_13_トランス・アゼル_
ガントは、部屋を警備する数人のペクスを素早く倒して見せた。
その様子を眺めていたジグは、余裕の態度でガントへと拍手を送る。
「流石はドワーフの機械鎧。けれど、それはエノンの教えに反しはしないのかね?」
「禁止されてるのは、ゴーレムへと通じる技術だけだ。これはその範疇じゃない」
「苦しい言い訳じみた屁理屈。それも欺瞞だな」
そう言うとジグはセフィを背にしつつ、ガントへとゆったりとした動きで近づいていく。
「実際にそうなのだから、何もやましいことなどない。お前が勝手な解釈で勝手に非難してるだけだ」
敵の接近に対し、ガントは更に鎧の力を強め、構えを取る。
こんな部屋の中ではネフィリムと言えど巨人化して暴れるなど無理だ。
それでも普通の人間よりはずっと強力だろうが、等身大の生身が相手なら、まだやりようはあるはずだ。
「駄目ですガント! 無茶です、逃げて!」
セフィがそう叫ぶのも無視し、ガントは意を決して、ジグへと殴り掛かった。
「君たちとの遊びにも、いい加減に飽きが来た。もう終わりだよ」
しかし、その一撃はジグにあっさりとかわされ、ガントは逆にカウンターのパンチを鎧の胸当てへと食らってしまう。
その衝撃に吹き飛ばされながら、状態を確認する。機械がダメージを受け、機能を維持できない。
補助が切れ、ただの重しとなった鎧に苦しみながら、それでもガントはどうにか立ち上がるが、そこにまたもジグの容赦ない蹴りが叩きこまれた。
ガントの体は吹き飛び、物凄い音を立てて壁へと衝突し、部屋中がその衝撃に揺れる。
「ガント!」
セフィの悲鳴に被せるようにジグは高笑いをし、ガントへと近づく。
そして、その身動きをしなくなった金属の塊を見下ろし、足で弄んだ。
「どうした? もう死んでしまったのか? 張り合いが無さすぎるな」
「もういいでしょう! もう止めてください!」
セフィが駆け寄り、ガントを庇うようにその体へと覆い被さる。
それと同時に、補充の警備員が室内に現れたため、ジグは興を削がれたようにガントから離れ、窓へと向かった。
外ではリュゼが善戦しているが、もう限界は近いようだ。
ジグは薄く笑い、セフィへと向き直った。
「どうです? あなたのために他の者が戦い、傷つき、倒れていくのを見ているしかない気分は?」
セフィは何も答えず、ただ相手を睨むだけで答えた。
部屋の中を、ただジグの高笑いだけが響き渡る。
アゼルは見つめていたその手を固く握り、立ち上がった。
「……アニキ?」
コレが不安そうにそれを見上げる。
「悪いなコレ。やっぱ俺、行くよ」
そう告げるアゼルをコレはじっと見つめ、一度何かを言いかけて飲み込み、一呼吸置いてから、改めて言葉を発した。
「……そうですか。でも、なんでです? なんでそんなに……」
アゼルは数瞬目を瞑り、少し考えてから、それに答えた。
「約束したからな。セフィを無事にゲヘナの外まで送り届けてやる、って。ただそれだけだよ。別に何一つ難しい話なんかじゃない」
「でも。でも……」
それでも納得のいかない様子のコレに、アゼルは言葉を付け足す。
「いや、もう一個あったな」
「何です?」
「このままあのいけ好かない犬っころに舐められたままじゃ、スッキリしない」
「えぇ……。そんなこと、スか?」
コレが引き攣った表情を見せ、アゼルはそれに苦笑いで返した。
「そうだよ。そんなこと、だ。セリオンだの、教皇庁だの、ギルドだの。そんなのは全く知ったこっちゃない。ただ単に、受けた恩を返しに、売られたケンカを買いに、それだけだよ」
「でも、行って勝てますか? あいつに。あんなに強かったのに……」
