_45_ブレイク・スルー_
「アメトリン、アレキサンドライト、その上ゴシェナイトまで出てくるとはな。お前以外のエメラルドのオモチャはすべて潰したはずだったが、何処で見落としが生じたのだろうな?」
クシストロスがそう言いながら、傍らのカルサイトへと非難の視線を向ける。
しかし、当のカルサイトはいつもの事のようにそれを軽く笑い、受け流す。
「さてね。そんなこと、私に聞かれても答えようがないさ」
「分からない、ではなく、答えられない、か?」
「それは言葉の綾と言うものだ。見当違いの深読みをしたところで、何も出ては来ないよ」
その返答に対し、クシストロスは面白くない様子で鼻を鳴らし、話を変えた。
「こうなってしまっては、確かにエノンズワードの教義はやり過ぎだったのかもな。最低限の情報通信網ぐらいはどうにかして残すべきだった。俺自身の気性どうこう以前に、こうも情報伝達にラグが生じては、後手に回らざるを得ない」
「それならそれで、どの道アトルバーンと言う男はそれも利用し、更に上をいっていたさ」
「……貴様、どちらの味方をしている?」
「誤解を恐れずに言えば、恐らく彼と私では、望んでいるものそのものは同じだろうと思う。彼の味方をするつもりは毛頭ないが、”同類”ではあるだろうな」
「トランス・ヒューマン?」
「そして、そうした存在の導きによる、世界そのものの変革。……まあ、その上で彼と私では、何よりも大きな違いが一つあるにはあるが」
「違い?」
「時間さ。私はその変化を何万年でも待ち続けられるが、彼に残された時間はもうそれほど長くは無いだろう。彼はそれに焦るあまり、事を強引に進め過ぎている。一か八かの危険な賭け、と言っていいほどに」
「老人の耄碌で世界の安定を滅茶苦茶にされてしまっては、堪らんな。……それで? 具体的には、今あそこで何が起きている? これから何が起きる? お前の見立ては?」
「恐らく、アメトリンの手引きで既にセフィはシェムハザと接触したことだろう。それ自体がすぐに何かを引き起こすわけでもないだろうが、今あの場にいるのはあの子だけではない。誰か一人でも、何か一つでも、下手を打てば第二のフラッドの発生だ。その影響がどの程度のものかは予想のしようもない。もう一つの可能性は、ゴシェナイトの啓蒙、……いや、精神的な大虐殺だな。それの成功。この星の全ての知性体は欺瞞と傲慢だけでなく、それぞれの個性すらも失い、ゴシェナイトという一つの個に統合される」
「どの道絶望的な終焉だ。他の可能性は?」
「愛と絆が、奇跡を起こす」
「何だそれは?」
突拍子もなく飛び出した、何とも俗っぽい表現にクシストロスは眉をひそめるが、カルサイトは薄い笑みを浮かべ、後を続ける。
「君の愛娘たちと、そして、アゼル。彼と彼女たちと、彼らが紡いできたものを信じたまえ。それこそが、私たちの望む真の切り札となるだろうさ。どの道、今の私たちにできる事と言えば、それぐらいの事しかないのだし」
その言葉にクシストロスは大きな溜め息をつき、改めてじっくりとカルサイトの顔を見つめた。
「……お前、本当にカルサイトだよな?」
「どういう意味だい?」
突然の質問にも、エノンの亡き妻の顔をしたゴーレムは相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべるだけだった。
「お前は、余りにもあの女に似すぎている。お前があれに似せて造られたのは、外見だけのはずだ。記憶も人格も引き継いではいないはずなのに、とてもそうは思えない」
「君は、私の中に自分の見たいものを見ているに過ぎない。それが現実であろうと、その残滓であろうと、全くの幻想であろうと」
「……かもな。正直言って、俺はお前の事が大嫌いだが、この千年、お前が傍に居てくれて助かったとも思う」
「何を急に。そんなのは、お互い様だろう」
「全員、遠慮はいらんぞ。徹底的に狩り尽くせ」
突然現れた四体のネフィリムのリーダー格、大剣を携えた鎧姿の一体がそう声を上げると、他の三体は歓声のような雄叫びを上げ、一気に銀色の集団へと襲いかかった。
「アルカディアもようやく重い腰を上げたということ……。誰も彼も、どうして私の道を阻むというの? 幸福よりも、獣の本性を優先しようだなんて」
ゴシェナイトはウンザリしたようにそう言うと、自分の同位体たちを使い、新たな敵を迎え撃つことにした。
「何よこいつら、てんで雑魚っちいじゃない。まるで歯ごたえがないわ!」
変にナヨナヨした声とは裏腹に、頑強な見た目をしたネフィリムが巨大な腕を振るい、同位体を軽く薙ぎ払っていく。
