告白

「あれ、ゆゆ?」


「えっ、奏多くん!?」


 下北沢の駅前で、思わぬ人物とばったり出会う。

 ゆゆも同じだったようで、目をパチパチさせながら両手で口元を押さえていた。


「あれ、ゆゆヴァイオリン……ってことは、この辺でレッスン?」


 彼女の背中にヴァイオリンケースがチラリと見える。


「えへへ、バレちゃった? 先生この近くなんだ。奏多くんは?」


「レトのライブっ!!」


「きゃっ!!」


 興奮が冷め切らなくて、ゆゆの両手を取る。


「初めて行ったんだけど、ライブってすげーな!! ゆゆ、時間ある? ちょっと話そーぜ!!」


「え、え、えーっ!?」


 期待して見つめていたら、ゆゆの耳が赤くなっていく。


「あのっ……よろしく、お願いしますっ」


 ゆゆは控えめに頷いてくれた。




 それから俺たちは、駅前のマクドナルドに入った。

 2階で席を確保してから二人でカウンターに並ぶ。

 今日は誘ったんだから、彼女の分まで支払うつもりだ。


「ゆゆね、マックの割引アプリ持ってるよー……ああっ!!」


 え、なにこの子。一人称が自分の名前ですと?


「ち、違うの。家族とか仲良い人の前で、ゆゆって言っちゃうことあって……引くよね?」


「いや別に……いんじゃね」


 だめだ、尊い。まだそんな武器隠し持っていたかよ。

 平常心を装えているかな、俺。


「あっ、ダメだって奏多くん。自分の分は自分で出すからね。ありがとっ」


 代金を払おう財布を出した俺の手を、ゆゆが両手で止めてきた。

 彼女のまわりが突然光り輝いた。周りに天使が飛んでいる。


『ダ・メ・だよ? 奏多くん』


 風になびく髪と、きらめく瞳。

 1カメ、2カメ、3カメ。

 さまざまな角度からその笑顔がスライドのように脳内に送られてくる。


「……奏多くん?」


「はっ!?」


「なんかぼーっとしてる?」


「あ、あれ、なんだろ、余韻かな……」


 番号が呼ばれてトレイを受け取り、ふわふわした頭のまま階段を上がった。




「えー、初ライブなんだ。しかもひとりで? すごいね!」


 正面の席でてりやきバーガーの包みを開きながら、ゆゆが目を輝かせた。


「行くまではドキドキだったけど、入ってみたらもうステージしか見えなくなってさ。ライブってすさまじいな、目の前で歌って弾いてるんだぜ!!」


「あはは、ライブだもんね!」


「その様子だと、ゆゆは行ったことあるな?」


「うん、何度かだけど」


「じゃあわかる? あの一体感。俺びっくりして! レト最高!っていう全員の気持ちが、あんな小さなライブハウスの中じゃ収まり切るわけなくてっ!」


「わかるよ。好きの気持ちで空間が破裂しちゃうんじゃないかって、ドキドキするよね!」


 俺はつまんでいたポテトを落とした。

 ゆゆは信頼し切った表情で、目を輝かせて俺の言葉を待っている。


 彼女に出会った瞬間、好きだと思った。

 でも話していると、もっと好きな気持ちが更新していく。

 この気持ちはどこまで大きくなるんだろう。


 ライブハウスで感じた熱量のように、空間いっぱいに詰まって、それがあふれそうになって……。で、あふれたらどうなってしまうんだ?

 彼女のそばにいると、知らない自分がいる気がする。

 それは多くの人が見つけていたけど、俺はこの年になるまでわからなかった感情の尻尾しっぽ


「やばい。ガチで好きすぎる……」


「んっ?」


 ゆゆが目を丸くして、首を傾げた。

 ふと思案する仕草を見せたあと、再び笑顔に戻って。


「うん、あたしもレトリシャン好き」


「ゆゆのことが好きだ!」


 目の前の女の子の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 隣の席のカップルが静かになった。

 もしかしたら俺も、ゆゆ同じような顔をしてるのかもしれない。鏡がなくて良かったと切に思う。


「えっ! その、あの、えっとぉ……わっ」


 ゆゆは挙動不審になって、持っていたハンバーガーをトレイに落とした。

 俺も気恥ずかしすぎて視線を何もない空間へとそらす。


「……ちょっと、考える時間もらってもいいでしょうか」


 敬語になって、ゆゆがつぶやく。


「あたし、今だけじゃなくて、今まで好きな人いたことなくて、その……子どもっぽいかもだけど、好きがわからなくて……」


「えっ、ゆゆも!?」


 声をあげると、ゆゆがぱちくりと大きな目をまばたかせた。


「あ、れ? “も”って?」


「俺、これが初恋なんだけど」


「ええっ、えええーっ!?」


 今度はゆゆが叫ぶ。

 マックで大声を出すとどうなるでしょう。はい、周りの注目を浴びて二人で小さくなった。


 嘘だろ、こんな可愛い子が、こんなまあまあ大きくなるまで好きな人がいなかったって……マジ? いや俺もだけどさ?


「だから……ごめん。ちょっとだけ、時間が欲しいかも」


 ゆゆの気持ちはすごくよくわかる。むしろ打ち明けてくれたのも信頼してくれているから……だよな?

 だけど、やっぱり少しへこんだ。

 好きだと思った相手が、自分のことを好きじゃないって割とキツいなぁ。


 今まで俺が女子にやってきたことがそのまま……いや、それよりも全然優しくだけど、自分に返ってきている。

 すごく自分勝手な考えだと思う。

 でも……。


 傷ついてしまうのはどうも、理屈じゃないみたいだ。

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