_11_ディフィーテッド_
アゼルの壮絶な悲鳴が、辺り一面に響き渡る。
「アゼル!」
セフィが叫び、駆け寄ろうとするのを、ガントは必死に止めた。
「落ち着け! お前が行って何になる!」
しかし、その視線の向こうでジャッカルはまたもアゼルの胸を蹴りつけ、アゼルの悲鳴が響く。それが何度も続き、段々とアゼルの悲鳴と、痛みに悶える動きが小さくなっていく。
「駄目……!」
アゼルの動きが止まっても、ジャッカルはまだ蹴り続ける。
「駄目……!」
「セフィ……?」
セフィの様子がおかしい事に気付き、ガントは咄嗟に身構える。
次の瞬間、セフィの甲高い絶叫が響き渡ると同時に、その体から莫大な量のフォティアが一気に放出され、一帯は暴力的なフォティアの奔流で一瞬にして埋め尽くされた。
意識を失い、その場に崩れ落ちるセフィを抱きかかえながら、ガントは恐る恐る自分の鎧の状態を確認した。
大丈夫、気密性は保たれている。
まだ自分の体が”清い”ままであることに安心し、ガントは周囲の状況を確認した。
巨人たちは周囲のフォティアの暴流に力を吸い取られるように転化を解かれ、元の姿へと急速に戻っていく。
すっかり元通りになったジャッカルは窒息するように悶え苦しみ、その場に膝を付いた。門の奥に控えたままの猫と鳥すらも、同じように激しく苦しんでいる。
遠巻きに事態を眺めていたペクスたちも大なり小なり影響を受け、バタバタとその場に崩れる者や、それを介抱するもので騒然となっている。
「……コレ? 大丈夫か?」
傍らのコレも顔を真っ青にし、その場に座り込んでしまっている。
「だ、大丈夫ス。ちょっと、吐き気がするだけで」
ガントは頷き、改めて辺りを見渡す。
「フォティア・フラッド……!」
その壮絶な光景に思わず肝を冷やすが、どうやらその影響はこの周囲のごくごく狭い一帯だけらしい。
思わず、腕の中のセフィの顔を見つめてしまう。
「シェムハザのアンソス……。まったく、冗談じゃないぞ」
そう呟きつつ、セフィの状態を確かめる。気を失っているが、息はある。
周囲には邪魔をする者はいない。他の仲間を置き去りにするのは気が引けるが、世界を護るためなら、なりふり構ってなどいられない。
そう思い、機械鎧の出力を上げ、自分より体の大きいセフィをどうにか担ぎ上げようとしたガントの視線の先に、フラフラとした足取りながら、こちらへ近づくジャッカルの姿が映った。
「ふざけんな! まだゆっくり寝てやがれ!」
そう言って走り去ろうとしたガントへ向かって、ジグは残された力を振り絞るように疾走し、一気に距離を詰めてきた。
それにガントは悪態をつき、ひとまずセフィを地面に寝かせ、迫るジグへと向かい、構えを取る。
「セフィロトを寄越せ! ドワーフ!」
ジグの絶叫とともに、その拳が撃ち込まれる。
ガントはそれを避ける余裕もなく、真っ向から受け止めるが、思ったよりもその衝撃は弱い。
「ドワーフだからって、なめるなよ!」
お返しとばかりに、ガントも力いっぱいに拳を叩きこむ。
機械の力で補強されたその攻撃は、弱った敵の体へと真っ直ぐに当たり、敵はその衝撃にひるんだように上体をのけぞらせた。
ネフィリムとは言え、手負いの生身の相手だ。いけるか?
