_2_ネフィリム_


 地上への道すがら、アゼルとコレは今度は変な二人組と出会った。


 一人はアゼルよりは幾らか年上だろう女。浅黒い肌に長い耳。イオスとエルフの混血、俗にいうダークエルフだ。

 もう一人はアゼルの半分ぐらいの身長だが、全身をくまなく鎧のようなもので覆っているため、外見からは年齢も性別も判断できない。おそらくは、これがドワーフという種族なのだろう。ドワーフは南方大陸の地下世界に住むのが殆どで、この大陸で見かけるのはかなり珍しい。


 その二人ともが白を基調とした格好をし、胸や肩にエノンズワード教皇庁の紋章を付けている。


「お前ら、この辺で女の子を見なかったか? 白い肌で明るい黄色の髪をしている」


 子供のような背丈とは裏腹に、年季の入った低い成人男性の声。

 片割れのドワーフがそう尋ねながら、アゼルを指さす。


「ちょうどお前ぐらいの年頃だ」


 コレが口を挟んで何か言おうとするのを制し、アゼルは答えた。


「いや、知らない」


 教皇庁の人間がたった二人、こんなところで何をしているのか。

 あの少女が何だと言うのか。そもそもこの二人は本当に教皇庁の人間なのか。

 アゼルが露骨に訝しむ表情で二人組を眺める一方、ドワーフもじっとアゼルを見つめるが、その顔も全体が兜に覆われ、表情は分からない。


「待った。ガント、何か感じる」


 突然ダークエルフの女がそう言うと、ドワーフはそちらへ視線を移した。


「セフィか?」


「違う。多分、ミンスキンのネフィリム」


 それを聞き、ドワーフは舌打ちをし、悪態をついた。


「リュゼ、先行しろ。急ぐぞ!」


 そのまま二人組は人間離れした猛烈な速度で疾走し、すぐにその姿は遺跡の奥へと消えていった。





「……何なんだよ今日は。立て続けに変な奴らばかり」


 心底ウンザリするアゼルに、コレが恨めしそうに非難の声を上げた。


「なんであんな態度取ったんスか、アニキ。あの人ら、教皇庁の聖職者様方ですよ? 媚び売っときゃ何かしら褒美でも貰えたかもしれないのに……」


「いいんだよそういうの。変なのに巻き込まれたくはない。良いから帰るぞ。もう上じゃ日が暮れてる頃だ」


 そう言ってアゼルは歩き出そうとするが、コレはその後に続こうとしない。


「コレ?」


「すんません。アニキには悪いけど、俺やっぱあの人たちのお手伝いしてきます!」


 コレはそう言うとアゼルに軽く頭を下げ、二人組の去っていった方向へと走り出した。

 アゼルは呆然とそれを見送る。


「……俺には、関係ない」


 そのまま地上への帰路へと戻るが、数歩行ったところでまた立ち止まる。

 そして振り返り、遺跡の奥の暗がりへと目を向ける。

 その暗闇の向こうに、アゼルは様々なものを思い起こす。


 少女の自分を頼る怯えた表情。

 ゴディの自分を蔑む目。

 コレの危険を顧みない向こう見ずな性格。


「……クソっ!」


 アゼルは自分でも何故そうするのかもわからないまま、暗闇の向こうへと走り出していた。





 それからしばらく来た道を戻り、少女の逃げていった方向を進むが、一向に誰の姿も見えてこない。

 開けた場所に出たところで、アゼルは壁にもたれかかり、少し息を整えることにした。


 しかししばらく経っても、一向に調子は戻らない。

 ずっと走り続けた疲労もあるが、気分の悪さはそれだけが原因ではない。


「……流石にこんな深くまで潜ると、フォティアが濃すぎるな」


 フォティア酔い。

 今もシェムハザが世界中に吐き出し続ける呪いの毒、フォティア。

 概してキマイラはそれに対して耐性が強く、アゼル自身を含め、ダイバーの殆どがキマイラなのもそれが理由の一つだが、それでも限度と言うものはある。


 アゼルは荒く息をつきながら、足元を見つめる。

 この先、まだまだずっと下方とはいえ、そこに確かに堕天使は存在する。

 それに近づけば近づくほど、その影響を強く受けるのは当然だった。


「……やっぱり俺には関係の無いことだ」


 そう呟き、やはりもういい加減に帰ろうかと思ったその時、アゼルの耳に遠くから何かの音が聞こえてきた。

 この時間、こんな深度で作業をしている者がいるとは思えない。

 あの少女か、少女を追う者たちのどれかには違いない。


 アゼルは少し迷い、その音の方へ進もうとしたが、その音の方がこちらへ猛烈な勢いで近づいてくるのに気づき、動きを止めた。

