天使は下駄箱に舞い降りる
――好きな子と日常会話をすること。
それが恋愛初心者の俺に課された、最初のクエストだ。
しかしあれから1週間経つにも関わらず、俺は
だってさ!! そこまで親しくない女子に、用もないのに話しかけるって、地味にハードル高くないっすか!?
「あああああ
「遺伝子操作に失敗して生まれた悲しきモンスターですかきみは」
スバルの持つ文庫本が頭に降ってきて、物理的にこちらの世界に引き戻される。
「モジモジしててキモい。さっと話してくればいいじゃないですか、うるさ……」
「だよな? 俺ってそもそもそういうキャラのはずなんだよ! だけど」
おもむろに彼女のいる方向へ体を回す。
その瞬間。
頭のてっぺんからつま先へ電流が流れたかのように、ぶるぶるっと体が震える。
「……このように、彼女を見るだけですくみあがるというか。ハッ、まさかあいつなにかの拳法の持ち主か? 普通のオーラじゃねぇぞ!?」
「久しぶりにきみの少年マンガ主人公っぽいセリフが聞けて安心しました」
やれやれと、スバルは頬杖をついた。
「きみがそう
「そうだよな! そうなんだよ!」
「でも少し不自然な気もするんですよね」
「あの子をけなすつもりか貴様!!」
「いえ。
「あん? おまえが言うな」
自分は別だという風に切れ長の目で
完璧すぎる……ねえ。
たしかに、鶫ゆゆは心配になるほど、いい子なのだ。
彼女を観察していて気づいたことがある。
毎朝、クラス全員に律儀に名前まで呼んであいさつをしている(認知されていたのは俺だけじゃないと気づいたときはちょっと複雑だったけど、一旦その話は置いておく)。
笑顔もべらぼうにかわいくて、3年になってからすでに男に呼び出されているのを何度も見送っている。俺の心中、ハラハラしっぱなしだ。
そんな彼女は、面倒見もいい。
推薦されて学級委員長になっていたし、クラスメイトからの頼まれごとも嫌な顔ひとつしないで引き受けている。
先生からの信頼も厚いし、後輩からも慕われているようだ。
しかし疑問がここでひとつ浮かぶ。
スバルの他に、こんなにも完璧な人間がいるのだろうか。
スバルの言いたいことはわかっている。
もしいるとしたらそれは、
◆◇◆◇◆◇
「あっ、瀬戸くんだ」
「えっ、
それは本当に偶然で唐突に、下駄箱に天使が舞い降りた。
「瀬戸くん、ひとりなの?」
俺がひとりでいるのがよほど珍しいのか、鶫は周りを見回している。
「スバルは部活だからな。俺ひとりで帰るとこっすよ」
どうでもいいが、あいつは手芸部に入っている。
将来外科医になりたいから練習なんだと。役に立つんか?
「そーなんだ。瀬戸くんは部活に入ってないんだね。運動できそうなのに、意外」
「あー、幽霊部員……ってところかな。鶫は?」
「私は帰宅部。でも外では活動してて。これからレッスンなんだー」
そう言う彼女の背中越しに、楽器ケースの頭がはみ出しているのが見えた。
俺の視線に気づいた鶫は、その場でくるりと背中を向ける。
「えへへ。恥ずかしいんだけど、とあるバンドの影響でねっ」
背中より少し大きな弦楽器。
それを見て確信する。
影響を受けたバンドって、やっぱり――。
「瀬戸くんって、帰りは駅方向?」
「あ。うん、そうだけど」
「もし良かったら、駅まで一緒に帰らない? 瀬戸くんと話してみたかったんだ」
「え、俺のほうこそ! 不束者ですがっ、よろしくお願いしますっ!!」
降ってわいた幸運とはこのこと。
俺はもちろん二つ返事でOKだ。
だがしかし。
二人きりの甘い時間……という展開には、残念ながらならなかった。
なぜかというと。
「きゃっ!?」
校門を出て1分も経たないころ、鶫が小さく叫んだ。
虫でも出たのかと足を止めると、隣を歩く彼女は俺に後ろ頭を見せるようにして固まっていた。
何があったのかと体を傾けてのぞいてみれば。
「おねえぢゃあああん」
彼女の腰に、女児が抱きついて泣きべそをかいている。
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