_19_ナイツ・オブ・オウス_


 翌朝早く、アゼルはカルシィに呼び出され、城の一角に位置する奇妙な部屋を訪れていた。


「よし、じゃあ次はその台の上に乗ってくれたまえ」


 カルシィの言葉に従い、ほぼ下着姿のアゼルが指定された台の上に乗ると、その周囲で様々な器具が唸りを上げ、蠢き始めた。


「なあ、これって、前暦の機械、だよな」


「そうだが?」


 アゼルは自分のことを敬虔なエノンズワード信者だと思ったことなど無かったが、それでもこうして見慣れぬ機械に囲まれれば、どうしようもなくソワソワと落ち着かない気分に陥っていた。


「大丈夫。その機械はゴーレムではない。君を取って食ったりはしないよ」


 カルシィはそう言いつつ、機械の吐き出す情報を眺めていた視線をアゼルへと移し、意地の悪い笑みを浮かべ、続けた。


「むしろ、恐れるのなら私の方を、だな。何といっても、私はゴーレムそのものなのだから」


「は?」


 アゼルは思わず相手を馬鹿にするような声を上げ、改めてカルシィの容姿を疑わしく見つめる。


「あんたの冗談はよく分からない」


 カルシィはその言葉を鼻で笑い、また視線を機械へと戻し、今度はそちらに夢中になったようにアゼルを無視してブツブツと一人で呟きだした。


「誓約騎士たちと大した差はないか。平常時の身体構造は人間そのもの。本来のヒトとしての組織とアンソスの組織は不安定で曖昧な共生関係に留まり、必要に応じて代謝系をスイッチさせているに過ぎない。……まあ、こちらはこちらで様子見というわけか」


 カルシィはそれからひとつ軽くため息をつき、再びアゼルへと向き直って言った。


「よし、もういいよ。ご協力ありがとう」


 そう言われ、アゼルは台を降り、服を着ながら、気になっていたことを尋ねてみることにした。


「……昨日の質問なんだけど」


「昨日の?」


 カルシィは変な器具から黒い液体を取り出し、それを啜りながら返事をした。

 匂いからして、コーヒーだろう。カルシィはアゼルにもそれを勧めたが、アゼルは首を横に振るだけでそれを辞退した。


「昨日聞いただろ。あんたとセフィの関係」


「ああ、そのことか」


 カルシィは少し考えてから、思い出した様子で愉快そうに微笑みながら答えた。

 セフィによく似た顔。しかしその表情や、その奥の精神性はセフィとはとても似つかず、アゼルはそのカルシィという存在に対する困惑を今も解消できずにいる。


 そうしてアゼルが見つめる中、カルシィはもう一口コーヒーを啜り、ゆっくりと話を始めた。


「昔々あるところに、セラハという女の学者がおりました。その女が夜空を見上げていると、星々の海からひとつの宝石が落っこちてきました。その宝石を拾ったセラハがそのキラキラとした輝きに魅せられていると、いつの間にかその傍には自分によく似た、翆色の目をした赤ん坊の姿がありました。それからセラハは宝石と赤子を拾って帰り、その研究を始めました。それには助手が必要であり、セラハはそのために自分の分身とも言える人形を造り、それを助手としました。おしまい」


 カルシィはそこで言葉を止めたが、アゼルはただ絶句し、疑わし気な視線を向けるだけだった。そんなアゼルを、カルシィはからかうように笑った。


「嘘でも冗談でもない。多少話を脚色したり、端折ったりはしたが、概ね事実に沿ってはいる。少なくともエノンズワードのおとぎ話と同程度にはね」


「……その赤ん坊がセフィで、人形があんた?」


「ご明察。元になった人間が同じなのだから、私とセフィが似ているのは当然というわけだ。納得できたかい?」


「いや、まったく。……だったら、セフィが堕天使の産んだ娘って話はどうなるんだ? あんたの話とは矛盾しないか? どっちかが嘘だっていうのか?」


「矛盾などしていないし、嘘なんかでもない。空から墜ちてきた宝石も堕天使も、似たようなものだろう? ……おっと、もうこんな時間か。そろそろ訓練の時間だろう? 誓約騎士隊の詰め所へ出頭したまえ」


