_48_イントゥ・ザ・スパークリング・ライト_


 ゴシェナイトが光の井戸へ消えたすぐあと、クリューに肩を借りて一歩一歩全身を引きずるようにして、アゼルもその場へと辿り着いた。


 その姿を、アメトリンが茫然とした様子で見つめる。


「お前がセリオンの親玉か? セフィを攫って、どうするつもりだ」


 アメトリンはそれには答えず、ただ視線を井戸の方へと向け、それから小さく呟いた。


「……トランス・アゼル。セラハの望んだ超人類の先駆者。あるいは、あなたになら、世界を変えられるのかもしれない。どうか、あの子を止めてください」


 その意味の分からない呟きに、アゼルは憤りを爆発させる。


「どいつもこいつも、訳の分からねえ事ばかり! 自分勝手なワガママに他人を巻き込んでおいて、一人で勝手に訳知り顔で! そういうの、腹立つんだよ! 俺はただのアゼルだ。それ以外の何者でもない。お前だって、あの変な奴だって、誰だってそうだ。自分勝手な屁理屈に他人を巻き込んで、それで何かが変えられると本気で思ってんのかよ」


 それを言い終わるのと同時に、アゼルとクリューは光の縁へと辿り着き、足を止めた。


「行こう」


 その短いアゼルの言葉に、クリューはしっかりと頷いた。


「うん」


 そして、二人は倒れこむように光の中に飛び込んでいった。





 光に包まれ降下しながら、アゼルは全身を焼かれるような痛みを感じていた。

 けれど、それはただ苦しいだけのものではなく、自分の使い物にならなくなった細胞を焼き捨て、代わりにより新しく、より完全なものへと作り変えられていくための代謝が行われているような、そんな心地良い感覚を伴うものだった。


 足が静かに地に触れるころには、アゼルはすっかり活力を取り戻していた。


 そして、二人は視線を上げ、それを見つめた。


 差し渡し五メートルほどはある、巨大な大十二面体のオブジェ。

 辺りには、眩い光を絶え間なく瞬かせるその物体の他には、誰の姿も無かった。


「……あれが、シェムハザ?」


 とりあえずアゼルは他にどうしようもなく、その物体へと近づき、それにそっと手を触れてみることにした。


 温かくも無く、冷たくも無く、触っている感触すらロクに感じられない、いやに実在感の薄い物体。


「……で、どうすりゃいいんだ?」


 アゼルは困惑し、クリューにそう尋ねるが、クリューの方も理解が追いついていない様子だった。


「分かんないわよ。でも、セフィも、あの敵も、ここに来たはずなんでしょ。何かあるはず。考えるのよ」


「考える、っつったって……」


 全く解決策が浮かばないまま、アゼルはじっとシェムハザの放つ輝きに視線を凝らし、それの放つフォティアに感覚を研ぎ澄ませる。


 すると、その向こうに何かが潜んでいるのを感じ、アゼルは必死にそれを確かめようと更に感覚を研ぎ澄ませていく。


『私を感じたまえ、アゼル。その繋がりを意識し、放さず、しっかりと辿るんだ。かつてセフィを感じ、跳躍したように』


 突然アゼルの頭の中にそのような意味に感じられる声のようなものが浸透し、アゼルはその意味を考えるよりも早く、感覚的にそれに従い、実行した。


 次の瞬間、アゼルの意識は光に包まれて拡張され、何処までも広がっていくような感覚と、それとは反対に極めて微細な一点へと収束していくような感覚を、互いに矛盾することなく、同時並行的に感じていた。


