第3話 1日目 会社

出社したが、いつもと雰囲気が違った。

俺は、会社に出るのは遅い。ギリギリ一歩手前でタイムカードを切り。無駄に朝早く、会社に出ているヤツは無能。時間の使い方が下手くそ。満員電車に乗りたくないからとか、理由を並べるけど、会社から遠い所に住居を構えているのが悪い。

だから………殆どの社員が出社している筈なのに………3割程しかいない。

その3割も何だか冴えない顔して、仕事をしている。

なんだ?

何かあったのか?

疑念が頭にあったが、改めて聞ける同期も居ない。仕方ないので給湯室に向かい、救急箱を探す事にした。


「救急箱は何処だったかなぁ?」


昔、咳が止まらんかった事があった。そこで救急箱の咳止めを作った記憶があった。まぁ。安物で、全然効かずに早退したが。

給湯室に行くと、若い事務員さんがタバコを吹かしていた。確か、派遣の子で男性社員に狙われている子だった。見た目は誰が見ても若く、やはり若いとあって、肌がピチピチしている。白い肌も遊んでいませんと身の潔白を証明する様だと、もっぱらの噂だった。

こんな所で、会えるのはラッキーと思ったが、ここはタバコ禁止だ。

昔はオッケーだったのかもしれないけど、喫煙所と禁煙者の抗議でタバコは喫煙所となった。

けど、これはある意味、良いチャンスだ。注意というキッカケを作れる。別にワンチャンを狙う気はないけど、一回くらいは食事をしたい。そうすれば、俺の株が上がる。

出来る人間ほど、コミュニケーション能力が長けているモノだ。若い派遣の子と食事。

周囲からコミュニケーションお化けと言われるに違いない。


「よっ!」


キザに声を掛ける。

如何にも、これから注意するぞと言わばかりのキザさだ。勿論、激怒する訳ではないから、ちょっと軽い感じに見られれば、オッケーだ。


「あ、原野さん」

「おはよう。タバコかい?」

「あ、ああ〜そうですよね? ここ禁止でしたっけ?」


彼女は水道でタバコを消し、燃える側のゴミ箱に入れた。

気まずいのか、早く給湯室から出ようとしている。いやいや、それでは誰かが入って来たら、俺が喫煙したと思われてしまう。

それに目的はそこではない。


「タバコは良いさ。それより、救急箱を知らないかい? 今日、電車で怪我してね。取り敢えず、黙っててね。労災になったら、会社から怒られちゃうしね?」


少し笑顔で言う。

タバコも秘密にするという事も、敢えて含ませているけど、彼女は分かるだろうか?


「怪我をされたのですか? 大丈夫ですか? あとタバコの事は、もうしませんので、互い秘密でお願いします」

「ああ、勿論。救急箱が何処にあるか分かるかい?」

「分かります。私で良けば手当しますよ? 昔、看護婦をしてたので」

「へぇ。だったら、看護婦の方が儲かるのに、どうして派遣を? しかも業種が全然違うでしょ? ウチの会社なんて」


看護婦さんだったのか。

だから少しエロい雰囲気があったのか? 男性社員に人気の理由が分かる。男はみんな好きなんだよなぁ。ナース。

彼女は、俺と話しながら救急箱を棚から出し、手当をしてくれた。

テキパキと的確な手当で、看護婦だったという事が分かる。


「色々あって、医療業界で働きたくないんですよ」

「ほう。じゃ、今度、飲みに行った時にその話を聞こうかなぁ?」

「面白くないですよ?」

「いいさ。面白くない話でも俺は聞くし」

「ありがとうございます。あ、あの〜もし宜しければ、その傷って、人に噛まれたとかじゃないですよね?」

「ん? なんで? 多分違うと思うよ? そんな風に見えるけど満員電車の中で、噛むなんてちょっと普通じゃないでしょ?」


俺は笑いながら、言う。

実は、俺も噛まれたと思っている。しかも人間の噛み跡だと予測しているんだ。彼女が口に出した瞬間、誤魔化してしまった。

変な噂でも立てられたら、沽券に関わる。出来るだけ、穏便な怪我という事にしたい。


「そう、ですか」


彼女は顔を下に向け、給湯室を出て行った。

何だろ?

ちょっと意味ありげな感じだったけど。

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