巻き込まれ体質

 朝、席に着くと、太陽が振り向いた。


「あっ、奏多くんおはよっ」


「おはよ、ゆゆ……」


 心臓をバクバクさせながら下の名前を呼ぶと、ゆゆはにこりと微笑んで前を向いた。


 今日はハーフアップにした髪を後ろで小さくお団子にしていて、それがとても似合っている。

 昨日、俺たちが下の名前で呼んでいい約束を交わしたのは夢ではなかったらしい。


 だけど――。


「いやーーーーっむりむりむりむり! 好きな子の名前を呼ぶってこんな照れ臭いの? 嘘だろ!? こんなんで、面と向かって好きだなんて言えなくねーか!?」


「第二フェーズ突入、おめでとう」


「なんだよこれ! このつかみきれない新鮮な気持ち……最っ高!!」


 昼休み。

 相変わらず無表情で、どーーーーーでも良さそうにスマホを眺めるスバルの頭を抱きしめてシェイクする。


「でもさー俺、一生、ゆゆと友だちなのかなぁー」


 すでにここからどう進めていいのかわからない。

 ダンジョン序盤にして、手詰まり感。


「スバル様ぁ、ゆゆルート攻略サイトのURLをくれよぉー」


「そんなものはない」


 ピシャリと否定された。ンゴ……。


「あんたら、仲良いわね……」


 季枝が変なものを見るような目つきで席に来た。

 また変な噂が立ったら困るので、俺はスバルの頭から飛んで離れる。


「こんにちは、栗生くりゅうさん一人ですか?」


「ゆゆ、購買に行ったきり帰って来ないんだよね」


 弁当を持った季枝はそう言って、何度もドアをチラ見した。


「あの子お人好しだから、またなんか巻き込まれてるのかも」


「……」


 俺とスバルは顔を見合わせる。

 そういえば茹橋ゴリラも教室にいない。もし絡まれていたとしたら厄介だ。


「俺、迎えに行ってくるわ」


「え、じゃああたしもっ」


「入れ違いになるかもしれません。栗生さんは教室で待っていましょう」


 スバルが季枝を引き止める。ナイス!


「ふたりとも先食ってて。すぐ連れて帰る!」


 ふたりの返答を待たず、俺は教室を飛び出した。



……


…………


………………



「で、おまえなにしてんの?」


「あっ、奏多くん!? どうしたの、こんなところで」


 へらっと笑うゆゆだが、手には顔が隠れるほど大きな段ボール箱を抱えていた。

 この体勢で、前が見えているのかどうかも疑わしい。


「メシなのにいないから、おまえを探しに来たんだよ。それ手伝う」


 ひょいっと受け取ると、ゆゆはまた別に紙袋も下げていた。

 まじで誰だよ、俺のゆゆにこんな荷物を持たせたのは! ぶん殴るぞ!?


「ごめんね、ありがとう。でもそんなにたくさん大丈夫?」


「いや、さっきまでおまえがひとりで持ってたじゃん。つかこんなの、男に持たせておけばいいのになにしてんだよ」


「えー、それは男女差別かなって」


「男女区別だろ。その細腕でよく言うよ」


「確かにそうかも」


 ゆゆは苦笑を浮かべる。


「で、これなにが入ってるんだ?」


 尋ねながら、目の前の段ボール箱を透視しようと試みる。無理だった。


「古典の小山先生が、1年生の授業でハチマキとゼッケン使ったんだって。倉庫に戻したいけど足腰が……って困ってたから、あたしが引き受けたんだー」


「あー。あのおばーちゃん先生か」


 いつもニコニコのんびりな小山先生の顔を思い出す。

 慌ただしい昼休み前ってこともあり、のんびりしていて適当な生徒をつかまえられなかったんだろう。


 つか後輩よぉ、先輩に持たせるなよ……。

 ゆゆのことを「お人好し」と言っていた季枝の言葉が頭に浮かぶ。マジそれな。


「んじゃ早く持って行こうぜ。昼飯食べる時間がなくなるし」


「うん!」


 ゆゆと一緒に屋上へと向かう。

 体育館の倉庫は小さいため、第二倉庫が屋上にある。あまり使わない道具は普段、そっちに入れているのだ。


「屋上に入る機会あんまりないしね、ラッキー!」


 俺なら文句のひとつも言ってたかもしれない。

 でもゆゆは、いたって前向きで眩しいと思った。


「うわー、見て見て奏多くん。街が見えるね!」


「あ、ほんとだな」


 4階の高さといえど、小高い土地に建つ校舎。

 普段、教室から眺める景色とも毛色が違っていて、確かにテンションが上がる。


「ここでごはん食べられたら最高だったねー」


「てか……ゆゆ、昼飯買ってんの?」


「そうだった! うわあ、パンまだ残ってるかな。急がなきゃ〜!」


 蒼白したゆゆは、小走りでプレハブの倉庫へと向かった。


 俺は苦笑して、段ボール箱いっぱいに入ったゼッケンを抱えてあとを追う。


 名前を呼ぶと胸が熱くなるんだけどさ。よくわかんねーけど、幸せだなと思った。


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