_∴_そして、変わらないもの_
しばらくして、社会はゆっくりと変化の時を迎え始めた。
西方、東方、南方はそれぞれの体制を維持しながらも、人や情報の流動性を高め、エノンズワードの教義も見直された事により、禁じられていた科学技術の再興も少しずつ慎重に行われ始めた。
そうした流れの中でゲヘナにおいても、街の復興が始められていた。
この地については改めて絶対的な中立が確認され、シェムハザの変化した宝石の大樹は超国家的な代表組織による管理の下、研究が進められることとなった。
その治安維持のための組織として”ゲヘナ・ガード”が発足し、必要最小限にして十分な戦力として少数の場馴れしたネフィリムたちが集められることとなった。
「……良かったのですか、シシ、ヨーラ? あなたたちはもう、これ以上の戦いからは身を引くつもりだったのでは?」
白でも黒でもない、ミドルグレーの制服に身を包んだアレクサが、同じ制服を着た二人を振り返って聞いた。
「そのつもりだったけど、どうせ他に食い扶持の見つけ方もロクに知らないしな」
「それに、もう大きな戦いは起こらないだろうし、私たちがここに居ることで抑止力、ってのにもなるんでしょ? この力が人を傷つけるためだけじゃなくて、人助けにも使えるんなら、私は喜んでそうしたい。アレクサちゃんと一緒にも居たいし」
その二人の言葉にアレクサは微笑んで頷いた。
そのすぐ後、その場を通り掛かったリュゼが明るく声を掛けた。
「よう、皆お揃いじゃん。これからよろしくね」
そう言って同じ制服に身を包んだリュゼは握手を求めて手を差し出した。
一方、ついこの間まで敵同士だった相手からそんな屈託の無い態度を取られ、シシは調子を崩したように苦笑を零しながら、その手をすぐには取らず、じっと見つめた。
「まあ、あんたらとも色々あったしさ、全部は水に流せないとしても、どうにか上手い落としどころを見つけていこうよ。変に自分の全部を押し通そうとして無駄に傷つけ合うより、お互いちょっとずつでも我慢というか、譲歩し合いながら平和に過ごす方がやっぱ賢いと思うんだ、私は」
いつもの軽い調子でリュゼはそう話し、シシもそれに頷いて差し出された手を握り返した。
そこに、アレクサとヨーラも手を重ね、頷いた。
「あーあ、なんかこう、不完全燃焼な感じね」
誓約騎士隊の詰め所で、ガリウスが大きな体を小さく折りたたんで床に座りながら呟くと、その横でレシアが同調して言葉を零した。
「分かる分かる。あたしもなんか暴れたりねーって言うか、手応えの無い雑魚蹴散らしたのと、あのゴシェナイトとか言うのに一方的にボコられただけで、何かスッキリしないスもん」
それからレシアは少し離れた場所に佇むディットの方を向き、呼び掛けた。
「というわけでルーキー、お前ぶん殴……じゃないや、訓練付き合え!」
「あ、私も私も。ルーキー君も今一歩活躍しきれなかったみたいだし、センパイの愛のムチでビシバシ鍛えてあげないと」
そんな二人に、ディットは呆れたように抗議の声を上げる。
「良いところをアゼルに持っていかれたのは確かですけど、僕だって頑張ったんですよ。いい加減にルーキー呼ばわりは止めてくださいよ」
「うるさい。ルーキーが生意気言うな」
ディットは溜め息をつき、部屋の反対側で薄笑いを浮かべながら一連のやり取りを眺めているリフィーシュへと助けを求めた。
「隊長、何とかしてください。隊長、約束してくれましたよね? 十分な働きができたら、ルーキー扱い卒業だって」
「覚えが無いな。そもそも、お前は本当にそれに相応しい活躍をしたのか? ルーキー?」
ディットはまたも大きく溜め息をつき、それ以上は何も言葉が出てこなかった。
それに追い打ちを掛けるように、ラケンがニヤけた笑みを浮かべながら口を挟んで言った。
「ならこうしよう。お前一人で俺達四人を一遍に相手にして、圧倒できたら今度こそルーキー卒業だ」
「……無茶苦茶ですよ。結局皆さん、自分のストレス発散がしたいだけでしょう?」
「お? 自信が無いのか? そんなんでクリュー様の専属騎士が務まるのか?」
