_35_アレクサ_
敵は三体。見慣れた猫と鳥と、あともう一体。見慣れない銀ピカの新しいヤツ。
向かってくる敵に対して、リュゼは構えを取る。
多勢に無勢とは言え、やるしかない。
「ゲヘナでの一連の件があってから、必死で鍛え直したんだ。アルデバランでバッチリ調整もしてもらったし、今更あんたらなんかに遅れを取るつもりは無いよ!」
リュゼが自分を奮い立たせるように声を張り上げると同時に、まず猫が真っ直ぐに突撃を仕掛けてきた。
それを援護するように上空から鳥が魔法で真空の刃を放ってくるが、そんなぬるい牽制程度の攻撃に一々気を取られたりはしない。
リュゼは眼前の猫に集中すると、その凄まじいスピードに乗せた鋭い爪の突きを真っ向から受け止めると、相手の胸の甲殻の凹凸を掴み、その動きを捕らえ、封じた。
「こいつ、放せ!」
「そう言われて、放すわけないだろ!」
攻撃を受けた胸の甲殻がひび割れ、その破片が宙を舞うのも気にせず、リュゼは相手を掴むのとは逆の拳を、敵の体にガムシャラに振り下ろし続けた。
「シシちゃん!」
しかし、すぐに蹂躙される仲間を助けるため、鳥が上空から猛スピードで急降下し、蹴りを仕掛けてきたため、リュゼは一旦猫を離し、その場を飛び退いた。
全身を力いっぱいに殴られ続けた猫はようやく解放されたものの、ひび割れた甲殻の隙間から翆色の血を垂れ流しながら、痛みに呻くようにその場に膝を付いた。
一方の鳥はそのまま着地すると、猫を護るようにリュゼの方を向き、立ちはだかり、甲高く叫び、威嚇した。
「さあ、来なよ、次はあんたの番だ!」
リュゼはそう鳥を挑発しつつ、視線の隅で周囲の状況を確認する。
いつの間にか、もう一体の銀ピカの姿が見えなくなっている。
それに気付いた瞬間、リュゼは前方の鳥を警戒したまま、必死に感覚を研ぎ澄まし、銀ピカの居場所を探した。
その直後、すぐ背後から微かなフォティアのうねりと空気の圧を感じ、リュゼはその意味を頭で理解するよりも早く、体に回避運動をさせた。
その動きの流れのまま素早く身を捻り、振り返る。
それと同時に、目の前を銀ピカの鋭い貫き手が横切った。
「こいつ、まったく気配を感じない! なんなんだ!」
その攻撃を紙一重で回避したリュゼはその場を飛び退き、左手に鳥を、右手に銀ピカを同時に視界に捉えられる位置へとついた。
鳥は興奮した様子で身を震わせているが、未だ立ち上がれない猫を庇うように大きく翼を広げて仁王立ちし、そこから動こうとはしない。
一方の銀ピカはその場に立ったまま、まるで置物のように微動だにせず、その姿からはまったく意思や感情といったものが感じられない。
「……なんなんだあいつ」
リュゼがその姿を不気味に思い、段々と精神的なプレッシャーを感じ始める中、銀ピカの敵は全くの予備動作も無いままに急に走り出し、こちらへと真っ直ぐに向かって来た。
リュゼは怖気をふるうように雄叫びを上げ、それを真っ向から迎撃しようと待ち構えるも、敵は直前でまたも何の前触れもなく動きを変え、上空へと跳び上がった。
「上か!」
全く予想外の敵の動きに、一瞬反応が遅れてしまうものの、リュゼはすぐに態勢を立て直すと、上空へと拳を突き上げた。
それは敵の体を直撃し、かなりの相対速度のおかげで、敵の脇腹に大穴が穿たれた。
しかし、トドメを刺したと言うには、どうにも手応えが薄い。
その嫌な予感は的中し、穴の周囲はドロドロとしたゲル状に変化すると、すぐさま穴は塞がり、完全に修復。傷跡ひとつ残りはしなかった。
「ふざけるなよ! そんなインチキ、あるかよ!」
リュゼが絶叫する中、敵は何事も無かったように着地すると、そのまま反撃を仕掛けてきた。
余りにも素早く、的確で無駄が無く、精度の高い攻撃。
「こいつ、人間じゃない!」
いくらネフィリムに転化しようが、そのベースは人間だ。その肉体にも精神にも、どうしたって人間らしさは残る。
