カラオケ店

 実は俺も、カラオケは好きだ。

 たまに帰りにスバルを付き合わせて、歌っている。


 スバルはこの通り、自分では歌わないけど、カラオケ自体は嫌いなわけではないようだ。

 人が歌う曲はきちんと聴き、ふむふむと考えたりスマホで調べたりする。悲しいほどにクソ真面目だった。


「奏多、またおもしろいの入れてー!」


「なんだよ、さっきからおもしろいのおもしろいのって。俺も普通に歌いたいんだけど?」


 男女グループで来ると、男が盛り上げる感じの文化なんなの。

 ウケるから嫌じゃないけど。


「じゃああたし、穴雪歌おっかな!」


「きゃー! ゆゆのひとり二役のやつすきー!」


 ゆゆはデンモクをぱぱっと入力すると、俺に渡すときにそっと耳元に口を近づけて。


「きーちゃん、あれでしばらくは満足するだろうし、奏多くんは好きなの入れてね?」


 えっ、気遣いの塊なの?

 ゆゆの入れた曲のイントロが流れ、ゆゆはおもむろにその場に立ち上がった。


「おかしなこと言ってもいい? そういうの、大好きだぜ!」


 そしてまさかの声マネで歌い上げていく。


 はああああ? 待て待て待て待て!

 完成度、高すぎなんだけど!?


「すごいですねつぐみさん。で、奏多くんは次、なに入れるんですか?」


「俺、あれの後に入れるの無理だわ」


「あはは、そうだと思って声をかけてみました」


「ガッデム」


 あのエンターテイメント精神なんなの。

 ネットで配信ライブすれば、お金もらえるくらいのクオリティなんだけど。

 くう〜、ゆゆのそんな多才なところも大好きだぜ!!





 1時間コースにしたけれど、楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。

 スバルと季枝がドリンクを取りに行き、室内には俺とゆゆだけが残された。


 密室に二人きりだと!?!?

 え、これってなんかある!? なんかしていいやつ!?


 妙にどきどきソワソワしていると、ゆゆがすとーんと後ろのソファにもたれかかった。


「はあ、楽しかったー!」


 満足げな表情を浮かべるゆゆを見ていると、不埒ふらちな気持ちが吹き飛ぶ。


 ああ、多分俺はずっと、彼女にこういう顔をして欲しかったんだ。


「それにしても、ゆゆの声マネには驚いたな」


「あっ! あれは特別なやつだから、クラスの子たちには内緒ね?」


 ゆゆが真っ赤になって飛び起き、両手を合わせて片目でこっちを伺う。

 確かにあの技術がバレたら、遊びでも文化祭でも頼られそうだしな。


「わかった、言わないよ」


 俺がそう答えると、にぱっと表情が明るくなった。


「そだ、奏多くんが取ってくれたぬいぐるみも本当にうれしかった。ずっと大事にするよ」


 ゆゆのスクバの肩紐に、今日俺が取ったぬいぐるみがついている。それすげー胸熱なんだがっ!


「ただいまー! えー、なんかちょっとえっちぃ雰囲気?」


「……だと思うなら入ってくるなよ」


 季枝は気にせず入ってくると、わざと俺とゆゆの間に座って満足そうな表情を浮かべる。

 スバルは苦笑して、空いているゆゆの隣に腰掛けた。


「だから季枝よぉー!」


「あっれー、瀬戸くんじゃんー?」


 ドアから、よく知っている男の声がした。


 弾かれるように振り向くと、入り口に茹橋ゆではしが立っていた。


「ドリンクバーで宍戸ししどを見かけたから、もしかしてと思って着いてきたら。想像以上の収穫だったなぁ?」


 部屋を見回して、へへへと茹橋が笑う。


「奏多くんすみません。つけられているとは気づかなくて」


「おまえのせいじゃない」


 申し訳なさそうに俺を伺うスバルを一瞥いちべつし、茹橋を睨みつける。


 ゆゆと季枝は震え上がり、お互いに抱き合っていた。


「なあ、ゆゆちゃんー?」


 茹橋のいやらしい声音が、ゆゆの肩を大きく振るわせる。


「少し前、俺が好きだって手紙を靴箱に入れたの、自演なんだろ?」


「な、あたし、知らな……」


「ゆゆちゃん可愛いし、おっぱいもあるし。少し世間知らずだが、俺色に染めるなら伸びしろがあるからなぁ。だから俺の女にしてやってもいいと思って、わざわざ声をかけてやってたんだよこっちは!!」


