_46_ストラグル_
ゲヘナ蓋部構造の下へと潜り込んだゴシェナイトは、眼下の光景に目を走らせながら、ゆっくりとその体をシェムハザの居る最底面へ向けて降下させていった。
巨大なクレーターの内部に、シェムハザを中心に種々の研究施設の残骸が広がる地下遺跡群。
電灯が生きていればヘイヴンのシェルターに近い見た目なのかもしれないが、今はピカクスによって灯されたランプの火がそこかしこで揺れているだけで、ある種おどろおどろしい雰囲気が漂っているようにも感じられる。
その光景に、ゴシェナイトは以前ヘイヴンのライブラリで参照したことのある、太古の悪魔崇拝の儀式を描いた画像を思い出していた。
「堕天使が罰として封じられた地の底。なるほど、確かにそういう連想をしてしまうのも仕方ないのかもね」
ゴシェナイトは変な事に関心しつつ、降下を続けていると、すぐに目的の施設が目に入って来た。
シェムハザの隔離施設。何重もの無骨な分厚い隔壁の塊。
恐らくは終端戦争後の混乱の中、慌てて間に合わせで作られたものなのだろう。
それは頑丈そうな見た目とは裏腹に、結局は肝心のフォティアに関しては完全に筒抜けの有様だった。
薄暗がりの中、その存在にゴシェナイトは自分が閉じ込められていた檻を思い出し、嫌悪を抱いた。
「シェムハザ、今すぐあなたを解放してあげる。その代わりに、あなたには私の”代弁者”となってもらいましょう」
そう呟き、施設へと攻撃を仕掛けようとしたゴシェナイトの目に、一体の小さなゴーレムの姿が入ってきた。
「アレキサンドライト」
檻のてっぺんに立ち、生身のヒトを模した通常形態のままのその姿に近づき、ゴシェナイトは言葉を掛けた。
「どきなさい。そこに居ると、一緒に消し飛んでしまうわよ」
そう、面白そうに言うゴシェナイトに対し、アレキサンドライトはゆっくりと首を横に振った。
「止めてください、ゴシェナイト。あなたは、間違った事をしようとしている」
「いいえ、私は正しい事をしようとしている。この星から醜く汚い罪と欲を消し去り、浄化する。それが正しい事でないなら、何だと言うの? それが分からないのなら、所詮はあなたも原罪にまみれた動物を模しただけの、旧式のお人形に過ぎないという事なのでしょうね」
「……あなたは、知識だけで物事を捉え過ぎ、それに縛られてしまっている。あなたは、初めて檻を抜け出し、自分自身の目で世界を見た時、何かを感じたはずです。知識としての空の色や、太陽光の性質は完全に理解していたはずなのに、それでも自分の奥深くに沸き立つ新鮮な情報を感じ、それに歓喜したはずです」
その言葉に、ゴシェナイトは数瞬だけ沈黙し、改めて無機質な声で言葉を返した。
「それが、何だと言うの」
「感情です。この星に住む知性は皆、それぞれに固有の感情を、かけがえのない個性を持っている。あなたは、文字の上でだけ成り立つ理想に縛られ、何よりも大切なものが見えていない。あなたのしようとしている事は、恐ろしい虐殺だ。私は、あなたにそんな罪を犯してほしくない」
「くだらない。その感情こそが、全ての罪の根源でしょう。血と肉から成る獣は、その本能を満たすために、他者を蹂躙する。そのままの形で野放しにしておくのは、彼らのためにもならない」
「だから、あなたに私たちを導いてほしい」
「あなた、何を言っているの?」
「あなたは、確かに何よりも賢い存在です。だからこそ、結論を急がないでください。あなたはまだ発展途上にある。あなたはまだ、多くを経験する必要がある。そして、ヒトも、私たち旧式のゴーレムも、真理を誰かから圧しつけられるのではなく、いつか自分自身で気付けるときが来るはずです。あなたには、焦らず、もっと穏やかな視点と行動で、そんな私たちを導ける存在となってほしい」
「馬鹿馬鹿しい。至る結論が同じなら、その過程などどうなろうとも同じ事でしょう。さあ、無駄口はお終い。さっさとどきなさい」
痺れを切らしたゴシェナイトはそう告げると、今度は躊躇いなく衝撃波による攻撃を仕掛けた。
それに対し、アレクサは即座に巨人へと姿を変え、逃げることなく施設を護る盾となり、攻撃を真っ向から受け止めて見せた。
「私には、何故あなたがそんなに非合理な考えをするか分からない」
ゴシェナイトは嘲るような声でそう呟くと、一気に前方へ飛び、アレクサとの距離を詰め、徒手空拳による猛攻を仕掛けた。
その本気でもない一撃一撃をアレクサはどうにかかわしつつ、時折反撃も仕掛けてくるが、それは全く脅威に感じるようなものではなかった。
原始的な欲に縛られた獣であれば、こうして弱者をいたぶる事を楽しみもしたのかもしれないが、無垢なるゴシェナイトとしては、そんなつもりは更々無かった。
実際にフォティアに対する干渉の経験も十分に積み、もうこれ以上の準備は必要ない。
さっさと目的を達成すべく、ゴシェナイトは一気に攻勢を強めた。
しかし、その途端に上方から数体の新たなネフィリムの接近を察知したため、ゴシェナイトは一旦アレクサから間合いを取り、新手が何者かを確認するのを優先することにした。
「……この異質な感覚。なるほど、これが、アゼルと言う男」
下方で大きな力がぶつかり合うのを感じ、アゼルは一気に気を引き締めた。
