくらい美しい薔薇をくわえているのを見つける。ルシッサは自分の薔薇を奪われたと思い込み、返せ、と叫ぶと、口にくわえていた薔薇が川に落ち、流れていってしまった。水面の娘は当然ながら自分の姿なのだが、なぜかそれがわからずルシッサは薔薇を失った。だから物事はよく見てかかれ、軽率に動くなという教訓だ。」

 「ほほお・・」

 「姉上はこのルシッサを作って花瓶の縁に取り付けよと言っているが、ルシッサがどんな顔なのか、服装はどんなものかさっぱり浮かばない・・どうすればよいのだ・・」

 「そうですねえ・・想像を働かせましょう。ヒギアを作るときと同じですよ。」

 「・・そうは思えぬ・・」

 「そこをなんとか思いましょう。」

 王太子様が私を見た目には絶望が見えた。

 でもやるしかないのだ。

 王女様を、あと、向こうの王太子妃さん達を守るのだ。

 王太子様はドアを出現させると、ふら~っと中に入っていった。

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