第10話



僕は虚しさと悔しさが入り交じっていた。

どうして僕は男なんだと後悔した。

それくらい、杉原が赤ん坊を見る目が綺麗で穏やかで。

僕がとてもいとおしいと感じた表情かおだった。

そんな顔、僕にはさせてあげれない。

それに気づいただけで僕は苦しくなった。

本当に、ショックなほどに。

気づきたくなかった。

僕はそばにいちゃいけない。

杉原の未来を壊しちゃいけない。

それしか考えられなくなった。


「杉原」

「星司?どうしたの?」

「話があるんだ」


僕が呼び出すのは初めてだった。

杉原は不思議そうに僕を見ている。

僕は、息を吸った。


「もう、別れよう」


僕は杉原を見れなかった。


杉原は驚いた。

目を大きくして、さらに少し眉間に皺を寄せた。

でもそれは一瞬だった。

僕は目を合わせられなかった。

少しうつむいた。

今までの女にみたいに殴られる覚悟だった。

怒鳴られ、罵られる覚悟だった。

しかし、杉原からの言葉は想像と違った。


「わかった。」


その一言が聞こえて、僕はびっくりして顔を上げた。

杉原は僕と目が合うと言った。


「ありがとな。俺、お前と付き合えてよかった」


杉原は微笑んでいた。

僕は心の中で誓った。

もう最後にしよう、と。

いい加減に誰かと付き合うのはやめよう、と。

こんなに人をいとおしいと思ったのは初めてだった。

僕はその場を立ち去った。

誰よりも杉原の幸せを考えてやりたい。

誰かのために何かしたいと思うのは、杉原が僕を好きだと言ってくれたからだ。

どんなに僕が君を愛しても、僕の一番好きな君の顔にはさせてあげれない。

別の誰かのもとで、幸せになって欲しい。

杉原に似合う、女の人と付き合って結婚して子供ができて。

あの時見たみたいな幸せそうなあの顔をして欲しい。


別れるときにありがとうなんて言われたのははじめてだった。

きっと今までの女たちは別れるときこんな気持ちだったのかもしれない。

締め付けられる胸の苦しみに、怒りをぶつけて緩和するかとしかできなかったのかもしれない。


苦しかった。

とても、とても。

切なかった。

胸が、張り裂けそうなくらい。


別れを告げても、杉原との関係は極端には変わらなかった。

たまに本を持って教室に来た。

ただ、杉原がお弁当を持って来るのはやめた。

僕は一人になった。

昼休みのいつもの感じはない代わりに、杉原が恋人と別れた噂は瞬く間に広まった。


「夏来君別れたらしいね」

「結局誰だったんだろうね。」


噂話は僕を憂鬱にさせた。

それからさらに僕の表情を乏しくさせたのだった。

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