第12話 約束

  約束


 「それでは皆のものグラスは持ったな。では… カンパーイ! 」

「カンパーイ! 」あれから4ヶ月位たって年の瀬も近づくなか伴田さんの自宅マンションで忘年会兼教団幹部丸山実刑判決記念の飲み会をするので、功労者として呼ばれたのだ。2周り以上違う大人たちの飲み会に制服姿の自分はかなり場違いの気がする。ただその大人たちは誰も気にせず十年来の友人のように接してくれるので緊張はとうにほぐれていた。

 「いやー 蓮くんのお陰でいい画がとれた。一つの動画で1億以上の再生回数。今までの投稿動画の中で1位。本当にありがとう」

「引っ込めぇー デブ」と綾地さん

「いやデブじゃねーし。体脂肪率24%だし」

ガヤガヤと楽しい雰囲気と会話が続いた。ふと伴田さんが話を振って来た。

「でも驚いたよ。蓮くんの方からこの配信を持ちかけられた時は」

「小梅から聞いたけど事後処理やらがヤバかったらしいぞ」横田さんがビールを飲み干す「マジで二度とあんな危険な事すんなよ。何かあったらマジであいつに申し訳がない」もう一本を手を伸ばして「俺もあいつの死は怪しい点が多かったか西カトが事件の後に土地購入もしてたが状況証拠ばかりだったから」

「僕も自分で調べた記事の中に横田さんのもありましたよ」

「映像関係で生きてる人間として、子供とゴシップ動画配信者に負けたのが悔しい」もう一缶も飲み干した。

 実は前に丸山が八王子駅で演説しているのを見た時に染谷さんが「あいつが岩を落とした人たちのひとり」と教えてくれたからスムーズに調べられたとは言えないよね。

 「しかしよく新興宗教団体の偉い丸山のアポとれたな」藤井さんは手羽先を食べながら聞いてきた

「伴田さんが教師のふりをして先に教団に連絡してくれて」

「夏休みの課題のために子供に力を貸してくれって最中を送ったらオーケーもらえた」

「丸山ってモナカとかお菓子好きなんね」確かに許可が簡単に降りたので気にもとめてなかったが訪問までスムーズに行き過ぎてた気もした。不思議そうにしていると横田さんが

「あんな、最中ってのは賄賂のことだ。お菓子の最中の中身があんこじゃなくて小判、ようは現金だ」

「ちなみに200万程送った」

「はあ! 」一同の目線がが左うちわの人物に向かう「200万とその他経費で儲けは2000万オーバーなので」てへっ親指を立てる伴田さん。次の瞬間「突撃ぃぃぃぃっ」怒号とともに大人たちが小学生人気日本一に飛び掛かって行った。男は何歳になっても中学生と変わらないと言うけど自分はこうはならないと固く誓った。

 ごちゃごちゃからいち早く抜けた綾地さんが隣りに座って「でも本当に危なかったよな。あのまま一歩遅ければ犯されてた、いや掘られたかも」

「それだけ俺の相棒が作った変装セットとメイクと蓮くんの素材がよかったんだな。おいパンツをひっぱるなっ」何故か半裸になった個人事業主国内納税ランキング上位常連の男は引きずられて行った。