コレの心配する言葉に、アゼルは握った拳を見せつつ、ただ力強く頷いて見せる。
「勝つさ。それでセフィを見送ったら、今度こそそれで全部終わりだ。そしたら、明日からはまたつまらないダイバー仕事を再開だ」
そう言うとアゼルは、扉へと向かって歩き出した。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。すぐ戻るよ」
アゼルはそう軽い口調で言うものの、一方のコレは、まるでこれが最期の別れとでも言うように、涙声で別れを告げた。
「さようなら、アゼルのアニキ」
それに苦笑いしつつ、アゼルも別れの言葉を残し、部屋を去っていった。
「じゃあな、コレ。またな」
「……よっしゃあ、勝ったぞ」
リュゼが、意識を失い、元の姿に戻った猫と鳥を見下ろし、そう呟く。
しかし、そう言うリュゼ自身、もう立っているのもやっとの状態だった。
視線を動かし、建物の方を確認する。
「ガントは、どうなった?」
すぐに窓際に立つジャッカルの姿が目に入り、リュゼは小さく悪態をついた。
「失敗したか。……いや、まだだ。まだ私が居る」
そう言うとリュゼは最後の力を振り絞り、そちらへと向かい、歩き出した。
一方のジャッカルもそのまま窓から飛び降り、空中でトランスし、巨人へと転化した。
「セフィを……返せ!」
リュゼは渾身の力を込め、敵へと殴り掛かるが、敵はそれを軽くあしらうように受け流し、リュゼはそのまま建物を囲む塀を崩しながら、倒れこんでしまう。
どうにか立ち上がろうとするも、その程度の力すら残ってはおらず、リュゼはもう、悔しさに呻くことしかできなかった。
そこに、ジャッカルは悠々と近づいていく。
「まったく。大人しく尻尾を巻いて逃げ出していれば、命までは取られずにすんだものを」
そう言いながら、ジャッカルはリュゼへと最後のトドメを刺そうと、尻尾を伸ばした。
「待て!」
突然、背後から声が聞こえ、ジャッカルはそちらへと振り返った。
「……アゼル」
巨人がその姿を見下ろす中、アゼルはゆっくりとその相手へと歩き出す。
「駄目です、アゼル! 来てはいけない、逃げて!」
ふいに建物の方からセフィの叫びが聞こえ、アゼルは一旦足を止め、その声に答えた。
「そうじゃないだろ!」
「え?」
その言葉にセフィは驚いたように聞き返し、アゼルは言葉を続けた。
「このまま俺が逃げて、お前はそのまま悪党に連れ去られて、それで良いのか? 良いわけないだろ! お前が今言わなきゃいけない言葉は、そうじゃないだろ。大丈夫、俺は負けない。お前のくれた力で、俺は勝つ。だから、何も心配しないで、本当に言いたいことを、言わなきゃいけないことを、言うんだ!」
それからセフィは少し迷った様子を見せ、そして、改めて声の限り叫んだ。
「……助けて、アゼル!」
それを受け、アゼルは腹の底から声をあげ、応えた。
「任せろ!」
一気に周囲のフォティアを巻き込み、全身の細胞に喝を入れる。
「トランス!」
そう叫ぶと同時に、アゼルの肉体と精神が、これまで以上に強大に変化していく。
その変化は眩い輝きとともに一瞬で完了し、以前までのように神経がピリピリとするような興奮もなく、巨人となってもその身体感覚は自然体そのものだった。
ここに至り、アゼルはようやく、完全なネフィリムへの転化を遂げた。
「今更お前一人出て来たところで、何が変わるというのだね? まさか本気で私に勝てると思っているわけでもあるまい」
ジグは牽制代わりに安い挑発をしてみせるが、アゼルは仁王立ちの姿勢のまま、冷静にそれに答えた。
「いいからかかってこいよ」
これが本当にあのアゼルなのか?
