_41_ガバナーズ・ホスピタリティ_


「……結構です。以上で所定の検査は終了しました。ご協力に感謝します。おかえりなさい、ガンティオーさん」


 室内の天井に据えられたスピーカーから入国管理官の声が響き、ガントは疲れた様子で立ち上がった。


 地上からヘイヴンへの入国に際しては、厳重なフォティアの除染と体内環境の検査が必須となる。

 その為にこの数日、ガントはこの無機質な小部屋に缶詰状態となっていた。


 今は邪魔くさい鎧も脱ぎ、薄生地の検査服を一枚纏っただけの開放的な格好ながら、不思議とガントは鎧の圧迫感を恋しく思い始めていた。


「鎧はどうなった? 除染は済んでるんだろう? ここを出ても着ていたいんだが」


 その申し出に、職員は特に戸惑う様子もなく、平然と答えた。


「勿論構いませんよ。極端なパワーアシストは無効化させてもらいますが、それでも良ければお好きにどうぞ。地上生活が長い方は皆、帰国した直後はそうなりますからね。丸裸みたいで落ち着かない、って。今そちらにお持ちします。少々お待ちください」


 それからさほど待たされることも無く、すぐに鎧一式が部屋へと運ばれてきた。

 綺麗にフォティアと汚れを落とされ、消臭もされた無菌状態のそれを手早く着こむと、ガントは指示に従ってその場を後にし、大分久しぶりの故郷へと足を踏み入れた。





 目の前に広がる光景は、記憶の中にあるものと少し違って見えた。

 より正確に言うならば、視覚情報そのものは記憶のまま変わりないが、それに対する感じ方、受け止め方が変化しているような感覚。


 入管施設の前に立ち、街の風景を眺めつつ、視線を上に上げていく。


「ここの天井って、こんなに低かったか?」


 地下に入ってまだ数日だというのに、早くも地上の抜けるような青空が恋しく思い始めていることに、ガントは思わず項垂れる。


「こんなとこ、人間の住む場所じゃないな」


 若い頃に家出同然で地上へと飛び出してから、既に人生の半分近くは地上で過ごしていることになる。

 生まれ育った故郷に対してそんな感覚を抱くことにガントは一抹の寂しさを感じるものの、それが帰郷しての最初の感想だというのは、どうしようもない事実だった。


 気が付けば、通りを行き交う人々が皆、すれ違いざまに自分に対して様々な視線を向けている。

 好奇の目、警戒の目。それぞれだが、共通するのは、こちらを見慣れぬ余所者扱いしている、という点だろう。


「場所が場所だけに、帰国者なんて大して珍しくも無いだろうに」


 そう零しながら、ガントはゆっくりと自分の鎧姿を見下ろす。


「いつの間にか、”地上人”になってたのか、俺は」


 その疎外感に対して、ガントは大した感傷を抱くこともなく、いつもの様に軽く鼻を鳴らすと、何処へともなく歩き出した。





「お待ちください、ガンティオー様」


 数歩歩いてすぐに背中越しに声を掛けられ、ガントは足を止めて振り返った。


 見覚えの無い顔。

 没個性な見た目、無機質な表情と声。


「お前は?」


「エルケイと申します。お兄様の命でお迎えに上がりました。どうぞご同行頂きますよう、お願いいたします」


 そう言うとそのゴーレムは通りに停めた小型自動車の扉を開き、ガントを招いた。


 その言葉にガントはすぐには答えず、後ろを振り返り、街の反対側にあるひときわ大きな建物を見つめた。

 シェルターは都市と呼ばれているが、実際はそう大して広大な空間ではない。ここからその目的地へも歩きでもそれほど時間は掛からない上に、乗り合いでもない個人用の自動車を使用できるのはかなり限られた人間だけだ。

 ガントはその鼻につく無駄な贅沢を内心で嫌悪しつつも、だからと言って車に乗るのを断って歩くほど意固地というわけでもなかった。


「分かった。案内してくれ」


 あの男と会うのは億劫だが、どの道遅かれ早かれ顔を合わせる必要はあるのだから、さっさと済ませてしまおう。


 ガントがそう諦めるように車の後部座席へと潜り込むと、後に続いてゴーレムも前方の座席につき、車は自動運転で走行を開始した。





 ガントを乗せた車はものの数分で目的地である総督府庁舎へ到着し、それからガントはエルケイに連れられ、徒歩で隣接する総督公邸へと移動した。


 建物の中に入ったガントはそのまま広い一室へと通され、そこでは一人の男が食事をしている最中だった。


「……悪いが、忙しい身だ。このままで話をさせてもらう。席につけ。お前の分も用意してある」


 最後に会ってから二十年近くが経つというのに、この男は全く変わらない。

 その事に辟易しながら、ガントは席につきつつ、返事をした。


「俺はいらない。それより、俺を呼び立てた理由は?」


「長い事家出していた弟がやっと帰ってきたんだ。いの一番に再開を喜びたいというのは、家族として当然のことだろう?」


 そう言う割には、声音は喜んでいるようには全く聞こえない。

 もう既にこの場を飛び出したくなり始めたガントは、さっさと本題を切り出すことにした。


「最近、アトルバーンと仲良くしてるらしいじゃないか。なんで今更ドワーフが連合の情勢に興味を持つ?」


「”ドワーフ”か……。まったく、随分と地上に染まったようだな、ガント。お前の方こそ、地上で何をしていた? まさか本当に下らん宗教などに帰依したと言うわけではあるまい?」