 「それに急に丸山の野郎ビビって慌てて暴れて最後は勝手に白状して気絶だもんな」藤井さんはチキンを頬ばり反対の手にトランクスを持っていた

「笑えるだろう」あられもない姿になった動画配信者が… もういいか

「あの部屋凄い事になってたよな。確かに自分も同じ目にあったらかなりビビったろうけどまさか自白するとは思わなかった。あれも仕込み? 」

「うんにゃ、風は自然現象で電気が消えたのは警察の突入部隊が電源落とそうとして信者とゴタゴタしたんじゃね。知らんけど」

「雰囲気あったからな。丸山のやつ完全にヤクキメてあいつの幻覚みてドツボだったんだろう」横田さんは伴田さんに上着を着せていた。伴田さんは

「それが出来たら今頃ハリウッド監督さ。全部蓮くんのアドリブさ」横田さんはかなり訝しげに

「本当? 」一瞬しんとするが

「・・・」

「はい、丸山って人が事件について言い始めた時にあの人、染谷さんならああいうかなって」

「確かに〜 」一同ハモッた。そのまま藤井さんが

「確かに普通に考えればいくらでも言い訳できる内容の論理をさもガチみたいに言いくるめるのはアイツの得意技だからな」

「蓮くんモノマネうまいね。会ったこと無いはずなのにさ」と綾地さん「声は蓮くんだけど丸山から見たらあいつだと勘違してもおかしくないくらいに」

「・・・」

「皆さんからたくさん話を聞かせてくれたお陰ですよ」

「だよな〜」

「俺らって流石だよな」

「そうだな兄者」

「蓮、ちょっといいか」いままで静かだった川中島さんが口を開いた。その空気に一気緊張が走る

「ありがとう」深々と頭と下げ「あいつの仇を討ってくれて」

「え、いや、そんな」自分より二周り年上の人が本気で手を付いて感謝を表している姿にあたふためいた。それをみて川中島さんは僕の手を取り「オレらじゃ出来なかったから、本当に… 」顔を上げた瞬間強い風が吹き込む。飛んで来たおしぼりが川中島さんの横顔に直撃「ブフォ」と言いかけたであろう謝辞の言葉が空気の抜ける音になった。

「ちょっと、待って」

「やばい今の音なんだよ」

「ブフォってどうやって出すんだよ」ぞれぞれがいじり笑い出す。川中島さんは慌てて

「待て、オレはちゃんと礼を言おうと…って眼が痛ぇ」落ちたおしぼりは赤黄色い汚れが付いていた。

「そのおしぼりさっきマスタード拭いたやつじゃね」横田さんが広い確認する

「誰だよ。人が真面目にしてる時に投げた奴は! 」怒りながらもだいぶ顔がほころんでいる。そのまま服を着始めてていた伴田さんに襲いかかった。それを合図にまた全員で伴田さんをいじくり回していた。

 大騒ぎが落ち着いて僕はベランダに出て外の空気を吸った。そろそろ日が暮れそうだ

「・・・」

「染谷さんの笑った顔初めて見た気がする」僕は誰にも聞こえない音量で常にいる他人に見えない聞こえな隣人に話しかけた。

「・・・」

「人前だけどだれも気がついてないよ」

「・・・」

「今くらい気持ちを聞いてもいいでしょ」

「・・・」

「ありがとう」

 大人たちはみんな酒を飲み騒いでいる。そろそろ帰ることを告げると引き止められたが川中島さんが他を抑えて駅までの見送りを買ってでた。そのまま挨拶をしてマンションを出て駅まで歩きはじめた。

 駅につくまで何気ない話をして歩いた空の色合いが藍色が強くなり駅舎が見えてきた。 

「ああー、久しぶりに飲んだわ。楽しかった」

「送ってもらってありがとうございます」

「いいのいいの。風に当たって散歩したかったから」途中コンビニで買ったペットボトルの水をこちらに向けて笑顔で応えてくれる。歩きながら

「今日は誘ってくれてありがとうございます。きっと染谷さんも喜んでると思います」

「ん? 誰それ? 」

「え、あの、僕の」隣にいる人と言いかけどもると

「あっ、そうだそうだ『染谷道浩』アイツなぁ」ハッとし腕を組みながら「完全にボケてるな。普通に歩けるくらいの酔いなのに何で出てこなかったんだ」

「もう、驚かせないでくださいよ」

「すまんすまん。またこのメンバーで集まる時はおいで。一緒に呑もう」

「はい。でもお酒は成人してからもらいます」

「そうだな。じゃあな」駅改札前で別れの挨拶をし川中島さんはマンションに戻って行った。

 すこしの違和感を抱えたまま自宅最寄り駅に付いた。自転車にまたがりその違和感が拭えずに声に出した

「川中島さんお酒そこまで飲んでなかったよね」

「ああ」

「最後の反応おかしくない? 」

「いや。おかしくない」

「あれ完全に忘れてたよね。一瞬思い出せなかった時の感じじゃなかったよ」少し気に障る

「ああ、そうだな」

「なにか知ってるんだね」苛立つ

「ああ、俺はもう人じゃないからな」

「それってどういう事? 」同じ相づちに苛立っていたが返答の意味が分からず感情が凪いだ。


 染谷さんの説明はこうだ。死に際に岩の神様の御神体と身体が混じった事により魂を含めて人としての存在が曖昧になったからだと。御神体を破壊し人の血で穢した者共を祟り殺すまで消えかかる人間の魂をこの地に留めようとしてまだ神聖な気が多い子供に青年の幽霊を取り憑かせたそうだ。