ジグは思わず気圧されそうになる自分を抑え、相手を睨みつける。
あれだけ一方的に叩きのめしてから、まだ数時間しか経っていない。
こんな短時間で何が変わるはずもない。この態度も単なるハッタリだ。
ジグはそう考え、構えを取る。
「そうさせてもらおう」
そう言うとジグは一気に踏みこみ、敵の懐へと潜り込み、鋭い貫手を繰り出す。
しかし、敵はそれを容易くかわす。ジグはそれに一瞬動揺するも、すぐに油断を殺し、全力で絶え間ない攻撃を仕掛け、一気に勝負を決めることにした。
「何故だ! 何故当たらない!」
繰り出す攻撃のひとつひとつが空を切り、敵にはかすりもしない。
何が何だか分からないが、こうなればなりふり構ってる場合ではない。
尻尾を展開し、腰を落として前傾姿勢を取る。
「死ね!」
その体勢から素早い動きで敵の死角へと周り込みつつ、尻尾と手刀を同時に繰り出す。
「見えてんだよ!」
その叫びとともに敵は振り返り、片方の腕で軽く手刀を弾き、もう片方の手で尻尾の先端を掴んでから、肩のマフラーを刃物のように尖らせ、一気に尻尾を切断した。
その痛みと屈辱に、思わずジグは絶叫を上げてしまう。
「貴様!」
あまりの怒りにジグは我を忘れ、周囲のフォティアをかき集め始める。
「まだだ!」
それでも足りず、街中のフォティアをその手に集めていく。
その衝撃に、足元の蓋部構造物がガタガタと震え始めるが、ジグはそれも気にせず、更にフォティアを手元に凝集させていく。
「跡形もなく消えろ!」
ジグは手元でバチバチと音を立てて爆ぜる超高エネルギー状態の火球を、真っ直ぐにアゼルへと撃ち出した。
それに対してアゼルは、両肩のマフラーを両腕にまとわせながら前方へと突き出し、受け止めるような素振りを見せる。
「無駄なことを!」
「しゃらくさいんだよ、この程度!」
衝突とともに光が弾け、あまりの衝撃に大地の代わりの構造物が崩れ、その欠片が宙を舞う。
次の瞬間、光の奔流の中から突然アゼルが姿を現し、その拳を真っ直ぐに打ち込んできた。
ジグは咄嗟のことに対応が追い付かず、それをまともに胸の中心に食らってしまう。
甲殻が粉砕し、敵の拳が肉を深く抉る。
その痛みに絶叫しつつ、それでもジグは敵の腕を掴み、逃がさないようにしつつ、敵の頭を力いっぱいに殴りつけた。
それに敵は怯みはしたものの、すぐにマフラーの斬撃による反撃が無数に襲い掛かった。
「こ、こんなこと! こんなこと、あるわけが!」
あまりにも不条理な状況に、ジグはそう絶叫するが、それでなにも状況が好転するわけもない。
ヤケクソになったジグは最後の力を振り絞り、後先を考えない捨て身の攻撃を仕掛けた。
アゼルもそれに応じるように、雄叫びを上げながら、拳を振り上げた。
猛烈な音と衝撃が止み、セフィはあまりの眩しさに開けていられなかった目をゆっくりと開けた。
光の奔流も収まり、目の前にはただただ凄絶な光景が広がっていた。
蓋部構造の一部が完全に崩壊し、周囲にはその破片が飛び散り、多くの人や物を傷つけていた。
そして何より、戦いの中心だった建物とゲートの間の広場には、構造物の崩落による大穴が穿たれていた。
「アゼル?」
そこには、どちらの巨人の姿も無い。
「アゼル!」
いくら大声で呼びかけても、それに応えるものはいない。
いくら目を凝らし捜しても、どこにもその姿は見当たらない。
「アゼル!!」
セフィは茫然としつつも、とにかく叫び続けるしかなかった。
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