「ちょっとガーさん! 無駄にハリキリ過ぎ! あたしの分も取っといてくんないと」
それに負けじと、棒切れのようなネフィリムが手あたり次第に火や雷を放ち、同じようにこちらの戦力を次々と削いでいく。
残りの二体も無駄口は叩かないものの、着実に攻撃を重ねてくる。
何かがおかしい。
先ほどまでの対セリオンとは真逆に、今度はこちらが一方的に蹂躙されている。
ゴシェナイトはその原因を探り、すぐに一つの推測にたどり着いた。
「……クリフォト系」
自分の手元にある情報は、アレキサンドライトのものと、セフィロト系をベースとしたセリオンのもの。
クリフォト系の情報は明確に不足しており、そこを衝かれた形だろう。
改めて観察すると、その放出するフォティアの性質にも見慣れぬものがあり、そのせいで敵の魔法に対する干渉も機能せず、同位体たちがその直撃をまともに食らってしまっている。
自分の同位体たちが一体ずつ着実に削られていく中、オリジナルのゴシェナイトは空中で不動の態勢のままそれを観察し、素早く対策を講じていく。
「あなたたちが出て来てくれて、助かったわ。これで私は、クリフォト系のデータまで手に入れる事ができた。シェムハザとの接続に役立つかは分からないけれど、まあ、有って困るものでもないでしょう」
ゴシェナイトは同位体たちの犠牲と引き換えに情報を蓄えると、それを自身へとフィードバックさせ、機体を更なる変化へと導いた。
すぐさまそれを周囲の同位体たちへも伝播させようとするも、すでにその殆どは西方の誓約騎士たちに斬り捨てられてしまっていた。
仕方なく、ゴシェナイトは自身の体を降下させ、四体の騎士たちの方へと向かった。
巨人態となって長時間駆け続け、ようやくゲヘナへと辿り着いたアゼル達は、その光景に絶句した。
ビッグ・ツリーの建物は軒並み破壊され、そこかしこでは怪我人たちが瓦礫の傍で痛みに呻き声を上げている。
「何だこれ、何が起きたんだ?」
リュゼの疑問に答えられる者は無く、一同はとにかく真っ直ぐに地下へ向かおうとするも、その途中でアゼルは見知った顔を見つけ、足を止めてその巨体を屈ませた。
ミンスキンの猫と鳥。生身の二人が互いを労わるように寄り添い、瓦礫に腰を掛けている。
「お前たち、どうした。何があった?」
「……アゼル?」
「お前たちがセフィを連れ去ったんだろ。セフィは何処に居る? 無事なんだろうな」
「……シェムハザの所に居るはずだ。安心しろ、アメトリンの考えは知らないが、別に危害は加えちゃいないはずだ。……いいから、俺達に構ってる暇があったら早く地下へ行け! 何か知らねえけど、やべえ奴が後から来て、そいつもシェムハザの所に向かった。アレクサが食い止めてるはずだ。あいつを助けてやってくれ」
よく状況は分からないままだったが、満身創痍のシシが痛みに呻きながら必死にそう告げるのを聞き、アゼルはとにかくその言葉に従う事にした。
「分かった。後は俺たちに任せろ」
一方、巨体の肩と手で慎重にクリューを抱えたディットも視界の隅で傷ついた生身の騎士たちの姿を見つけ、慌ててそこへと駆け寄った。
「皆さん、大丈夫ですか!」
それに対し、先輩たちは痛みに呻きながらも必死にいつもの軽い調子を取り繕うように、笑顔を見せた。
「バカ、てめえに心配されるほど腑抜けちゃいねえよ」
ラケンの軽口に、ガリウスとレシアも続く。
「それよりあなた、そこに居るのクリュー様でしょ。何こんなとこに連れてきちゃってんのよ」
「うわ、ホントだ。幾ら離ればなれになりたくなくったって、そりゃマズイだろ」
「い、いや、僕は止めたんですよ。でもクリューが強引に……」
ディットの言い訳の言葉は自信なさげに掠れていき、それと入れ替わりにクリューが焦れた様子で声を上げた。
「いいから! 先を急ぐわよ。あんたらもそのまま少し休憩して、体力が戻ったらさっさと合流しなさい」
「うわぁ……人使い荒いよ、この姫様。流石血は争えない、ってヤツ?」
レシアの軽口にディットは苦笑いしつつ、クリューの言葉に従い、皆に軽く挨拶して先を急ごうとした。
その去り際の背中に、リフィーシュが言葉を掛けた。
「ルーキー。誓約騎士の誇りにかけて、存分な働きをしてみせろ。それができたら、ルーキー卒業だ。今度からは、名前で呼んでやる。だから、頑張れよ」
その激励にディットは背中越しに顔だけで振り返り、力強い一言で答えた。
「はい!」
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