 それは一瞬のようにも、永遠のようにも感じられたが、いずれにせよ、いつの間にかに終わっていた。


 気が付いた時には、アゼルは光の満ちた空間に、独りでいた。


 辺りを見渡しても、何も、誰も、居ない。シェムハザも、クリューも、セフィも、あの敵も。


 それどころか、そこには上も下もなく、変にフワフワとした浮遊感に包まれ、時間の流れすらも感じられはしない。


 自分をここへと導いた声もあれ以来聞こえず、アゼルはただ途方に暮れるしかなかった。





 暗闇の中、ふいにアレクサは目を覚ました。


 軋む体に鞭を打ち、どうにか自分に覆いかぶさる瓦礫をどかし、立ち上がる。


 機体は尚も危機的状況にあり、再起動に成功したのは奇跡というほかない。


「まだ、何も終わってはいない。まだ、私は……!」


 よろけながらも足を踏み出し、前へと進む。


「私は……、変えて見せなければならない……!」





 ゴシェナイトは、そこに存在する無尽蔵の知識と、それを処理する限界の無い知性の在り方に、圧倒されていた。


 その輝きに魅せられたゴシェナイトは、それを我が物とすべく、ゆっくりと慎重に手を伸ばし、そこに自分を重ねていく。

 シェムハザもそれを受け入れるように無数の触手を展開し、ゴシェナイトの体を包み込んでいく。


 そうしてシェムハザの深奥を覗き込んだゴシェナイトは、そこにひとつの人影を見つけた。


 自分自身を。

 シェムハザによって解析され、再現されたもう一人の自分。


 それが自分を見つめ、その瞳に映る自分は、それを見つめている。

 それが合わせ鏡のように無限に続き、そのループの一回毎に、シェムハザの抱える無限の叡智の片鱗が自分の中へと注ぎ込まれてくる。


 それはすぐにゴシェナイト本来の処理能力を超えるが、それで情報の流入は止まるどころか、逆に勢いを増していく。


 ゴシェナイトの精神が飽和していく中、突然、目の前のそれが悲鳴を上げ始めた。

 そして、その瞳に映る姿も、同じように悲鳴を上げていた。





 突然周囲にけたたましい悲鳴が響き渡り、アゼルは咄嗟に身構えた。


 次の瞬間、目の前の虚空から何者かが半狂乱で襲い掛かり、アゼルはその攻撃を受け止めながら、相手に向かった。


「ゴシェナイト?」


 先ほどまで戦っていた敵。

 知らないはずのその名前を知っている事に、アゼルは不思議と驚かなかった。

 それどころか、感覚を研ぎ澄ませれば、相手の何もかもが感じられそうなぐらいだった。


 血にまみれたヒトの歴史への侮蔑。自分を狭い限界に束縛し続けた者達への敵意。

 肥大化し過ぎた自我。他者という存在への根本的な違和感と恐怖。


 それらに折り合いを付けられないまま拗らせた末の、強い被害者意識故の加害性向。


「知るかよ、そんなこと! お前なんかに構ってる暇は無いんだよ、こっちは!」


 アゼルは尚も絶叫を上げ、闇雲に襲い掛かってくるそれにカウンターを浴びせ、一気に投げ飛ばすが、相手は全くダメージを感じていない風でまた襲いかかろうとしてくる。


「自分が本当に賢いと思ってるなら、誰もが皆納得のいく答えを示して見せろ! それができないくせに、驕って他人を否定して、何様のつもりだ!」


 アゼルは向かってくるゴシェナイトの攻撃を軽くかわし、そのまま堅く握った拳で、相手の顔面を真っ直ぐに打ち付けた。


 物凄い衝撃が虚空を震わせる中、ゴシェナイトは歯を食いしばって踏みとどまり、拳を握った。

 それを迎え撃つため、アゼルももう一度拳を握り、振りかぶる。


 二人が同時に拳を繰り出した時、突然二人の間の虚空が破れ、そこから眩い光が溢れ出した。


 その光に視界を奪われる中、構わずに突き出したアゼルの拳が、何か堅い物に当たり、防がれ、止められた。





「……アレクサ?」


 アゼルとゴシェナイトの間に現れ、両者の拳を手で受け止めたアレクサは、呆気に取られてそう呟くアゼルに向かって小さく頷くと、その手を放して両手でゴシェナイトの体を抱き、その身動きを抑えた。


 尚も狂乱し、暴れるゴシェナイトを優しくなだめ、諭すように、アレクサは穏やかな声を掛ける。


「落ち着いて、ゴシェナイト。自分自身を見失ってはいけない。シェムハザを、今の自分に理解のできない他者を恐れては駄目。恐れが焦りを生み、全てを一度に理解しようとするから、痞えるのです。一つずつ、ゆっくりと時間をかけて飲み込んでいけばいい」


 そう言ってアレクサは、ゴシェナイトに自分の精神を慎重に接続し、そこにかつての自身の経験から精製した、対シェムハザ接触のノウハウをゆっくりと流し込み、継承させた。


 それが一応の応急薬となったようで、ゴシェナイトは少しずつ落ち着きを取り戻し、やがて憔悴した様子で項垂れ、静かになった。


「……もう、大丈夫です」


 安心した様子でアゼルに向かい、そう言うアレクサに対して、アゼルは呆れたような、あるいは半分怒ったような、そんな声で返した。


「何が大丈夫だよ。俺はここにセフィを連れ戻しに来たんだ。そんな奴はどうだっていい」


 そう言って軽く溜め息をつき、アゼルは改めて周囲に視線を走らせた。


「セフィは何処に居る? アレクサ、お前は何か知らないのか?」


「……申し訳ありません、私には分かりません。今、彼女もこの情報領域に存在しているのは確かなのでしょうが、この領域自体が余りにも広く、深すぎる。あなたに彼女を感じられないのなら、私にはどうしようもない」


「……セフィを、感じる?」


 その言葉に、アゼルは意識を集中するように、静かに目を閉じた。





 アゼルは自分の感覚を可能な限り研ぎ澄まし、発散させ、虚空の全方位を探査していった。


 何の成果も得られないままに焦りだけが募り、アゼルは思わず遠吠えのような叫びを上げそうになった。


 しかしその瞬間、アゼルはセフィのように感じられる存在を見つけ、遠吠えの代わりに歓喜の声を張り上げた。


「セフィ!?」


『……アゼル!?』


 しかし、返ってきたその声は、セフィのものではなかった。

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