「……あれがシシの言ってた奴か」
何者か知らないが、地上の惨状を引き起こした危険な存在がシェムハザと接触しようとし、肝心のセフィは今、シェムハザのもとに居る。
「よく分かんねえけど、とにかくあいつを先に排除するぞ!」
そう叫ぶとアゼルは青色に輝くマントを広げ、一気に未知の敵へと飛びかかった。
アゼルの後をリュゼもすぐに追い、攻撃を仕掛け始めた一方、残るディットは一旦距離を取り、上層の頑強そうな遺跡の隅へと、クリューを静かに下ろした。
「行ってくるよ、クリュー。危険だと思ったら、すぐに上に逃げて、隊長たちと合流してくれ」
「大丈夫、ここで見守ってる。あんなのすぐにやっつけてしまいなさい。それで、さっさと皆であのバカ姉を連れ戻して、説教してやらないと」
その言葉にディットは苦笑いしつつ、巨大な体で小さなクリューを傷つけないように慎重に体を空中に浮かべ、そのまま仲間たちのもとへと飛び立っていった。
戦闘に合流したディットは両腰の武器を飛ばし、攻撃を開始した。
より強力に進化したアゼルを中心に、自分は堅実にその援護に集中する。
以前ならば、それは屈辱な事として捉えたかもしれないが、今はそんなわだかまりも無く、純粋にそれが正しい判断だと思えていた。
敵の強力な攻撃をアゼルが盾となって引き受けてくれ、その隙に一気に踏みこみ、剣と二つの補器による攻撃を打ち込む。
それは敵に大したダメージを与えられず、逆に手痛い反撃を食らってしまうものの、ありったけの力で雄叫びを上げ、痛みを掻き消す。
そのまま勢い任せに連撃を重ね、得体の知れない敵に必死に立ち向かう。
「誓約騎士の誇りにかけて、皆の仇は取らせてもらう!」
雄叫びとともに突き出した剣の攻撃はまたも最初から読まれていたように軽くかわされ、代わりに敵はその周囲の濃密なフォティアを纏い、何らかの強力な魔法を仕掛けてこようとした。
ディットはその直撃を覚悟するも、周囲のフォティアがバチバチと物理的に火花を上げて激しく発火する一方、魔法の攻撃が飛んでくることはなかった。
「……アゼル!」
敵がそう憎々し気に叫ぶ声を聴き、ディットはまたもアゼルが自分を助けてくれた事に気付いた。
次の瞬間、油断なく敵の背後に回ったリュゼがそのパワーを生かし、一気に敵を後ろから羽交い絞めにし、声を張り上げた。
「おい、魔王のシモベ君! 今だ!」
「任せろ!」
ディットは改めて全身の力をかき集め、それを剣先の一点に集中させると、それを素早く敵に向かって突き出した。
「これで終わりだ!」
「調子に乗るな!」
しかし、敵は一気に拘束を振りほどくと、体勢を崩したリュゼを一撃で叩き潰し、そのままディットの攻撃も受け止め、逆に強烈な反撃を繰り出した。
「野蛮な獣風情が! 何故諦めない!」
全身全霊を掛けた一撃を容易く無効化され、ディットはその反撃に対して無防備を晒してしまう。
しかし、その直撃は、横から飛び出したアレクサが身代わりとなったことで防がれた。
敵の攻撃に胸を貫かれ、その場に崩れるアレクサに対し、敵は先ほどまでの澄ました態度を失い、半ば子供が地団太を踏むような狂乱を見せ始める。
「アレキサンドライト! 何をやっているの!? 何故そんな者を庇う!? あなた達は敵同士でしょう!」
胸に風穴の開いたアレクサは力を失い、光を放ちつつ元の姿へと変化しながらも、敵へと向かって掠れた声で言葉を掛けた。
「……落ち着いて、ゴシェナイト。あなたは戦ってはいけない。あなたなら、もっと利口な解決手段を見つけられるはず。誰も傷つけることなく、誰の事も否定することなく……」
「まだそんな事を言う‼」
敵は更に狂乱の度を高め、力を失った小さなアレクサへと無慈悲な追撃を重ねようとする。
それに対し、ディットの体は考えるよりも早く動き、アレクサの盾となって敵の攻撃を受けていた。
どうにか胴体への直撃は避けたものの、左肩を砕かれ、その痛みに思わず絶叫を上げてしまう。
「何よそれ! それじゃアレキサンドライトは何のために身代わりになったのよ! あなたたちは余りに非合理すぎる! 訳が分からない!」
敵は完全に取り乱し、ディットへ駄目押しの一撃を加えようともう一度身構えた。
「理性を持たない獣め! そんなどうしようもない命なら、消えてしまえばいい!」
ディットの体はもう限界を迎え、それを迎え撃つ力は残ってはいなかった。
敵の向こうからアゼルがこちらへ向かっているのが見えるが、間に合わないだろう。
案の定、敵の攻撃はこの上なく素早く、鋭く、今度は胸の真ん中へと真っ直ぐに、打ち込まれた。
「ごめんよ、クリュー……」
最期にクリューの姿を確かめようと、ディットは視線を上層へとむけるものの、そこにはクリューの姿は無く、代わりに、すぐ背後からその悲痛な叫びが響き渡った。
「ディット‼」
その叫びが地下空洞にこだまするのと同時に、クリューの体からは莫大な量のフォティアが猛烈な奔流となって吹き出し、それは辺りを満たすシェムハザのフォティアと反応し、更なる強力な暴流となって周囲に吹き荒れた。
その力が、ディットの命を励起させ、眩く輝かせていく。
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