栗生季枝は曲者である



「ちょっと、そこどいて!」


「は?」


 小柄な女子が俺の席の隣に立ち、小さなほっぺたを膨らませてリスの真似をしている。


 確かクラスメイトのひとりだったと思うけど……初めて話すよな?


「……えっと? かわいいモノマネしてるっすね?」


「はあ? あんたバカにしてるの!? 細胞まで根こそぎ死滅すればいいのに!」


「きーちゃん!?」


 真っ青な顔でぱたぱたと走ってきたつぐみが、小さな子を後ろから抱きしめて俺から引き離す。

 見るからに弾力が、女の子の後頭部で跳ねた。

 そのポジション、羨ましい。


「ちょっときーちゃん、どしたの?」


「ゆゆ! こいつ変態だよ、近づいたらだめ!」


「なに言ってるの、瀬戸くんはいい人だよ?」


「だってコイツ、ゆゆがいないのをいいことに机の中ガン見してたよ、超絶キモい!」


「み、見てねえよ!」


 ちょっと、本人の前でなに言ってくれてんだ!?


 確かに目の前に机があるからなんとなく眺めていたけど、他意はない! マジでないから!!

 今後のご近所付き合いの危機に冷や汗が流れる。


「せ、瀬戸くん! きーちゃんは同中おなちゅうで、すごく仲良いんだ。ほらきーちゃん、自己紹介しよっ」


 鶫に背中を叩かれた小さな女子は、不貞腐れながらも俺の方を向き、ぼそぼそと口を開いた。


「……栗生くりゅう季枝きえ


 あ? 意外と素直じゃねーか。

 仕方ねー、俺も大人だし折れてやるか。


「俺は瀬戸せと奏多かなた。机の中見てたのは誤解ってことで、もういいよな?」


「チッ」


 おいおいおいおい。

 でけえ舌打ちされとるがよ。


「あたしはキモ杉キモ男とゆゆが話してるのが全く気に入らない」


「今、自己紹介したばっかりだよな!? 名前覚える気がねえのなおまえは!」


 しかし栗生くりゅうはつーんとそっぽを向く。


「ごめんね瀬戸くん、悪い子じゃないんだけど……」


「いや、つぐみが謝ることじゃねーよ。それに悪い子じゃないかは知らんけど、他人にそういう失礼な振る舞いをしちゃダメだって本人が自覚しねーと。おまえこの先、生きづらいぞ?」


「あっ、至極まともなご意見だ」


 鶫はうなずくと、栗生くりゅうの肩をつかんだ。

 がっちりとホールドしたまま、俺に突き出す。


「ちょっ、ゆゆ!? おい、おまえは指一本たりともあたしに触らないでよ!!」


「触んねえよ」


 そこで初めて、栗生くりゅうの制服が目に入った。

 俺の視線に気づいた彼女は、ハーフパンツの裾を握って下にずらす。


「……なによ、み、見ないでよ。……どうせ色気ないもんっ」


 目をそらして、精一杯に強がる栗生くりゅう


 うちの高校は制服の選択ができる。

 例えばつぐみはブレザーにスカートだが、栗生くりゅうはブレザーの下にパーカを着て、ハーフパンツに長いソックスを合わせていた。


 制服の自由度は高い。が、栗生くりゅうのような着方はまだ少数派だ。

 そのため、どうしてもカスタムした制服の子は目立ってしまう。


「制服? 似合ってるじゃん」


「……えっ?」


 小動物のようにくりくりとした目が、おそるおそるというように戻ってきた。


 前髪を目の上で切りそろえた黒髪のボブヘアに、鶫と同じ細いリボンを片側にだけゆわいている彼女。

 ハーフパンツを選んでいるけれど、男らしくなりたいわけではなさそうだ。


 でも、この制服を着ていることで。好奇の目や心ない言葉が、今まで彼女を傷つけてきたのだろう。


「ご……ごめん」


「お?」


 聞き逃しそうなほど小さな声で栗生くりゅうがつぶやいた。


「あんたのこと知らずに、ちょっとだけ言い過ぎた」


 全然ちょっとじゃなかったけどな。


 頬を染めてそっぽを向く栗生くりゅうの後ろで、鶫が聖母のような微笑みを浮かべる。

 確かに、栗生季枝は悪い子じゃない。

 ただ少しだけ不器用で人付き合いがうまくないだけで。


「いいよ、気にしてねーから」


「うん……」


「それにさあ、栗生くりゅう


 俺は真剣な表情で彼女を見据える。


「色気がないっていうのは、制服じゃなくて別の理由だと思うぞ?」


「…………は?」


 ちんちくりんな彼女のつま先から頭まで、今一度視線を巡らせてみた。


 うーん。今までどうして誰も「そこじゃない」って指摘してやらなかったんだ。正してやらないと、こいつがいつまでも勘違いしてかわいそうだろ。


 気づくと、栗生くりゅうは耳まで真っ赤にさせて、ぷるぷると唇を震わせていた。


「あっ、あんたって、やっぱ最悪だわっ!!」


「きゃー、ステイステイ、きーちゃんっ!」


 栗生の後ろを鶫が再び押さえつける。


「金輪際、絶対に、ゆゆに、近づくなよ、瀬戸奏多・・・・っ! ゆゆ、あっちで話そ!」


「えっと、うんっ」


 ぷりぷりと肩をいからせながら鶫の手を引く栗生と、チラリと振り返り目を細めて苦笑していく鶫を見送る。


「おいおい、それは勘弁してくれよ、栗生季枝・・・・〜!」


 隣でスバルがため息をつく。

 まあまあ、いいだろ。たまにはこんな茶番があっても。


 背を向けた二人の目には入ることはないだろうけど。

 新しい友人たちへ。

 ひらひらと友愛の心を込めて手を振り続けた。

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