「金払いが良かったから居着いただけさ。ドワーフが地上で暮らすには何かと要りようだからな。それより、こっちの質問にさっさと答えろ。ガルフ、お前、何を企んでいる?」


「その暑苦しい防護服を脱ぎ、二度と地上へ出ないと約束すれば教えてやろう。それともお前は、あくまで教皇庁のスパイとして潜り込んで来ただけか?」


 その嫌味に対してガントが黙っていると、ガルフは勝ち誇ったように表情を歪ませ、口元を布巾で拭くと、ゆっくりと席を立った。


「時間だ。大切な客人との約束がある。悪いが、お前との積もる話はその後だ。それまでゆっくりと頭を冷やしているといい」


 そう言うとガルフは部屋を出て行こうとし、ガントもすぐにそれを追って席を立ち、兄に詰め寄ろうとした。

 しかし、その前にエルケイが立ちはだかる。


「どけ!」


 ガントは強引にゴーレムをどかそうとするが、相手はそれよりも強い力でガントの身柄を抑え込んだ。


「何をしやがる!」


 咄嗟にガントは鎧の出力を上げようとするが、それは入国の際に無効化されている上、このゴーレムは警備用も兼ねているらしく、いくら力を込めても歯が立たない。


「待てガルフ! まだ話は終わっちゃいない、戻れ!」


 ガントの必死の抗議にも、ガルフは一度だけ振り返って見下すように笑みを浮かべるだけで、そのまま去っていった。





「いやはや、ご無沙汰しております、閣下。そちらからわざわざお越し下さらずとも、呼んで頂ければこちらから出向きましたものを。そうすれば、またもあなた様にそのような窮屈な格好をして頂く必要も無かったでしょうに」


 全身を防護服に包んだアトルバーンを貴賓室に招き入れながら、ガルフェス総督は露骨に取り繕った、へりくだるような態度で言った。

 それに対してアトルバーンは屈託の無い好々爺そのものの笑みを浮かべ、答えた。


「お気になさらず。以前にも言った通り、私は唯の暇な老人です。随分前から実務は下の者達に任せていて、精々こうして方々に挨拶して回り、伝手を繋ぎとめておく事が今の私の唯一の仕事と言って良いぐらいだ。それに、此度の件には、あなた方の進んだ技術には大いに助けられました。私の方から直接礼を言わせてもらいに参上したのは、当然の事です」


「くどいようですが、それはお互い様というものです。我々とて、自分たち自身の得にもなるから、お力添えさせて頂いたに過ぎません。閣下、さもしいようですが、その事、よくよくお忘れなきよう、よろしくお願い致します」


「勿論ですとも。貸し借りの辻褄を合わせるというのは、商売人としてどうこう以前に、人として当然の事です。……資源と労働力。当初の契約通り、確かに履行させて頂きましょう」


「ありがとう、助かります。千年の地下暮らしの果てに、各シェルターやプラント群の物理的な維持すら難しくなりつつある中、あなた様からの申し出は本当に渡りに船そのものでした。今後とも末永く良い関係を続けさせて頂ければと存じます」


 ガルフェスがいやらしい笑みを浮かべながら話す言葉を作り笑顔で聞き流しつつ、アトルバーンはすぐ傍に無表情で佇むアルディへとさり気なく視線を送った。


 それに対してアルディは堅く冷たい表情のまま、一瞬だけ片目をつぶり、ウインクをしてみせて応えた。


「総督、よろしいでしょうか……。ゴシェナイトから入電。クラス3アラートが一件、発生したようです」


 アルディがガルフェスに近づき、耳元でそんなような事を囁くと、急にガルフェスは険しい顔を見せ、アトルバーンに一時退席の非礼を詫びた。


「アトルバーン閣下、申し訳ない。部下が使い物にならないと、心の休まる暇が無くていけませんな。すぐに戻ります。何かあれば、そのゴーレムに言い付けてください」


「私の事ならお気になさらず。トラブルは早めにきちんと対処しておかないと後が大変だ」


 そのやり取りの後、ガルフェスが頭を下げて部屋を去り、完全に扉が閉まったのを確認してからも少し待ち、アトルバーンは呆れた様子で小さな溜め息とともに言葉を吐き出した。


「……あれで裏をかいているつもりなのだろうから、恐れ入る」


 その言葉に、傍らのアルディが表情を妖しく変化させながら、クスクスと抑えた笑い声を上げる。


「所詮は洞窟モグラ。世間というものを知らないのですわ」


「君がそれを言うのかね?」


 アトルバーンが皮肉めいた笑みを浮かべながらそう言うのに対し、ゴシェナイトの意識が憑依したアルディの表情に、悪戯っぽい笑みが広がっていく。


「そうね。でももうそれもお終い。だって、そのために来て下さったのでしょう、閣下? ”お土産”、早く下さいな」


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