夜に吐露する

 用事が終わったというスバルとは最寄駅で待ち合わせた。

 まあそれで、改札を出てきた俺の顔を見るなり眉をひそめて。


「うわ。また変な顔して、栗生さんと何やってたんですか」


 などと、鋭いことを突っ込まれる。

 どうやらこいつには隠し事ができないらしい。


 ハンズアップして見せ、二人で歩き出す。

 中学から何度も何度も歩いた、俺たちのいつもの帰り道だ。


「……友だちと恋人って、やっぱ関係も違うし、尻込むんだよなぁ」


 夜空を見上げながら、俺はつぶやく。


つぐみさんのことですか?」


 それを当たり前のようにスバルが拾う。


「……俺はさー、今まで誰に対しても踏み込みたいと思わなくて、告られても断ってきた。だから、ゆゆの気持ちもすごくわかるんだよ」


 興味がない相手からの好意も最初はうれしかった。

 だけど。


<わたしはこんなに好きなのに>

<どうしてあなたは返してくれないの?>

<心を弄ばないでよ>

<人でなし!>


 桃色の好意は押し付けるようになったとき、黒く豹変する。


 押し付ける方にとっては憎悪に。

 押し付けられた方にとっては恐怖に。


「……でもさ、いざ自分が好き側になると、どうしても相手にも好きになってほしくなる。でもよぉ、自分を満たそうとするほど、相手の心をすり減らすんだぜ。それって、自分がされて嫌だったことなのになー」


「もしかしたら単純に、つぐみさんが奏多くんのこと、タイプではないだけかもしれませんが」


「……スバルって何気、俺に厳しくね?」


 スバルはサッと顔を背けると、肩を震わせた。

 自分で言ってツボってんなよ。


「……それで奏多くんは、彼女と一緒にいるだけではダメなんですか?」


「そんなの意味がないんだよ」


「意味がない?」


「だって、それだと相手の心に触れられないだろ」


 スバルは悩ましげに目を細める。


「へえ。きみにはわりと遠慮なく踏み込まれてると思っていましたが」


「あー悪かったよ! でも親友は別だろっ!? ん? だったら、ゆゆとは“親友”でもいいってことか、俺は?」


 ゆゆと親友となったときのことを想像してみる。


 ……5秒後。


「ダメだ! 親友だと、あふれるLOVEの行き場がないっ!?」


「なんだそれ」


「好きだから『愛、ラブ、ゆゆ』を叫びたい! そしてそれを受け止めてほしい。そう、コール&レスポンス!」


 頭にレトリシャンのライブの光景が浮かび上がった。

 眩しすぎる愛情のぶつかり合い。

 そうだ。あれを見てから、より彼女と付き合いたい気持ちが膨らんだようにも思う。


「『愛を与える代わりに見返りが欲しい』と聞こえますね。先ほど嫌だと言っていたじゃないですか。それでも、きみの正しい愛の在り方だと?」


 なんだかとげを感じる言葉を、俺はすぐに否定する。


「強要するつもりはねーよ。でも、少なくともカレカノの関係だったら、愛されているかどうかの不安は解消するだろ。だってお互いが好きで付き合うんだから」


「あはは。そういう人ばかりだといいですけどね」


「おい! さっきからなんなんだよ。ああ言えばこう言う! 冷たくねーか!?」


 俺がぷんすかと抗議すると、スバルは大きなため息をついた。


「初めて人を好きになって、夢を見て。はしゃいでいるきみが痛々しいから言っているんですけど」


 ぞくりとする、冷たい視線。


 けれど、ケンカ腰の物言いに、さすがに俺も黙っていられない。


「おまえだから話してるだけで、別に他のやつの前ではゆゆの話はしねーよ」


「頼んだ覚えはないですけどね」


「はあ?」


 立ち止まると、スバルも数歩先から振り返った。

 縦断していた公園の真ん中で。

 戦いのゴングを鳴らすかのように、近くでチカチカと点滅していた街灯が消えた。


「へー。それはたいそうな物言いだなぁ。スバルって、俺の味方じゃなかったの? 俺が幸せになるのが嫌なのか?」


「きみの幸せなら、いつでも本気で応援したいですよ」


「いや。いつも違和感があったんだ。……おまえ、もしかして」


 表情を伺いながら、ゆっくりとスバルの目の前へ歩み寄る。


「ゆゆのことが好きなのか?」


 スバルの目が見開かれる。


 揺れる瞳が、俺を忌々しげに見つめていた。

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