帰り道

 店に迷惑をかけてしまった俺たちは、軽く部屋を片付けて、そのまま解散することにした。


 ゆゆたちを送りたかったけど、電車は見事に別方面。

 二人で大丈夫だと押し切られて、女子チームとは駅前で別れた。


「ゆゆ、俺のこと幻滅したかなぁ……」


 ハチ公前で顔を覆い、座り込む。


 暴力が苦手と言っていたゆゆの前で、茹橋に殴ったことを暴露されてしまった。

 ゆゆは俺をかばってくれたけど、好きな子が一瞬でも俺に恐怖の目を向けてきたこと。

 あれは結構、クる。夢に見そう。


「さて、奏多くん、先に帰ってもらってもいいですか?」


「は?」


「ちょっと用事ができたので。では」


 スバルはスマホをポケットにしまうと、スタスタと歩いて行ってしまった。

 ひとりハチ公像の前で、ハチ公と同じポーズで置いて行かれる俺。

 薄情じゃね?

 ちぇ。俺も帰るか。


「ん?」


 ポケットが震えた。

 手を突っ込むとスマホに着信が来ていた。

 ディスプレイには、今しがた別れたばかりの彼女の名前が出ている。



……


…………


………………



「で。家はまだかよー?」


「っ! あーっ、それもう27回目なんだけど、そんなにウチに送るの嫌なわけ!? さっきは送ろうかってあんなにしつこかったくせにねえ! あ、そっかー、ゆゆがいなくてすみませんねえ!!」


 前を歩いている季枝が、涙目で振り返った。


 夜道は危険だから送るのはいい。

 ただ、ゴールを知らされていないから不安なんだけど……って、話を聞いちゃいねぇ。


「どーせ奏多はヒマなんでしょ!? そうスバルが言ってたって……ゆゆが言ってたんだから! キリキリ送ってよね!」


「なにその伝言ゲーム。俺、参加してねえけど!?」


 あの後、ゆゆも渋谷で用事があると季枝と別れることになったらしく、暇な俺が送り役をおおせつかったわけだ。


 渋谷の隣の恵比寿なんてシャレた街に住んでるというから、まあ近いしいいかと歩きで送っているんだけど。

 さっきから通行人がうるさちっこい怪獣をジロジロ見ているの、本人は気づいてないんだよなぁ。


「な、なによぉ、そんなつまんなさそうな顔しないでよっ。どーせあたしなんか、ゆゆのおまけなんでしょー。ゆゆがいないとあたしなんてどーでもいいくせに、ムカつくっ!」


「あれ、季枝泣いてんの?」


「はあ? 泣いてるわけないじゃん! 奏多じゃあるまいし! レトリシャン流すわよ!?」


「おいレトをバカにするなよ!?」


 季枝は顔を背けて、完全に機嫌を損ねてしまっていた。


 まったく小学生かよ、手がかかるお子様だな!


 周りを見回して、ふとあることを思い出す。


「季枝、ちょっと付き合え。ジュースおごってやる」


「は? なによ勝手なこと! あたしんちそっちじゃないってば!」


「問答無用」


 季枝の軽い腕を引いて、藍色の街を突き進む。

 目指すは夜の静かな公園だ。




  ◆◇◆◇◆◇




 渋谷パルコの屋上。

 バーとテラスはお酒を飲むおしゃれな大人たちでにぎやかだったけど、かたわらの小さな庭園には誰もいない。……あたしたち以外は。


「どうも、つぐみさん。本当に来てくれたんですね」


 庭園から夜景を見ていたスバルが振り返り、柔らかく微笑んだ。

 その仕草に吸い込まれそうな感覚を覚える。

 魅力的な瞳、仕草、オーラ……。

 スバルに恋こがれる人は学校でも多いけれど、二人で話しているとそれを実感する。

 

「みんなで内緒で……って、なにかあったの?」


「ええ。あったといえばあったし、なかったといえばなかったですが」


 スバルはそう言って、背筋を伸ばしてまた渋谷の街へと目を向けた。


 日が落ちきり、ビルのあかりは煌々と灯り、スバルのようにどこか現実味のない夜の世界が広がっていた。


「単刀直入に言いますね、つぐみゆゆさん。あなたは瀬戸奏多の告白を引き伸ばしてるようですけど、本当は付き合う気、ありませんよね?」


 そして再び寄越した鋭い瞳は、あたしのいちばん弱いところを容赦なくえぐっていく。

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