 音はどんどんと近づき、大きくなる。爆音と言っていいほどの音と振動。

 それが目の前の壁、そのすぐ向こうまで迫っている。


 次の瞬間、何か巨大な塊が壁をブチ破り、アゼルの居る空間へとなだれ込んできた。

 予想外の事態に、アゼルは思わず小さく悲鳴を上げる。


 アゼルの注視する中、巨大な塊はふたつに別れ、モゾモゾと動き出した。

 その二つの塊がそれぞれゆっくりと立ち上がり、間合いを測るように向かい合う。


 二体の巨人。


 アゼルは自分の見ているものが、すぐには現実の光景だと信じることができなかった。





 ドワーフの男、ガントは全力疾走の末、ようやくそこへと辿り着いた。

 吹き抜けになっている開けた空間の中層階。下方、底層階に二体の巨人の姿が見える。


 白い、鎧のような甲殻を纏った巨人の方をまず確認する。

 同僚であるリュゼがネフィリムへと転化した姿、トランス・リュゼ。どうやら安定しているようだ。問題はない。


 続いて、リュゼと対峙する黒い甲殻に覆われた巨人。獰猛な虎か豹を思わせる、猫科の獣のような姿。

 全くの正体不明の謎のネフィリム。しかし、この状況下で遭遇したとなると、あれが例のミンスキンのネフィリムなのだろう。


「……フォーマルハウトもたまにはマトモな仕事をするじゃないか。連中、マジでネフィリムを持ってやがる!」


 教皇庁か、連合軍か、大本の西方か。どこから技術が漏れたにせよ、敵もネフィリムを所有しているとなれば、話は大分ややこしくなる。


 とはいえ、ミンスキンは小規模な傭兵の集まりに過ぎない。単独でネフィリムの研究開発などできるはずもない。協調して動いているペクスにしても表向きは単なる警備会社に過ぎず、裏の顔があるとしても単独でやれることはたかが知れている。


「やはりギルドそのものが”敵”か……。連中、セフィまでさらって何を企んでやがる」


 あるいは、話はもっと大きいのかもしれない。

 西方の魔王が何かを企み、東方の情勢不安を醸成するために、連合にセフィロト・アンソスを預ける一方で、ギルドをも扇動しているのかもしれない。


「……今はそんなことはどうでもいい!」


 ガントは頭を振り、今すべきことを明確にするため、改めて階下の状況を確認する。

 そして、巨人たちの足元、瓦礫の山に倒れるセフィの姿を見つける。

 どうやら腕を挟まれ、逃げるに逃げられないようだ。


「クソっ……!」


 思わず手すりを越え、飛び降りて助けに向かおうとするも、寸前で思いとどまる。

 いくら機械鎧の補助があるとはいえ、飛び降りて無事に済む高さではない。


 ガントは焦り、他の手を探すために必死で周囲を見渡す。


「……あのガキ、なんでこんなとこに」


 階下、セフィから少し離れた場所に、先ほど上層で出会った獣耳の少年の姿が見える。

 ガントはその存在を訝しみはするものの、かと言ってなりふり構ってもいられない。

 とにかくセフィを移動させるのが先決だ。巨人に踏みつぶされでもしたら、話にならない。


「おい、そこのお前! セフィを助けろ! そこに居る、早くしろ!」


 ありったけの声で叫ぶ。少年の耳には届いたようで、こちらを見るが、上手く状況は飲み込めていないようで身動きは取らない。


「いいから早くしろ! 動け! 走れ!」


 とにかく叫び、煽る。





「動け! 走れ!」


 ドワーフにそう怒鳴られ、アゼルは訳も分からないまま、視線を動かす。

 その先に、瓦礫に埋もれる先ほどの少女の姿があった。

 意識はあるようだが、腕を挟まれてしまっているらしい。

 そのすぐ向こうでは二体の巨人たちが取っ組み合いをしている。


 アゼルは一瞬迷ったが、大声を張り上げ、自分を鼓舞し、走り出した。


 すぐに少女のもとへと辿り着き、ありったけの力で瓦礫をどかす。


「あなたは……!?」


 少女が何か言うのを遮り、アゼルは少女に手を貸し、立ち上がらせる。


「いいから逃げるぞ。走れるか?」


 少女は腕を怪我したようで、傷口からは真っ赤な鮮血が滲んでいる。


「大丈夫です。見た目ほど大した怪我じゃありません。行きましょう」


「あ、ああ」


 アゼルは少女を先に行かせ、一度だけ巨人たちの方を振り返ってから、走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る