2-5 ヴェルトロア王国王宮謁見の間で花瓶が割れる
馬車の中で聞いたけど、用件が何かはわからないらしい。
「今日は隣国のツボルグ王国から特使が来ていて、王太子殿下が国王陛下の名代で謁見なさっていたはずですが・・」
「え・・王様、どうかしたの?」
「昨日執務の最中に“レイアダンの戦槌”を受けて、立つこともままならない状態だそうで・・あ、日本で言うぎっくり腰のことです。」
レイアダンとは戦いを司る神様である。欧米では“魔女の一撃”と言うそうだが、戦槌の方が痛く聞こえる。
「それで王太子様が・・でも、それじゃオタク案件は発生しそうにないけど。」
「ですよねえ・・」
王宮に着くとナナイさんが出迎えてくれて、まっすぐ王太子様の部屋に向かう。
「近衛騎士団団長クローネ・ランベルンです。失礼します!」
「オリータです、失礼しまーす・・」
部屋の中に3人の影が見えた。逆光に目が慣れると、それが向かって右側のソファに座る王女様、向かいのソファに座る王太子様、その間の椅子に座る王妃様だとわかった。
「急に呼びだてしてごめんなさいね、オリータ。ウェルト、私の隣に・・2人にそのソファをあけてあげて。」
王女様に言われて王太子様はさっと移動し、私達は恐縮しつつソファに座った。
(・・?)
私が見ている、その視線の先にあるものを察して王女様が言った。
「それが此度の問題なのです。」
「つぼ・・?かめ?ですか?」
「先ほど、ツボルグ王国特使イルギリ侯爵殿が、我が国とツボルグとの親睦の証として持ってきた花瓶です。」
「ですが王女殿下、これは・・」
これは・・何だろう?
何しろその花瓶は、横たえられた箱の中で割れていたのだ。真ん中に何かが落ちたかのように上半分が割れ、破片が下半分にたまっている。装飾に付いていた像らしきものも同じく粉々で、破片と一緒に落ちていた。これが親睦の証とは?
「花瓶を披露しようと箱の蓋を開けると、このようなことになっていたのです。」
「運んでくる途中で壊れたってことですか?」
「イルギリ侯爵殿は大広間で謁見する前に確かめたときには何事もなかった、謁見するまでこれを運ばせた、我が国の者が何か粗相をしでかしたのに違いないという。」王太子様はため息をついてソファに寄りかかった。「言いがかりだ。」
「運ぶ最中に粗相って・・この箱の蓋、堅いじゃないですか。蓋の上から中の花瓶だけ壊したってこと?」
無理でしょ。
「花瓶を割るには箱の蓋を開けねばならぬが、運んでいた者・・侍従のマーカスというのだが、マーカスはイルギリ殿のすぐあとを歩き、その後ろには我が国の文官とツボルグの使節団が並んで歩いていた。文官達は、マーカスに不審な動きは一切無かったと言っている。そもそも箱はさらに布でくるまれてもいたのだ。歩きながら布を取り、蓋を外し、花瓶を割る?そして蓋と布を元に戻す?余人の目がある中、そんなことはできるわけがない。」
「ちなみにツボルグの方達は・・」
「王都の景色に目を奪われ、マーカスのことは見ていないと言う。皆、口をそろえてな。」
「皆って・・そんなことありますかね。」
「ええ。ウェルトの言う通り、言いがかりでしょう。いえ、私ははじめからこの筋書きを持って我が国に来たのではないかと考えています。」
そう言ったのは王妃様だった。以前会ったときのような満月のような柔らかな感じはなく、三日月のような怜悧さを感じる。
「言いがかりをつけにわざわ来たってことですか?なんでまた、そんな・・」
「おそらく我が国とガルトニ王国とを分断するため。」
「分断・・」
と、王女様が立ち上がり、王太子様の机の上から紙を持ってきて花瓶の脇に広げた。
「これは・・」
「私達が住むエリオデ大陸の地図です。貴女にお願いをするためにも、この大陸の情勢を少しお話した方が良いと思います。お母様、よろしいですか?」