「……なんか乗せられてるみたいで癪ですけど、そういう挑発をされれば言い返したくはなります。いいですよ、皆さんみたいなヘラヘラした軽薄な先輩方なんか、すぐに追い越して見せます。いつまでも僕の事、ルーキーだと思って見くびっていると後悔しますよ」
「おーおー、一丁前の口をききやがる。まったく、叩きがいのある杭だな、お前は。よし、一丁揉んでやる。行くぞ、来い」
そんな騎士たちの喧騒を遠くに聞きながら、クリューとクシストロスの二人は、屋内庭園の真ん中で二人の時間を過ごしていた。
「……そういうわけで、これからは留守にすることが増えるだろう。お前にも不便を掛けるかもしれない」
「大丈夫よ。私だって何時までも子供じゃない。自分の面倒ぐらい、自分で見れる」
「頼りになる騎士もいるしな」
「まだまだ半人前だけどね」
その言葉にクシストロスは鼻を鳴らし、視線を上げた。
クリューもそれを追って、ガラス天井越しに青空を仰ぎ見る。
以前感じていた檻のような圧迫感はもう感じてはいないが、それでもやはり、この庭園は狭苦しいことには違いない。
「……ねえ、ひとつ、ワガママを言ってもいい?」
「何だ?」
「外に、もっと広い花園を作りたい」
「そんな事か。すぐに作らせよう」
「違うの。私が自分で青空の下で土を弄って、種を植えて、一から自力でやってみたい」
「一人では無理だろう」
「かもしれない。でも、まずは一人でやれるだけやってみたい。それで駄目なら、誰かに頼んで力を借りる」
「まあ、お前の人生だ。お前のしたいようにしてみればいい」
「ありがとう、お父さん」
そう言ってクリューは屈託なく笑い、クシストロスもそれに照れたようなぎこちない苦笑まじりの表情で返す。
「……色々あったけど、私、やっぱり生まれてきて良かったと思う」
その言葉にクシストロスは目を細めて、また空を見上げた。
「あの子も、そう思ってくれているだろうか」
「当然でしょ。今頃向こうで全力で人生謳歌しているんじゃない? あいつが一緒なんだから、もう心配なんかいらないでしょ」
クシストロスはそれに同意するように、西方の彼方を見つめ、ただ黙って頷いた。
「……わあ、凄く良い感じです。似合ってますよ」
ミドルグレーの制服を着たアゼルの全身を見つめ、セフィが顔をほころばせて言った。
「そうかな? こういうピシっとした恰好って初めてだから、なんか落ち着かないけど」
そう言いながらアゼルは自分の体を見下ろし、照れ笑いを浮かべた。
「そろそろ時間じゃないですか?」
「そうだな。それじゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
そう言って扉を開けたアゼルの目の前にはネフィリム隊のアゼルのものとはまた違う制服を着たコレとゴディの姿があり、双方はお互いに驚いて飛び退く形になった。
「おっと、失礼しましたアニキ。もう準備は万端で?」
咳払いをして調子を戻して言ったコレに、アゼルは苦笑しながら頷き、扉の向こうへと歩き出した。
「へ、へへ、どうも、アゼルさん。これからも改めてよろしくお願いします」
居心地の悪そうな乾いた笑いを浮かべながらそう挨拶するゴディに、アゼルは苦笑いしながら答えた。
「よしてくれ。あんたにそんな態度を取られちゃ、やり辛くて敵わない。前みたいに乱暴過ぎるのはともかく、普通にしてくれてりゃそれでいいよ」
「へ、へへ、善処します」
三人が明るく笑いながら去っていくのを、セフィも微笑みながら見送った。
それからセフィは視線を上げ、シェムハザの大樹を見上げた。
宝石の煌めきの向こうには澄んだ青空が広がり、枝葉の間からは暖かな陽の光が優しく零れ落ちている。
時が巡り、人が交わり、世界が廻る。
その中で移り変わっていくもの、決して変わらないもの。
セフィはその光景を、心の底から美しいものと思った――。
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