_12_バックボーン_
ゲヘナ北面ゲートに対して、広場を挟んで向かい合うように建てられたペクスのオフィス棟。
その貴賓室へとセフィは連れ込まれ、軟禁状態へと置かれていた。
「むさ苦しいところで申し訳ないが、もうしばらく我慢してもらいたい。何しろ、ゲヘナを出れば今度はこちらが追われる立場だ。事は慎重に運ぶ必要がある」
ジャッカルが気取った口調で言うのを、セフィは冷ややかに見つめる。
「……今更私などさらって、何のつもりです? あなたたちは既にネフィリムの技術を手に入れている。今更私の血など、必要ないでしょう」
「何をとぼけているのです? あなたの存在そのものが我々にとって価値がある。忌むべき堕天使の娘。それを利用した連合と教皇庁の兵器開発。神をも畏れぬ所業を、他ならぬ教皇庁自身が行っている。あなたは、その欺瞞の証拠そのものだ。利用価値など、いくらでもある」
取って付けたような、いまいち具体性に欠ける説明。
隙を見せないつもりか、あるいはこの男は実際はそれほど組織の真相からは近くはない存在なのか。
「連合と教皇庁の腐敗を正すと言うのなら、もっと真っ当な手段があるのではないでしょうか。その思想が正しいと信じるのなら、正々堂々と世論に訴え、賛同者を増やし、それを盾に評議会に訴えを起こせばいい。地下カルトまがいの反抗運動など、逆効果でしかないのではないでしょうか」
そのセフィの言葉を、ジャッカルは鼻で笑う。
「余りにも純粋なお嬢さんだ。何事もそう清廉潔白で済めば良いのですがね。なかなかそうはいかない。我々のような社会的弱者の言う正論など、正攻法では届かないのが今の連合社会というものです」
「試してみたのですか? あなたはこんな邪道に頼る前に、正道で対抗しようとしたことが本当にあるのですか?」
「勿論。ロクな努力もせずにさっさと出世していくイオスやエルフを横目に、私がどれだけ血の滲む努力をしてきたことか。けれど、キマイラというだけでその何もかもが認められることはなかった。ならば、手段を変えるしかない。連合にキマイラも同じ人間だと認めさせるためなら、私はなんだってやる」
この男は嘘を言っているわけでは無いのだろう。
この男はこれまでに酷い差別を経験してきた。それは本当なのだろう。
しかし、一方でこの男からは強い傲慢を感じる。
この男はこういう事を言う一方で、部下のキマイラたちにはどういう態度を取っているか。
そもそも、この男は自分の経験のみを根拠に、それでキマイラすべてを代表し、代弁している気になっているのではないか。
「……あなたは、私憤を公憤にすり替えているだけなのでは?」
思わずそう口にしてしまったセフィの頬を、男は手の甲で張った。
パチンという音が頭の中いっぱいに反響し続ける中、ヒリヒリと痛む頬を抑えながらセフィは男を冷たく睨んだ。
「おしゃべりはもう十分でしょう。私も暇ではない」
そう言うと、男はそのまま部屋を去っていった。
一人残されたセフィは、それから大きく深呼吸をし、怒り騒ぐ気持ちをどうにか落ち着かせた。
しかし、そうすると今度は逆に不安な気持ちが舞い戻ってきてしまった為、セフィは窓まで歩き、その向こうの光景を眺めて気を紛らわせることにした。
今居る建物から目と鼻の先に、ゲヘナ北面ゲートがある。
周囲には何事も無いように人々が行き交い、普段通りの生活を送っている。
「……アゼル、お願い、助けて」
心細さから、セフィは思わずそう呟いてしまう。
しかし、すぐさまその脳裏に、傷つき、倒れて身動きをしないアゼルの姿を思い出し、セフィはそのまま口を堅くつぐんだ。
もうこれ以上、アゼルを巻き込むわけにはいかない。
セフィに呼ばれた気がして、アゼルはゆっくりと目を開けた。
「あれ? 俺、なんで……?」
目覚めたのは、宿舎の自分の部屋のベッドの上。
まだぼんやりとする頭を振りながら起き上がり、記憶を辿る。
「あ、アニキ。良かった、起きたんスね」
「コレ……?」
部屋の中には、椅子から立ち上がって嬉しそうにこちらへ向かってくるコレの姿しかない。
「他のみんなは?」
「……セフィさんは、連れてかれちゃいました。ガントさんとリュゼさんは、すぐにそれを追って。俺は、ガントさんからアニキのこと任されたんで、とりあえずここに」
「……そうか」
そう答えつつ、アゼルは近くにあった瓶を掴み、その中の水を呷った。
ぬるくて不味いとはいえ、それが体中に染み渡り、アゼルはようやく人心地つけた気がした。
改めて自分とコレしかいない部屋の中を見渡し、それから窓の外の風景へと目を向ける。
「なんか、何もかもが”いつも通り”、って感じだな。セフィと会ってからあったこと全部、夢だったように感じる」
「……夢だったんですよ、全部。そう思いましょうよ。セリオンだとか、シェムハザの娘だとか、全部現実離れし過ぎた夢だったんスよ。俺達みたいな一介のダイバーなんかがこれ以上首突っ込んだって、何にもならないですって」
「……そうだな。俺達には、関係ない」
いつもの口癖。いつだってそうしてきた。面倒事には関わらないようにして、目を塞ぎ、耳を塞ぎ、口を塞ぎ、そうしてずっと生きてきた。
それで何がいけない?