王妃様がうなずいた。
私は地図を見た。
オーストラリアを丸っこくしたような形の陸地が、Tの字型に流れる大きな川で3つに区切られている。Tの横棒から上はほとんどが薄い黄色で塗られている。
「それがガルトニ王国です。そして大河エリリューを挟んだ南半分の中央に位置するのが我が国ヴェルトロアです。」白い指が王国東側の小さな木が描かれて黒っぽくなっている部分を指さす。「ここは“深き森”と呼ばれる広大な森です。これを国境として我が国の東に位置するのが、ツボルグ王国です。」
Tの縦棒が西にずれているため、大陸の南半分は一対二に分けられている。ヴェルトロア王国とツボルグ王国で三分の二をさらに二分しているのだが、“深き森”がヴェルトロア王国領となっているため、ツボルグ王国の方が狭くなっている。
「ツボルグ王国は古来商業が盛んなことと、それ故の計算高い国民性で知られています。そしてその頂点に立つツボルグ王家は冷淡な策謀好きと聞きます。しかも猜疑心が強く、常にガルトニか我が国が侵略してくると疑っているとか。」
王女様がお茶で喉を潤し、その間は王妃様が補足する。
「事実、30年ほど前ガルトニが侵攻し、エリリュー川の北に持っていたシャマル地方を割譲させられたという苦い経験をしているので、その心配はもっともなのですが、我が国に関してはその心配は無用です。国力を考えれば侵攻などと無駄なまねをする余地はありません。ですが、ガルトニは我が国と堅い友好を結んだ・・いえ、結ぶことに近い将来なります。エルデリンデ、続きを。」
ちょっと頬を赤くした王女様がうなずいた。
「私とヨシュアス殿下の婚姻が正式に成立すれば、両国は同盟関係となります。大陸第一と第二の王国が手を結び、今度こそ侵攻してくると疑っていると思われます。」
なるほど。すると花瓶は。
「親睦の印を台無しにしたとして、イルギリ侯爵は代償を要求しました。かの国には王太子殿がいるのですが、私をその妻にもらい受けたいとのことでした。」
「「えっ!」」
私とクローネさんは同時にのけぞった。
「花瓶一つで王女様をもらうって・・どういうこと?!なんでそういう話になるの?!」
「なんでも、ツボルグ王宮秘蔵の国宝級の花瓶なのだそうです。割れたことは不問に付し、ツボルグの国王には自分が何とか取りなすが、花瓶の贈与で強化されるべきだった両国の友好を、婚姻にて強化しようというのが特使殿の言い分です。」
「そうして、ガルトニ王国と我が国の分断を図ると・・」クローネさんは首傾げた。「しかし、王女殿下とヨシュアス王太子殿下のことはまだ公にはされていないはずでは?」
王妃様はうなずいた。
「なぜ二人のことがツボルグに漏れ聞こえたかは、一考の余地があります。」
室内に不穏な空気が流れた。それって・・
「ちなみに、その王太子様ってどんな人ですか?」
王妃様が答えた。
「45歳で、すでに王太子妃と王女がいらっしゃいます。大陸第二の国の王女を側室にはできないでしょうから、今の王太子妃を追いやってしまうことにもなりかねません。」
そうなると、王女様も向こうのお妃様とお子さんもかわいそうだ。
王妃様は静かに続ける。
「では、ここで花瓶の話に戻ります。謁見の際、ラルドウェルトの補助として宰相のマースデ殿がおりました。国王陛下に忠誠が篤く、深い見識と巧みな弁舌をお持ちです。ゆえにイルギリ侯爵と交渉し、王女や国王陛下にお伺いを立ててから返答するとして、2日の猶予を引き出してくれました。この2日で、花瓶を修復します。」
「修復、ですか。」
「ええ。それで貴女へのお願いなのです。この割れた花瓶を元の形に組み立ててほしいのです。できるだけ早く。」
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