「知ってたか。日本は古来より子供は神聖なもので、元服の儀式で年長者に髪を切ってもらうことで大人として人として認めてもらう。という考えがあったそうだ」

 血で穢れ、人と融合した結果岩の祟り神と幽霊の半分づつになった。その岩の信仰者以外の人には俺の存在は認知しにくくなって行った。時間が経てば経つほど人の記憶から薄まりいずれ完全に消えてしまう。

「気が付かなったか。今まで会ってきた俺の関係者達全員が俺の事を、あの人やアイツみたいに言ってて誰も固有名詞で呼んでなかったぞ」考えを巡らせると僕だけ染谷さんと呼んでいた記憶しか出てこない。

 新聞だとか事故記録みたいに記録していれば文字として残るけどな」

「完全に消えるなんてまだ先の話だよね。名前こそ出してなかったけど存在自体、思い出とかスラスラ話してくれたし」

「多分夜明けには蓮、お前以外からの記憶からなくなる」

「記録を見たり、僕が言えば… 」

「知ってると思うけど誰だっけ? といった位が関の山だろう」

「なんで… 」段々言葉が探せなくなってきた。それでも染谷さんは続けた

「岩の神様と半分になった時、神としての信仰が薄くなって御神体も壊されたこの神様は自身の力と存在を保つ為に人から俺の記憶を喰っていたのさ。今回神である自身を蔑ろにした人共を全員認識して祟ること、それを成し遂げるまで俺自身の意識を残すことを許された。もちろん俺への同意もない、協力は絶対。しかもそれは神様との完全同化で、この事件が解決した事で色々悔やんでいた全員の俺に対する心残りが無くなってその全員の心から成仏したんだそうだ」

「じゃあなんで僕は覚えてるの? 」

「俺が殺されたあの日にお前が教団の信者に驚かされて外に飛び出した時に”助けて”と叫んだそうだ。それをあの土地で人々に加護を与えいた岩の神様が信仰として受け取ったらしい」

「なんだよそれ」僕は釈然としなかった。


 俺は目をつぶり頭の中で岩の神との約束を思い出す。あの日意識が遠のく中、全身の痛みより腹が熱くなってきたタイミングでどんどん強い念が重なって来た。俺の中に出来た別物が恨みを晴らす為に目線の先にいる子供を乗っ取ろうとしてた。医学的な意識でなく正確には自分の妄想と考える意識の中で別物に抗った。

 「こんな子供にお前の暗い思いを引き継がせるなのか」

「我が怒り怨嗟を損害を晴らし我に報いるのは信者の務め。貴様の血で穢れ怨念晴らさねば消えることもままならぬ。不信者を祟り調和をはからん! 」怒気に気圧された。だがそれに無性に反発したくなった

「じゃあ俺に憑け。俺がその恨みを晴らそう。俺もこの付近に住む人間だが御前でない多くの神々に信仰を捧げた者だ。しかし御前の御神体に命を奪われた。だがあの小さい、御前の信者の命を救った。その想いを無下に出来るのか」

「はっはっはっ。いいぞ、乗ってやる若造よ。今若造に憑いた事で神として信仰されていない貴様の存在はいずれ人々から消え去る。だがこの怨念を晴らした暁にはその時まで残った我が権能全てをくれてやろう。貴様の意識が消える前なら信者のみ認識できるくらいの力はあろう」

 意識はどんどんクリアになる。ただ肉体が死んだ事は理解できた。自分の葬式の中で母親の腕ですやすやと眠る子供を見る。開いたまぶたから、瞳に光が灯る。目が合った。気のせいでなく間違いなく俺を認識していた。

 笑った。怪我もしてない。俺の命の代わりにこの子が元気であれば十分だ。同時に恐ろしいほどの仄暗い激情が溢れ出す。今まで自分が感じた全ての嫌な思い出とそのストレスが同時に襲いかかっていた。声が響く「忘れるな。貴様がこの我が仇討ちを辞する時は我が信者を手足としよう」それに答えた

「我らは祟り神。晴らせど晴らせど忘するるなかれ、この恨み晴らさでおくべきか」

「なっ」自分の意識が乗っ取られたのか? 

「違うぞ若造。我らは一つ。正に一神同体。謀ることなど出来ぬぞ」

「知ってるよ」あの子を守ろう「同化して分かった。俺は殺されたんだな」「作用だ。だが視覚のない我には誰が仇かは近づくまで分からん」「知ってる。だから探してやるよ」「時限に気をつけよ、いつまで保つかは」「神でも知らぬだろ」頭で理解した。時間切れになればこの強い激情の念はこの子に向く。それは常人には耐えきれない。耐えきれなければ死ぬ。やってやるさ。いややる。

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