親友がイケメンすぎる件

 俺は自席で息を止めていた。

 視線は黒板の一点へ向けているが、神経は目の端に全集中している。


 あと三歩、二歩……。

 き、来たっ!


「おはよ、瀬戸くん!」


「おう、おはひょっ!」


 終わった……。


 声は裏返ったし、無理やり作った笑顔はビクビクッって二回も引きつったよ、最悪だなあ!!


 しかし俺の変顔を微塵も気にすることなく、あの日、渋谷スクランブル交差点でドラマティックな出会いをした「黄昏時の天使」は微笑みかけてくれているではないか。


 か、か、かわい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!


 彼女の名前はつぐみゆゆ。

 春休みの補講では会うことができずに激萎えしていたけど、新学期、ふたを開ければなんと同級生で同じクラスだったではないか。

 しかもまだ数日しか経ってないのに、名前も認知されている!

 もしかしたら俺のこと、少しは気にしてくれてるんじゃ?


「スバルもおはよっ」


「はい。おはようございます、つぐみさん」


 ……あえ?


 緩んだ頬が一瞬で引き締まった。

 俺の前の席で、三年間同じクラスの腐れ縁・スバルが、微笑を浮かべて彼女を見送っている。

 つぐみが背中を向けた瞬間、俺はスバルの襟元を掴んで引き寄せた。


「あれあれあれ? 乱暴だなぁー」


 状況がわかってないのかわかってやってるのか、ヘラヘラしているスバルと顔を限界まで突き合わせる。


「なあ、どーしてオマエは下の名前で呼ばれてんだ? 昨日まで俺と同じく苗字呼びだったよなぁ!?」


「ああ。昨日彼女と話す機会があって、その時に名前で呼びたいと言われたので承諾したのですが……それがなにか?」


「いやいや! なんでそんな簡単に距離詰めれんのっ!?」


 掴んでいたシャツを放すと、スバルは無表情を崩さず、背筋をピンと伸ばして襟元を正した。

 色素の薄いストレートのショートヘアがサラリと流れて、生ける絵画のようである。


 一方の俺はというと、スバルとは真逆と言える見た目だ。


 前髪を上げてスッキリした短髪は、春休みにブリーチしたまま根元だけ黒くなっている。

 毎日筋トレをしてるから筋肉は普通についていて、見た目からしてザ・男って感じ。


 こんな俺たちが並べば、注目されるのはいつも華奢で頭も良いスバルの方だ。

 今の時代、こーいうのが人類ウケするらしい。

 しかも名前ですら俺より主人公っぽいとか、ケンカ売ってんの?

 鼻をほじりながらガンつけていると、ぽんっと優しく肩を叩かれた。


「大丈夫ですよ。つぐみさんは人を外見で判断するような子じゃありませんから」


「やめろ! 俺よりあの子のこと知ってるみたいに言うなっ!」


 そういう優しさ、余計イラつくだけなんだわ!


「ったく。せめて名前だけでも、瀬戸スバルとかがよかったぜ……」


「そんな軽く求婚されても……。ふぅん、仕方ないですね」


 聞き捨てならない言葉に、机に落としかけていた頭がボールを跳ね返したように持ち上がった。


「オイコラ待てえ!! なにが仕方ないだ! ち、違うからな!? 名前だけでも主人公感がほしいってだけだから!!」


「は? 冗談に決まってますが」


 スバルはいつもの真顔だ。

 ぐぬぬ。


「冗談なら冗談っぽい顔しろって」


 今度こそ、ばたり。


 この親友、アンドロイド顔すぎて、ボケがわかりづれーんだよ!!


 そうでなくても、普段から仲のいい俺らはアレな仲を疑われがちなんだから、軽率な言動には気をつけていただきたい。

 スバルもそれはよく分かっているはずなんだけど。


「それで、どうするつもりですか?」


「なにがだよー」


「鶫さんのこと、好きなんでしょう?」


「ぶわあああっ!?」


 はあ!? な、なんで好きバレしてんのーーーーーーッ!?


「おや、当たりでしたね」


「なななななんで……それを……っ」


「付き合いは長いですから、見ていたらわかりますよ」


 おいおいおい、俺、そんなに顔出てんの!?

 ゆくゆく話すつもりだったからいいんだけどさ! 先手打たれるのは、ちょっとというかだいぶ恥ずっ。


「……初めてなんだよ」


 言葉にすると、顔が熱くなるのがわかった。


 恋愛には一生、縁がないと思ってた。

 だから恋の始め方もわからないし、誰かにこんな話をするとも思わなかった。

 まあまあ図体のデカい男が、頭を抱える姿は大層滑稽だろう。


「どうしたらいいのかまったくわかんねえ〜〜〜〜」


「はは。そうですか。とにかく焦らず、ゆっくりと育てていくのがいいんじゃないですかねぇ」


 なんだかんだ言ってスバルは俺に甘い。

 すがりつきたいのを我慢して、助言を待つ。


「きみは良くも悪くも猪突猛進タイプですが、恋愛でそれはやめたほうがいいかと。女子は好きでもない男から攻められるとドン引き」


「好きでもないとか縁起でもねーよ、やめて!? だったら、どうやって仲良くなればいーんだよ?」


「レベル上げですかね」


「ん? ゲームの話?」


「いいですか?」


 マネキンのような綺麗な人差し指が、俺の人中に突きつけられる。


「恋愛過程はRPGダンジョンだと思ってください。きみは今レベル1の勇者。彼女を攻略するためには、いきなり魔王を倒そうとしてはいけません」


「お、おう」


 さすが秀才。例え話がバカにもわかりやすい。

 緊張しながら頷く俺に、スバルはに不敵に笑う。


「まずは日常会話からですね。少しずつ攻略していき、最後に……バンッ」


 人差し指が俺の額に移動し、撃ち抜く仕草。

 驚いてのけぞりながら、ひとつ、疑問が浮かび上がった。


「ん? オマエ、恋愛したことあったのか?」


 中2からの付き合いだけど、こいつに恋人がいたのを今まで見たことがない。

 そんなヤツからの助言ってどうなんだ。と、冷静になって思ったんだが。


 スバルは指先を吹く真似をしてから、細身のスラックスから伸びる長い脚を組み替えた。


「恋人はいないですが、中学のときに好きだった人のことは、奏多くん以外のクラスメイトは知っていましたよ」


「げ、マジ!? なんで俺だけ知らねーの!?」


「さて、人の恋バナに興味がなかったのは誰でしたっけ」


「俺だーーーっ!」


 恋愛に興味なさすぎて、恋愛のレの字でも聞こえるとソッコーで外に飛び出していたし、それこそが「男子力」だと思っていた過去の自分、ほんとガキでしたっ!


「奏多くんが初恋ですか。あはは。珍しいし、応援してあげますよ」


「スバルぅーーー! マジで男前ッ! よっ、全能系主人公!」


「うい、どもども」


 そんなわけで。

 これは恋愛経験ゼロの男子高校生が、初めての恋を成就すべく奮闘する物語である。


 ……と、このときまでは純度100%で、その予定だった。


 けれど運命ってやつは。

 俺の初恋の訪れと共に、めんどくせえモンまで引き連れて来てしまうのだった。

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