けれど、この敵からはそうした人間らしさが全く感じられない。
それならば、この敵は何者なのか。
その答えをリュゼはすぐには思いつかず、戦いの中でそんなことを悠長に考えている余裕も無かった。
そんな一瞬の思考の隙をつき、敵の攻撃がリュゼの脇腹を深く抉る。
「……っ! 舐めるなよ、だったら、修復できないように全部いっぺんに潰してやる!」
リュゼは痛みを押し殺してそう叫ぶと、攻撃してきた敵の腕を取り、そのまま敵を逃がさないように一緒になって地面へと倒れこむと、自分ごとその全身を押し潰すようにありったけの力で衝撃波を発生させた。
その激しく鈍い痛みに全身が軋み、甲殻がパキパキと音を立てて割れて散る中、リュゼはフラフラになりながらも立ち上がり、下敷きにした敵の姿を見下ろした。
敵は身動きをしないが、油断することなく、駄目押しでもう一発衝撃波を叩きこんでおく。
その攻撃を受けても敵の体は力なく、受けた衝撃に跳ねるだけで、再び立ち上がる素振りは見せない。
「……倒したか?」
そうであってくれと、リュゼはエノン神に祈る。
流石にもう、余力はいくらも残ってはいない。
深刻なダメージを受けたアレクサの思考を、薄く掠れた、様々な映像が駆け巡る。
時系列も脈絡もなく流れゆくそれらの情報を、ただ茫然と眺めていると、その内のひとつが段々と鮮明さを増し、アレクサの思考全体を覆い始めた。
気が付くと、アレクサは実際にそこに立っていた。
天を衝くような高層の建物がそこら中で倒壊し、辺りにはその瓦礫と、人の死骸と、ゴーレムの残骸が無数に散らばっている。
そしてその周囲では、妖し気な翆色の輝きを放つ光の粒子が、パチパチと火花を散らし、宙を舞っている。
それらの光景を、アレクサは視覚情報として、聴覚として、触覚として、全てのセンサーからの実際のフィードバックとして、”体験”していた。
「……ここは?」
しかし、直前の記憶とこの光景とは、論理的な連続性が明らかに破綻しており、この体験がリアルタイムのものであるはずはない。
それならば、この光景はどこから生じたものなのだろう。
”記憶”を探るが、”自分”と直結された記憶情報の中にこれと合致する情報は存在しない。
一応、情報の記録された日時情報を参照するも、それは連合改暦とはちがう紀年法が使われており、現在との相対時間の正確な測定は難しい。
とは言え、手持ちの情報から順当な推測をするならば、この光景は終端戦争の前後の時期に記録されたものである可能性が高い。
何故そんなものが自分の中に存在し、突然自分の意思とは無関係に再生され始めたのだろう。
「……これは、私自身の、遠い記憶?」
そう推測を前進させるものの、それを裏付ける情報は手元には見当たらない。
そうである可能性は高いのに、そうであるという確証が持てない。
その認識のギャップに、アレクサの思考がストレスを感じ始める。
それを誤魔化すように、アレクサはその場に膝を付き、足元に転がるゴーレムの残骸に手を触れてみた。
活動を完全に停止した、金属の塊の冷たさ。それが掌のセンサーからの情報として、確かに感じられる。
そして、アレクサはそのゴーレムに強い憐れみと罪悪感を感じている自分自身を唐突に認識し、そのことに狼狽えた。
「これは……私のリアルタイムの思考? それとも、そうした思考状態の遷移も含めた、過去の体験の実践的リプレイ?」
ゆっくりと立ち上がり、翆色の光が爆ぜる空へと、両手を伸ばす。
今も全身の各種センサーからは実際のものと同じフィードバックが押し寄せるが、思考中枢は最早それらを現実のものとは判断せず、そのギャップに自分そのものが希薄化していく感覚を抱く。
人が夢を見るというのは、こういうものなのだろうか。
「……私は、誰?」
機械である自分も、夢を見るのだろうか。
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