エピローグ




「はい、カフェモカ。」

「ありがとう夏来」

「あれ?その本!」


僕らの日常は本当に平和なものとなった。

それから、杉原を名前で呼ぶようになった。

夏来が線路にとびこんだあの事故から数週間。

元々命に別状は無くて、頭を強打したことによる検査入院で怪我自体は軽い捻挫ですんだ。

助けた中学生はあれから親と一緒に夏来に謝りにきた。

そして、夏来はその人の笑顔までも取り戻した。

僕は今、そんな夏来の隣にいる。


夏来の家のソファでくつろぎながら二人で読書する。

僕は隣に座る夏来にもたれかかる。

夏来はにこにこしながら僕を支える。

それから僕が読もうとしていた本を手にとった。

夢の中の出来事に似ている。

この幸せな空間が、僕は好きだ。


「この本さあ、俺けっこう好き。」


夏来はこの本を大切そうに抱えた。


「これ読むと、優しい気持ちになれるんだよね。

俺何回も読み直してるけど、何回読んでも泣きそうになる。」


僕は夏来から本を取り上げてページをひらいた。

夏来がすぐ隣で本を覗きこむ。


「俺、幸せだなぁ。

こうしてのんびり星司と好きな本読めるって。」


夏来がそう呟いて、僕は本から目を離した。

それから夏来を見つめるとびっくりしたのか目をそらされた。


幸せなのは僕だ。

君がいないともう僕はどうしたらいいのかわからない。

夏の太陽のように熱い君がいなければ、僕は凍りついてしまう。


「夏来」


僕は君の名前を呼んで、口付けをした。






****



僕は真っ暗な氷の中にいたんだ。


寒くて、冷たくて、凍えて動けない。

ただ膝を抱えて座っていることしか出来なかった。


涙が頬を伝う感触だけがして、声を出しても自分の声が響くだけ。


「誰かいないの」

「暗いよ」

「寂しいよ」


そう小さな声で呟くと、少しだけ光が見えた。


「大丈夫。もう時期春がくる。」


穏やかな声色が横から聞こえた。

お日様の光が、あたりを明るくした。

少しだけ周りが見えるようになった。


そして氷が溶けて、花が芽吹き、新緑の季節となる。

声の先には僕の大切なあの人がいたんだ。


「ひとりじゃないよ。」


僕は明るくなった空を見上げた。


「一緒に行こう」


あの人は僕の手を握り、僕はその手を握り返した。


二人で歩き出す。

さっきまでの不安と恐怖がすーっと消えて、僕は安心した。

それから隣にいるあの人の温もりにまた涙が流れた。


僕は求めていたんだ。

自分と一緒に、自分の隣を歩いてくれる人を。

僕は一歩一歩を大切に歩いた。

そして隣にいるあの人も、僕の歩幅に揃えてくれた。






End

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夏とアイスドール 大路まりさ @tksknyttrp

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