_51_クリア・パッセイジ_


「……随分と探し回ったよ」


 そよ風に波打つ草を掻き分けて進み、ガントはようやく目当ての場所へと辿り着いた。


「そんなに分かりづらい場所だろうか?」


 その邸宅のテラスで優雅に安楽椅子を揺らす老人が、旧友を迎えるように柔和な態度で答えた。

 その態度にガントは苛立ちを募らせ、足を速めた。


「近くの街からロクな目印も無い草原を、どれだけの距離と時間移動し続けたと思ってるんだ。よくこんなとこに住もうと思えるな」


「そうか? 私には、騒々しい都会よりも、ここの環境の方がよっぽど心地よく感じるが」


 ガントはそれにただ鼻を鳴らすだけで応え、後から続いて来た数名の兵士たちをその場に待機させつつ、老人の居るテラスへと上がった。

 そんなガントに老人は飲み物を勧め、ガントはそれをためらうことなく一気に喉に流し込むと、老人の隣の椅子に黙って腰を掛けた。


「それで? 私はあの雑然とした都会に引き戻され、裁判にでも掛けられるのだろうか?」


「お望みとあらば、そんな面倒な手続きは全部すっ飛ばして、すぐに処刑台に連れてってやってもいいがな。その前にまず、あんたには色々と聞いておきたい事がある」


「と言うと?」


「一連の茶番の、どこからどこまでがあんたの思惑の通りだった?」


 その質問に老人は愉快そうに笑い、それがガントを一層苛立たせた。


「……こうなってほしい、とは思っていたが、実際にこうなると信じてはいなかった。と言ったところだろうか。下らない淀んだ欺瞞は白日の下に晒され、ヒトはゴーレムと、そしてシェムハザとの和解の第一歩を進める事ができた。ゴシェナイトはこれから真のエメラルド・タブレットたるシェムハザから多くを学び、この星の導き手として成長してくれることだろう。そして、準備の整った者から順にネクサスを通じてそこに合流していき、いずれはこの星の全ての知性はそれぞれの個を保ったまま、洗練されたひとつの繋がりの中に収束していくと同時に、どこまでも拡散していく。これからこの星の知性たちは、醜いエゴに塗れた長い幼年期を終え、より成熟した知性集合へと覚醒していく段階に入る。しかしそれには、まだ何千年、あるいは何万年もかかる事だろう。……惜しむらくは、私はそれを、私自身の目で見てみたかった」


「なるほど。耄碌老人がこんな僻地で孤独に過ごしていると、そんな妄想に憑りつかれるようになるのか。勉強になるな」


 その皮肉に、老人は何処か他人事のようにクツクツと笑い声を立てた。


「老い故に焦りが強すぎたのだろうな。もっと若ければ、もっと穏便で人々の痛みも自覚も伴わない、”ずる賢いやり方”を受け入れもしたのだろうが。まあ、今更言い訳はしない。罪は罪だ。煮るなり焼くなり、好きにしたまえ」


「ああ、そのつもりだ。あんたには、罰を受けてもらう。あんたには、あんたがぶっ潰したものを全て、元通り以上に完璧に修復してもらう」


 露骨に苛立ちを露わにそう宣言するガントに、老人は興味深い顔をして、聞き返す。


「修復?」


「ヒトはそんな急には変われない。俺達にはまだ、連合もエノンズワードも必要だ。アルカディアも、ヘイヴンも。社会にこれ以上の無用の混乱を避けるために、大まかな枠組みはそのままに、しかしより柔軟で融通の利く仕組みに立て直す必要がある。これまでの千年を教訓に、人類がこれからの千年をより賢く生きるために。あんたと、クシストロス、アメトリン、ガルフ……、名も無き市民一人一人。今回の件に責任のある連中全員に、それをやってもらう」


「私は、それほど多くの時間が残されているわけではないのだよ?」


「うるさい。黙って従え。あんたが無茶苦茶やってくれたお陰で、まだあちこちに火が燻り続けてる。形振り構ってる余裕はないんだ。使えるものは、なんでも使う」


「まったく、人使いの荒い男だ」


「どうせ、そこまで含めて全部あんたの計画の内だったんだろ?」


「それは、流石に買い被りが過ぎるな」


 そう言うとアトルバーンはしっかりとした動きで立ち上がり、歩き出した。


「そうと決まれば、早く私を連行してくれ。限りある時間は、有意義に使わなくては」


「よく言うぜ。まったく、食えねえ爺さんだ」


 ガントもそれを追って立ち上がり、手振りで兵士たちに指示を出しつつ、邸宅を後にした。





「……結局、シェムハザとは何だったのでしょう?」


 カストリアの湖畔。その水面を見つめながら、アメトリンはそっと呟くように傍らのカルサイトに尋ねた。

 それに対し、カルサイトは大して興味もなさそうに小石を湖に放り投げて遊びながら、答えた。


「さあね。単純にこの星に迷い込んだ何かか、誰かからの善意の贈り物か、あるいは同化のためのトラップか、はたまた……。まあ、その内ゴシェナイトが何か見つけるんじゃないかい?」


「ゴシェナイト……、エメラルドの秘匿されていたはずの未完成の遺児。……アトルバーンが遺跡で発見した私たちやタブレットは、あなたがエノンの目を盗んで残しておいた物でしょう? 加えて言えば、セフィロトの東方派遣さえもあなたの差し金によるものだと私は捉えています。それもこれも、何もかもすべて、セラハの思い描いた超人計画のためのものだったのですか? 私たちは皆、それに踊らされていた?」


「私はそれほど暇ではないし、それほど完全にセラハの性質を引き継いでいるわけでもない。セラハ本人は千年以上前に死んだ。死んだ人間は、人の心に残り続ける以上の事など、何もできやしないよ」


 その答えにアメトリンは納得できない様子ながら、それ以上の追及はせず、話題を変えて言った。


「これから、あなたはどうするのですか?」


「何も変わらないさ。今まで通りだ。期待を掛けていたアゼルはまだヒトであり続ける方を選んだようだが、遅かれ早かれヒトは変わっていく。私はそれを眺めながら、エノンの傍でセラハごっこをして遊びながら時間を潰すさ。最近、家族ごっこも板について楽しくなってきたしね。まだまだ興味の対象は沢山ある」


「……私は、上手くやれるでしょうか」


「気負いする必要は無いさ。独りでやるわけじゃないのだし、それほど情勢が危機的に逼迫しているというわけでもない。一通りのガス抜きは済んでいるんだ。焦らずゆっくりと正解を議論していけばいい」


「そうですね。そう信じて、やってみます。いい加減に私も、前を向いて進まなければいけない」


「その意気さ」


 カルサイトはそう言って笑い、最後にもう一度小石を放った。

 それは湖面を何度か跳ねた後、大きな水しぶきを上げて沈み、そのしぶきは陽の光を受けてキラキラと輝いた。

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