栗生季枝の尋問
「きみはひとりになると、すぐやらかすね」
「つらい」
教室の後ろの壁に寄りかかり、俺はスバルと話していた。
自分の席の前がゆゆというのはとてもいいことなのだけど、こういう話はあそこではさすがに無理だし。
「まだダンジョン半分もクリアできていないのに」
「え、あれでも!? 恋愛するやつ、マゾばっかなのか?」
「では彼女の好きなものを奏多くんは知っているんですか?」
「え、レトだろ?」
「他には?」
「えっと……」
「好きな食べ物でもいいですよ」
「……卵焼き?」
「当てずっぽうじゃないですか。じゃあ彼女の苦手なものは?」
「え、その……」
「得意教科は」
「国語?」
「英語です」
「……スバル氏はなんでそんなに詳しいの?」
「普通に、
ちくちく言葉が胸に刺さる。
致命傷ッッ!
まあ俺の自業自得だけどよぉ!
「鶫さん、瀬戸奏多よりも宍戸スバルと付き合いたい説」
前言撤回、こいつ殴りてえ。
「なー。おまえって愛を知らないAIって設定だったよなー」
「なに現実逃避してるんですか。普通に異性が好きですよ。ホラ、鶫さんには手を出しませんから、しっかりしてください」
「わかったー。ごめん、ぜぇんぶ俺が悪かったですー」
「本当にわかってるんですか、この大馬鹿は」
「うーん、胸が苦しい……。酸素が足りない……。はあ。スバル、恋って切ないのな……」
スバルに全体重で寄りかかる。
すげえ嫌そうな顔をしているがお返しだ。
「まだ、振られたわけではないんでしょう?」
「そうだけど」
「だったら。彼女も気まずいんですから、こんなところでくさくさしないで、きみが余裕を持って優しく話しかけてあげるくらいの度量を見せたらどうです?」
はっ、確かに!
ゆゆに気を使わせるくらいなら、切腹してこの世から消えた方がマシだ!
ゆゆが席からちらりと振り返り、こちらを見た。
俺と目が合うと、慌てて前を向く。
……本当に嫌われてない、よな?
「ちょっと」
「ん?」
目の前で仁王立ちする小さな女子。
「瀬戸奏多、あんたに言いたいことがあるんだけど!」
「なに?」
「スバル、こいつ借りていい?」
スバルは目を閉じ、無言で頷いた。
「来て!」
腕を絡まれて、廊下へと連れて行かれる。
「いやもうすぐ予鈴だけど?」
「サボる!」
「なぜっ!?」
よくわからんが、朝の予鈴が鳴る中、季枝に引っ張られて教室を後にした。
◆◇◆◇◆◇
連れて来られたのは特別教室棟の最上階の階段の踊り場だった。
床には埃が溜まっているし、電球も外れていて薄暗い。確かにここなら誰も来ないだろう。
周りを見回していると、やっと腕から季枝の体が離れた。
歩いてるときだいぶ恥ずかしかった。知り合いに見られていないといいけど……。
「ゆゆに聞いたんだけど。あんた、告白したんだって?」
俺に背中を向ける季枝。声が怒っている。
「あ、うん。土曜日に」
「いつから?」
「え?」
「いつからゆゆのこと、好き、だったのよっ!!」
肩越しに顔だけちらりと振り返る季枝。
怒りすぎたのか、目が少しうるんで赤い。
恋愛の話に慣れてるようには見えないけど、ゆゆのために無理して切り出したのか?
「それは、ゆゆに頼まれたのか?」
「違うっ! ゆゆは何も……。あたしが親友として把握しておきたいってだけよ!」
ふぅん? 親友ねえ。
俺とスバルだったら、こんな野暮いことしないだろうな。
ま、男と女じゃ感覚が違うんだろうけど。
「……春が来る前だよ」
「えっ?」
「偶然、渋谷の街でゆゆに出会ったんだ。その頃は存在すら知らなかったけど、すぐにゆゆのこといいなって思ったんだ」
「なに、それ……最っ低! 瀬戸奏多! それってゆゆの見た目がってことじゃん! 奏多はそんなんじゃないと思ってた!」
季枝が怒りをぶつけてきた。
だけど怒りより……おまえはどうしてそんなに泣きそうなんだ?
「それだけってわけじゃないけど」
「ゆゆの何を知ってるっていうの!」
「ぐぬ……。それ、さっきもスバルに言われたんだけど、自分が思ってるほどゆゆのこと知らなかったんだよな……」
俺は季枝の手をひょいっと握ると、社交ダンスのように引き寄せた。
「つーわけで」
「は!?」
「ゆゆのこと、教えてくれ!」
「っはああああああああ!?」
目を白黒とさせて、季枝が叫ぶ。
「いや、ちゃんと俺も本人と話すよ? でもゆゆの知らないゆゆを、おまえなら知ってたりするだろ。そういうのを教えて欲しいし、あっ、俺の知ってるゆゆも教えてやる。だから季枝、マジでよろしくお願いしたいっ!」
「は!? なにバカなこと言ってんのよ、離して!」
このとーり。と頭を下げるが、手をつかんだままなのが季枝には不満らしい。全力で暴れられる。
「マ! ジ! で! 意味わかんないっ! なんなのあんた。でもわかったのは、下心であたしたちに近づいたってわけよね、最低っ!」
「どうとられてもいいけど、そのおかげで俺たちも友だちになれたじゃん? 俺、季枝みたいな女子は割と好きだぞー」
「すっ! すすす好きぃ!? はああなにそれ、バッカみたい! 尻軽! 死ね!!」
「あと、ちっこいから扱いやすいしな」
手を握ったまま引っ張って上へ横へと動かすと、季枝はあやつり人形のようにふらふらとされるがままになった。おもろー。
「あーバカバカ! 奏多のバカぁ! はっ、なっ、せええーーっ!」
「ほら」
そろそろガチで怒られそうだったし、お望み通り手を離す。
「あっ……」
なぜか一瞬がっかりしたような顔をしたが、季枝はまたくるりと背中を向けた。
「あたしだって別に、あんたと友だち……になれたのは嫌じゃないし、すっ、好きな方だけどさっ」
あん? ぶつぶつ言ってて、全然聞き取れないんだけど。
「なによ、あたしの知らないところで出会ったとか。そんなのどーしようもないじゃんっ」
「季枝ー?」
「んぎゃ! なっ、ちょっとやめてよっ! あたしはスバルじゃないんだから気安くくっつくな!!」
ちょっと頭の上に腕乗せただけなのに……。
「もういい、わかった! あのさ、奏多。ゆゆ、本当にピュアでいい子だから。絶対に泣かせるようなことしないで」
「もちろんだけど。これはもう付き合えるってことで、話が進んでる感じ?」
「違うっ! あたしはゆゆがあんたのことどー思ってんのか知らないし!」
なんだよ、ちえっ。
「でも親友から許しが出たし、少し元気なった。マジで今朝から死にそうだったんだよなー。だから、ありがとー季枝。俺がんばるから!」
季枝が顔を上げた。
顔を真っ赤にして、悔しそうな顔をして……っておまえそれどういう感情?
「あっそ。はいはい、良かったねっ!」
後ろから背中を一発、叩かれた。
季枝なりに心配して励ましてくれたのかな。
「ふられたら、少しは慰めてあげてもいいわよ!」
「縁起悪いこと言うなよなー」
憎まれ口をたたかれつつ、俺たちは教室へ戻った。
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