 茹橋が壁を叩いて威嚇した。

 周りにはいつもの取り巻きの姿は見えない。

 コイツひとりなら、なんとかなるか……?


「や、やめて。暴力だけは、だめっ……」


 首を振るゆゆの顔が、みるみると青ざめていく。

 俺は茹橋をにらみつけた。


「乱暴はやめろよ」


「はあ? 瀬戸、お前がそれ言うの? ゆゆちゃん、俺のこの怪我、瀬戸にやられたんだよ。鼻の骨ぐちゃぐちゃに折れたんだぜ」


「……えっ」


「こっちはちょっと脅かしただけなのに。人を躊躇なく殴ってヤバいぞ、そいつ」


「今は、関係ないだろ」


「俺なら頭を使って平和にやり合うからさぁ、俺にしとけよ、ゆゆちゃん?」


 ゆゆの俺を見る瞳が一瞬、恐怖にゆらめいた。


 ち。あいつこんなところで余計なことを……。


「……っ。ゆ、茹橋くん、もうやめようよ」


 声を張ったゆゆへ、茹橋の目玉がゆっくりと移動した。


「クラスメイトとして話すのは全然いいんだ。でもね、こういう無理やり……みたいなのとか、い、嫌なことを言うのはやだな」


「あ? 嫌なこと?」


「うん。『俺の女にしてやってもいい』なんて最悪だよ!」


「このクソ女が!」


「きゃっ!」


 茹橋は吠えると、持っていたドリンクをためらうことなくゆゆに向けて引っ掛けた。


「チッ。おまえら、これで終わりだと思うなよ!」


 周りを気にしながら、茹橋は走って行った。

 入れ替わるようにしてドアが開き、店員が入ってくる。


「お客様、大きな声がしましたが、何かありましたか?」


「いえ、お騒がせしてすみません。……あの、なにか拭くものを借りられますか?」


 俺はぎょっとする店員さんに謝る。

 扉を開けたまま騒いでたから、誰かが報告してくれたのだろう。


 ……助かった。

 さすがにこんな小さな部屋の中で乱闘にでもなったら、3人を守りながら茹橋を追い返すのはキツかったし。


「スバル、やるじゃん」


「……別に」


 俺と同じように、ゆゆをかばって水浸しになっていたスバルは、メガネを外して静かに頭を振った。

 前髪からしずくがぽたぽたと落ちている。


「ホントにごめんっ。あたしがずっとハッキリ言わなかったから!」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、ゆゆは一生懸命にスバルの服をハンカチで拭いていた。


「そんなことない。ゆゆはさっき、勇気を出して拒否しただろ? もう大丈夫だから」


「でも茹橋くん、これで終わりだと思うなって」


「あいつがムカついてるとしたら、多分俺のことだ。みんなには危害が行かないようにする」


「ちょっと、なに言ってんの? だって、あんたはなにも悪くないのに……っ!」


「男同士のケンカなんてコミュニケーションみたいなもんだから、気にすんなって」


 泣きそうな季枝の頭を撫でる。

 茹橋とケンカ……は、正直もうしたくないがなぁ。


 ビルで追い返したときは相手が気を抜いていたからなんとかなったけど、本気で1対1で挑まれたらあんなのに勝つなんて無理だ。

 穏便に済むなら全然、土下座でもなんでもしてやるが。


 まあ、そんなうまくはいかねーよな。はあ……。

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