そう思った瞬間、死角から強烈なフックが兜へと叩きこまれ、ガントはその場に膝をついてしまう。
気を失うほどではないが、頭がグラグラし、目の焦点がなかなか合わない。
「いい加減にしろよ、どいつも、こいつも……」
そう呟きながら、ジグはセフィを抱え上げつつ、ガントへと唾を吐きかけた。
「待て……!」
ガントはそれでも立ち上がろうとするも、足がもつれ、またその場に倒れこんでしまう。
それをジグが踏みにじるように足蹴にするが、その力は驚くほど弱い。ただ撫でているだけ、というほどだが、それでもガントにはもう立ち上がる余力は無かった。
「とにかく、目的は達した。貴様らなど、そのまま勝手に野垂れ死んでいろ」
そう捨て台詞を残し、ジグはフラフラになりながらも、セフィを抱えて去っていった。
「……おい、リュゼ、いつまで寝てんだ。いい加減起きろ」
そう言いながら、ガントがリュゼの頬を何度か軽くはたくと、ようやくリュゼは意識を取り戻した。
「……んあ?」
リュゼは間の抜けた声を上げ、痛みに呻きながらも上体を起こし、ガントへと顔を向ける。
それから少しして、ようやくはっきりと目が覚めたようで、しきりに周囲に視線を走らせながら、ガントに尋ねた。
「あれ? え? どうなった!?」
「……やられたよ」
ガントがそうため息まじりに答えると、リュゼは悔しさを顔に滲ませ、小さく口の中でモゴモゴと悪態を転がした。
「アゼルは? 無事? コレは?」
続いてリュゼがそう尋ねると、ガントはただ黙って背中の方を親指で指し示した。
リュゼがその先を視線で追うと、そこには身動きをしないアゼルの姿と、それに寄り添うコレの姿があった。
「……まだ意識はないが、死んじゃいないみたいだ。ネフィリム、ってのは存外頑丈にできてるみたいだな」
リュゼはその言葉を鼻で笑いながら、痛みをこらえるように立ち上がる。
周囲を見渡すと、あんなに大勢居たペクスも消え、ミンスキンの姿も無い。そして、肝心のセフィの姿も。
リュゼはもう一度、心の中で最大級の悪態をついたが、それで少しでも気が晴れることは当然無い。
「いっててて。そんな言うほど頑丈でもないけどね。過大評価も良いとこだよ」
それを聞き、今度はガントが鼻を鳴らした。
「……アニキ。ねえ、アニキ、目ぇ、覚ましてくださいよ」
コレは何度もそうアゼルに声を掛け続けるが、一向に反応は返ってはこない。
「胸の傷はもう塞がってて、血色も戻ってきている。大丈夫、じきに目を覚ますさ」
そう言いながら、ガントとリュゼがフラフラとした足取りで近づいてきたため、コレはそちらへと視線を向けた。
「ガントさん……」
「悪いが、俺達はこのまま連中を追う。押し付けるようで悪いが、お前はアゼルを頼む」
「……まだ、諦めないんですか?」
コレの率直な言葉に、ガントは小さくため息をついた。
「そりゃあ、仕事、だからな」
「仕事だから、ですか?」
「他にどんな答えを期待した?」
コレはそれに答えようとしたが、そのための言葉が出てこない。
自分はどんな答えを期待したのだろう?
「……分かりません」
その反応に、ガントは小さく鼻を鳴らし、続けた。
「あのカルトどもがどんな妄執に憑りつかれているのか知らんけどな、俺達はあんな連中がバカやって世界をブッ壊さないために必死こいて働いてるんだ。何があろうと引けるわけがない」
そんな言葉に、コレは俯き、消え入るような声で言葉を返す。
「……でも、俺は、ここまでです。すんません、もう俺は、ついていけないです」
考えが甘すぎた。自分は関わってはいけないことに関わってしまった。
その恐怖に、思わず声に嗚咽が滲みそうになる。
「分かってるよ。ここまで付き合わせて悪かった。お前たちのお陰で随分と助かったよ。ありがとう。諸々片が付いたら、何らかの形できちんと礼もするつもりだ。……それじゃあ、アゼルにもよろしく言っておいてくれ」
「……そんな。お礼だなんて、俺……」
コレは顔を上げ、掠れた声でそう答えたが、既に教皇庁の二人組は、その声が届かない距離まで走り去っていた。
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