令和の密室

 さて。

 お約束というものは割とままあるらしい。


「……閉まってる」


 倉庫の鍵じゃない。屋上の扉の鍵だ。


「なんで? さっき錠前を開けて、そのままにしといたよな?」


「誰かが向こうから閉めたっぽい」


 力を込めて何度も扉を叩いてみるが、人の気配はない。

 いくら俺らが鍵を持っていようが、向こう側でチェーンに錠前をつけられたら、出ることは不可能だ。


「うそ、どうしよう」


「ゆゆ……」


 ゆゆが頭を抱えて座り込む。

 よしここは俺の、元気が出る一言をっ!


「お昼ご飯買えないよぉ」


 いや、そっちかい!


「奏多くんもごはん食べてないよね? なんかごめんね、巻き込んじゃって」


「おまえのせいじゃねーよ」


「うう、ありがとぉ。あたしも一人じゃなくて、奏多くんがいるから……あんまり不安じゃないのかも」


 かわいい顔で、なんてかわいいことを言ってくれるんだこの子! 犯罪じゃねーの、これ!?

 とはいえ、俺がいたところで気休めまで。状況は変わらない。


 だが今は令和である。


「よし! きーちゃんにヘルプ飛ばそ」


 ポケットからスマホを出して、稼働させるゆゆ。

 おそらく数分後に助けが来るだろう。

 ちょっと残念。


「でもさ、ほんと奏多くんって少年漫画のヒーローみたいだよね」


 ゆゆが純粋な視線を向けてくる。


「困ったときに助けてくれて、男女関係なく友だち多くて」


「そうか? それはゆゆもだろ?」


 そっくりそのまま、彼女のことだと素直に思う。


「そう? なれてるかな。なれてたらいいなあ」


 彼女ははにかんで照れていた。かわいい。


 運がいいのか悪いのか、二人きりだし。

 ついでに俺は、ちょっとかまをかけてみることにした。


「でもさー、みんなに優しくしてたら、彼氏がヤキモチやくんじゃ?」


 すると、彼女のずっと笑っていた顔がどんどん赤くなり、おろおろと挙動がおかしくなった。


「ええっ。えっ、いないよ!? いない、彼氏いないっ! それどこ情報!?」


 立ち上がって、ぶんぶんと両手を振って否定する。


「彼氏どころか、好きな人もいないから〜!」


 ゆゆは恥ずかしそうに顔を両手で挟むように押さえた。

 彼女の答えに俺はホッとして、「そうなのかー、あれー?」とか言いながら顔がにやけてしまう。俺こんなキモかったっけ。


「……だから、かな。行き場のない愛情を、誰かに親切にすることで発散しているのかも」


 ゆゆは寂しそうに笑うと、屋上の手すりから外を眺めた。

 俺も少し離れた手すりに背中をつけて寄りかかる。


「それすごいな。俺はずっと、愛情って概念すら知らなかったから」


「そうなの? じゃあ、奏多くんも好きな人いないんだ!?」


 ゆゆが驚いたように目を見開く。

 直球な質問に心臓が早鐘を打つ。

 もしかしたら、今が告白のチャンスなんじゃ!?


 幸い、二人きりだ。

 スバルには「仲良くなってから」と釘を刺されていたけど、今のいい感じを逃せられない!


「お、俺っ……」


「あのね、さっき奏多くんのこと、ヒーローみたいって言ったじゃん? あたし、甘々な少女マンガが苦手で……あまり共感できないの。それよりも少年マンガ派なんだ」


「え、そ、そうなのか? 意外だな?」


 話が切り出せなかった俺は、拍子抜けして口元がひきつる。


「あはは、よく言われる。あたしね、人生って恋愛だけじゃないと思うの。大事なことって他にもいっぱいあるはずなのに、少女漫画の子たちは恋愛に夢中でしょ。この子たち、世の中が見えてないのかな、もったいないなーって。冷めちゃうんだよね」


「大事なこと?」


「えっと、趣味や交友関係の充実とか? 自分を知る時間も必要だと思うし……えっ、どうして笑ってるの?」


「いや。おまえ変わってんなぁーって」


「あははー、だよね。ソレよく言われるかも」


 ゆゆは苦笑して、街へと視線を戻した。

 テンションが一気に下がり、横顔に寂しさが浮かぶ。


 ん? 褒めたつもりだったけど。なんかまずった?


 真っ青な空を見上げて考える。


 俺も、恋をしないことを「変わってる」って言われてきた。

 おもしれー男、上等上等って俺自身は思ってたけど。

 そういえば、あんま気にしてなかったけど、恋をしないことをまるで悪だというように見てくるやつもいたかもな。


 今までゆゆが、そういう悪意の一つひとつに傷ついていたんだったら……。


「悪い、ちょっと軽率だった!」


「……え?」


 ゆゆが不思議そうに首をかしげる。


「お、俺もわかる! 昔から人の恋バナに興味なくて。スバルの恋愛事情もよく知らなかったし!」


「うそ、あんなに仲良いのに?」


「やっぱまずい?」


「あはは。さすがにあたしでも、友だちの恋バナは聞くかなぁ」


「そっか……」


 おいおい、ドン引きしてるよ!?

 やっちまった……と凹んでると、ふっとゆゆの表情が和らいだ。


「奏多くんも、恋愛と比べられないくらい大事なものを、よく知ってる人なんだね」


 その瞬間、心に太いパイプがすっと通ったような気がした。

 今までよりも確実に、彼女と近づけたような嬉しさと気恥ずかしさに包まれる。


 こんな情けない顔、絶対見られたくねー!

 片手で口元を押さえて、俺は彼女から目を逸らした。


「えっと……だから、俺たちの考えがもし少数派マイノリティだとしても、二人の間では多数派マジョリティじゃん! 誰かには変に見られるかもしれないけど、気にすんな。これが俺たちの普通・・なんだから……って言いたかった!」


「あはは、なにそれ!」


 ゆゆはひとしきり笑ってから、おどけるように首をかしげた。


「あたし、奏多くんのそういうところ好きだよ」


 今度は俺が目を見開く番だ。

 心臓は飛び出すんじゃないかっていうぐらい跳ねるし、身体は燃えるように熱い。

 なによりも彼女の口から聞く「好き」は、他の誰に言われるよりも強い自信になる。


「ゆゆーーっ!!」


「あ、きーちゃんの声だ。よかった。行こっか、奏多くんっ」


「あ……う……」


 風になびく髪を押さえながら彼女が見せた表情は、いつもの見慣れた笑顔じゃなくて。

 あの日、交差点で出会ったときと同じ穏やかな微笑みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る