そう思った瞬間、脳裏にセフィの柔らかな笑顔が鮮烈に蘇り、アゼルは思わず自分の手をじっと見つめた。
本当にそれで良いのか?
外が何やら騒がしい。ジグは窓へと向かい、その原因を確かめた。
教皇庁のネフィリムが広場に現れ、ペクスの警備員たちを薙ぎ払って暴れている。
「結局、むざむざ死にに来たか。大した殉教精神だな。貴様らの方がよっぽどカルトだろうに」
ふいに背後で乱暴に扉の開く音が聞こえ、ジグはそちらへと振り返った。
慌てた様子で駆け込んできた岩人が何かを言おうとするが、それは相手にはせず、先にこちらから指示を出してやる。
「シシとヨーラに迎撃させろ。俺は貴賓室へ向かう。お前も数人見繕ってついて来い」
一旦その指示を伝えに走り出す岩人を横目に、ジグも廊下へと歩き出す。
「……アゼルは来ないか。所詮は何もかもから逃げ、こんな掃き溜めへと流れ着いたカス。その程度の男か」
「うおおおおおお!」
向かってくる猫のネフィリムを捕まえ、リュゼはそれを空を飛ぶ鳥のネフィリムへと投げ飛ばした。
直撃し、二体は一緒になって地面に墜落するが、大したダメージはないようだ。
鳥はすぐさま空へと戻り、猫はこちらを煽るような軽快なステップで間合いを測る。
「調子に乗んなよ、てめえみてえな雑魚一匹!」
猫がそう叫びながら真っ直ぐに突っ込んでくるのを、リュゼは真っ向から受け止めようとするが、その寸前で猫の姿は視界から消えた。
リュゼはそれに動揺しつつも、闇雲に腕を振り回す。
幸運にもそれが背後を取ろうとした敵に直撃したらしく、巨体が後ろの方へと転がっていく音が聞こえてきた。リュゼはそれに振り返りつつ、大声を上げる。
「見え見えなんだよ! そんなフェイント!」
実際はただ運に助けられただけだが、実際に一撃食らってしまった敵はそんな安い挑発にも簡単に乗ってくれた。
「この野郎!」
猫が周囲のフォティアを発火させ、自分自身を衝撃波に乗せ、猛烈な突進を繰り出してくる。
それと同時に、上空の鳥も一気に急降下。鋭い爪を武器に、襲い掛かる。
「なめるな!」
リュゼはそう叫ぶと、すべての力を防御に回し、二体の突進を真っ向から受け止めてみせた。
猫はそれに弾かれ、その反動で自分自身が攻撃を受けたかのように、砕けた甲殻の破片をまき散らしながら、地面を派手に転がっていく。
リュゼの方も無傷とはいかず、突進を受けた胸の甲殻が砕け、激痛が走るが、そんなのはいちいち気にはしていられない。
鳥の爪の攻撃もリュゼの背中の甲殻を深く抉るが、鳥はそのまま追撃はせず、猫の元へ飛ぼうとする。
「お前は、墜ちろ!」
しかしリュゼはそんな鳥の首根っこを素早く掴み、そのまま強引に地面へと力いっぱいに叩きつけた。
甲高い鳥の叫びとともに超音波による反撃が繰り出されるが、リュゼはそれに根性で耐え、逆にその地に墜ちた体へと足を振り下ろす。
鳥の叫びが更に一段高くなり、超音波の強度もこちらの甲殻を物理的に破壊するほどに高まる。あちこちの甲殻がひび割れ、全身にヒリヒリとした痛みが走る。
だが、リュゼはそれにも耐え、いっそう足に力を込めて敵の体を踏みにじりつつ、その背中の翼にも手を掛け、それを力いっぱい引きちぎろうとする。
「ヨーラから離れろ!」
鳥の救出に猫が走ってくるが、リュゼはフォティアを駆使し、敵に衝撃波を飛ばしてそれを迎撃した。
その攻撃が予想外だったのだろう。猫はそれを真っ向から食らい、またも地面を転がった。
「なめんな、っつってんだろ!」
リュゼが、雄叫びを上げる。
文字通りの決死の覚悟。自らを省みない全力を越えた戦い振りで、敵を圧倒する。
しかし、そんな無茶がどれだけ持つか。
「エノンの神様、お願いします。どうか、もう少しだけ」
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