 結局アゼルは何一つ納得がいかないままだったが、もうこれ以上この変な女と話していても有益なことは何もないと思い、ただ黙って部屋を去ることにした。


「頑張ってくれたまえ。期待しているよ、トランス・アゼル」


 去り際にそう声を掛けられ、アゼルはもう一度カルシィの方を向いた。

 視線の先では、カルシィがいつもと変わらぬ胡散臭い微笑を浮かべている。


「アゼルだ。何回も言わせるな」


 それだけ言い残し、アゼルは相手の反応も待たず、扉を閉めた。





 誓約騎士隊の詰め所には、リフィーシュの姿と、その他に四人の姿があった。


 蛇人の血が混じった混血だろう、うっすらと蛇っぽさのある褐色肌の男。

 ゴディによく似た厳つい岩人の大男。

 純血のエルフにしてはやや小柄な少女。

 そして、特にこれという印象の薄い、イオスの少年。


 その誰もが違うデザインながら似たような色合いの白と黒の服を着て、ネフィリム特有のフォティアの匂いを漂わせている。


「紹介しよう、アゼルだ。陛下の命により、しばらくうちで面倒を見ることになった。思う存分、ストレス発散のサンドバッグにでもしてやってくれ」


 リフィーシュが真顔で本気なのか冗談のつもりなのか、皆にそう告げると、岩人がおもむろに立ち上がり、アゼルへと近づいてきた。

 アゼルはその相手の容姿からゴディの暴力を思い出し、思わず身が強張るのを感じた。


「あら、緊張しているの? 可愛い坊や。私、ガリウスっていうの。仲良くしましょうね?」


 妙にクネクネと身をよじらせ、変に甘ったるい声でそう詰め寄られ、アゼルの頭は真っ白になった。

 岩人は他の種族と比べて性差が少ない。この人物もこう見えて女性なのかもしれない。アゼルはそう思い、改めてゴディそっくりの岩人をしっかりと見つめた。


「いやん、そんな熱い視線で見つめないで。私、トロけちゃう」


 男だ。

 いくら岩人とは言え、そこまで見た目で性別の区別がつかないほどではない。


「……あんた、男だよな?」


 その言葉に、ガリウスは踊るように更に身をくねらせる。


「そうよ、大丈夫、安心してちょうだい。そんなに心配しないでも、ちゃんと付いてるから」


 言葉もなく、ただただ茫然とするだけのアゼルを助けるように、小柄なエルフの少女がガリウスをたしなめるようにして言葉を発した。


「ガーさん、落ち着いて。毎度毎度、そういうの鬱陶しいから勘弁してくださいって口酸っぱく言ってんじゃないスか。アゼル君も困ってるみたいだし」


「んもー! 何よ、レシアったら、小憎たらしい! あんたは黙ってなさいよ!」


「えー? 何スか、その態度。そういうデカい口は、あたしに一度でも勝ち越してから言ってくださいよ。ねえ、セ・ン・パ・イ」


「言ったわね、この小娘!」


 二人の言い合いがヒートアップする中、それに耐えかねたように、今度は蛇男が口を開いた。


「いい加減にしろ二人とも。これ以上栄えある誓約騎士の看板に泥を塗るなら、二人ともまとめて追い出すぞ」


 蛇男が一喝すると、それまで騒いでいた二人は一瞬で静かになった。

 リフィーシュが隊長なら、この男が副隊長とかなのだろう。


 ようやくの静寂の中、リフィーシュがひとつ咳払いをし、今度はアゼルへと改めて隊員たちの紹介を始めた。


「この隊の実質的なまとめ役というか、調整役をしてくれている蛇がラケン。あの邪魔くさい上にやかましい岩の塊がガリウス。それにいちいち突っかかって余計な騒動を起こす問題児のエルフがレシア。今の騒動にも加わらず、部屋の隅っこでジッとしてる辛気臭いイオスの坊やがディット。以上だな」


 そういっぺんに言われても憶えきれないが、アゼルは聞き返すことはしなかった。

 この者たちとどれほどの付き合いになるかは分からないし、憶える必要のある名前なら、付き合いが深まるにつれ、憶えようとするまでもなく自然と憶えるものだろう。


「とりあえずはラケンのもとに付き、基本の体作りやフォティアの操作を学んでもらうとする」


 リフィーシュのその言葉に、蛇男が軽口で返す。


「また新人のお守りですかい? 隊長はいつも面倒は俺に押し付けてくださる」


「不服か?」


「滅相も無い」


「ではこれで話は済んだ。あとは各自、適当にすべきことをしろ。解散」


 リフィーシュの言葉に、それぞれがバラバラと散って行こうとする中、それまで黙っていたイオスの少年が突然に声を張り上げて言った。


「納得がいきません!」


 皆が足を止め、先ほどディットと紹介されたその少年へと、冷ややかな視線を送る。


「なんだよ、ルーキー。いきなり大声上げて」


 そう言うレシアを無視し、ディットは真っすぐにリフィーシュへと向かっていく。


「クリューとの血の誓約も行っていない、どこの馬の骨とも知れない野良犬が誓約騎士などと! 僕は納得がいかない!」


「お前がそれを言うかよ。野良犬なんて、あたしらみんな似たようなもんだろうに」


 そのレシアの言葉も耳に入っていない様子で、ディットはリフィーシュへと更に詰め寄り、直訴した。


「僕にその男を試させてください」


「あーヤダヤダ、めんどくせ。そもそもアゼル君のテストって、隊長がもうやってんでしょ。ねえ、隊長?」


 そう言うレシアの言葉を遮り、リフィーシュは頭を抱えながら答えた。


「構わん、好きにしろ。今すぐにだ。こんなバカ騒ぎをこれ以上長引かせたくはない。すぐに終わらせろ」


 その言葉を聞き、ディットはリフィーシュに敬礼し、アゼルの腕を強引に掴んで歩き出した。


「行くぞ、来い、野良犬!」


「誰が野良犬だ!」


 アゼルはそう抗議するものの、ディットの勢いに圧され、一緒になって部屋を出ていくはめになった。

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